表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

163/165

幸の家

 「じゃあ、ゆっくり休めよ。また連絡する」

 「うん。帰り道気をつけてね」


 玄関口で、八代を見送る。時刻はもうじき23時になろうとしていた。

 時計を見て、慌てて帰らせたため、大事な話が出来なかった。


 「同棲かぁ……」

 数分前まで八代が座っていた場所を見つめて、ぽつりと呟く。声に出したことで、より気持ちが浮わついていった。


 まさか付き合ってこんなに早いうちから、一緒に住むことになるとは……。


 熱くなった頬に両手を当てて、もじもじと身体をくねらす。幸が今の私を見れば、すかさず冷やかしてくるに違いない。


 そうだ。明日は学校が休みだけれど、幸の家に行って、この話をしよう。

 驚く幸の顔が、目に浮かぶようだ。

 その夜は、まだ見ぬ未来に対する期待が膨らんで、とても寝付けなかった。




 翌日の10時頃。

 インターホンを鳴らしてすぐに、「はーい!」と幸の声が聞こえてくる。

 心なしか声の調子が、いつもより明るい気がする。近づいてくる足音も弾むようで、何か良いことでもあったのかな、と予想する。


 「グッドなタイミングだよ、悠ちゃん! さ、上がって上がって!」

 「えっ、ちょっと――」


 幸が満面の笑みで、腕をグイグイ引っ張ってくる。お祭りの時のようなはしゃぎ具合に、一体どうしたのだろう、と怪しみながらも、素早く靴を脱ごうとする。

 そのために下を向いた時、はたと目に留まる物があった。


 「これ確か——八代の靴じゃん。今来てるの?」

 「うん! 私ちょうど、悠ちゃんに連絡しようと思ってたんだ! ま、リビングにレッツゴー!」


 テンション高めの親友の姿に、遊びの相談でもしてたのかな、なんて予想する。


 リビングに入ると、ソファーに八代が腰かけていた。

 私の姿を認めて、笑みを見せる。


 「よう。昨日ぶりだな」

 「だね。八代は今日、仕事で来たの?」

 「そうなんだが——ちょっと仕事に取り掛かる前に、幸と話し合ってたんだ」

 「うん。とっても楽しい、ね」


 横にいる幸が、私を覗き込んでくる。その顔はさながら、わくわくを抑えきれない幼子のようだった。

 ソファーに腰を下ろし、幸に訊ねる。


 「気になるな。どんな話をしてたの?」

 「ふふふ。悠ちゃんをウチに住まわそう、って話だよ!」

 「えっ?」

 「昨日のことは、エリちゃんから聞いたよ。まったく酷いお父さんだよね! さっきまで二人で怒ってたんだ! あ、でもそのおかげで悠ちゃんがウチに来てくれるんだから、私的にはちょっと感謝すべきなのかも?」

 「おい、若葉が呆然としてるぞ。少し落ち着け」


 興奮してまくしたてる幸についていけずにいると、八代が助け船を出してくれた。


 「あっ、そうだね。ごめん。あんまり嬉しいもんだから……」


 照れ臭そうに頭を掻く幸。八代はそれを優しい眼差しで見遣ると、私に向き直った。

 その表情は、どこか決まり悪そうだ。


 「昨日の夜、あそこまで言っといて何だけど、まだ幸の許可を取ってなかったんだ。まあ、快諾してくれるって確信はあったが……」

 「当然だよ! お父さんとお母さんも良いよって言ってくれたし……ああ私、今すっごくいい気分」

 「ちょっ、ちょっと待って」

 手のひらを突き出して、ストップをかける。


 「八代は啖呵を切った時から、幸のところで暮らせば良い、って考えてたの? 私はてっきり……」


 八代の家で同棲するのだとばかり思っていた。父との会話の最中、自分のところに住まわせるのではない、と訂正してなかったし。

 あれは単に訂正するタイミングを逃した、というだけだったのか。

 何だか無性に気恥ずかしくなってきて、無意味に指先を弄くる。


 「さすがに俺のところに行かせるわけにはいかねぇよ。手狭でボロいし、何より治安が悪すぎる。あんな場所に若葉を住まわせるなんて、絶対に嫌だ」


 八代は、強い口調で答えた。それから私の瞳をじっと覗き込んで、

 「遊びに行くのだって、駄目だからな。住人だってあんまり良い人間がいないんだ。軽い気持ちで来ていい所じゃない。俺の家には絶対に近づくなよ」

 「……うん。わかった」


 八代は心配してくれているのだ。私を思うが故の発言だということは、痛いほど伝わってくる。

 八代の思慮の深さの前に、私は羞恥心でいっぱいになった。

 馬鹿みたいに浮かれていた自分が、猛烈に恥ずかしい。ちょっと考えれば、わかったことなのに――。

 八代が恋人を歓楽街にあるアパートになど連れていかないと。特に彼は、何度かあの界隈の危険性について語っていたのに。


 幸の家、というこれほど相応しい場所に思い至らなかった私は、実に間抜けだった。最近、浮かれすぎていたのかもしれない。

 私が反省していると、幸が「もー。エリちゃん」と不満そうな声をあげる。


 「大事なことを伝えてないじゃん。何で悠ちゃんに来てほしくないのか、ちゃんと全部説明しな?」


 聞き分けのない子どもに語りかけるように、呆れを含んだ口調だった。八代は一瞬苦い顔をする。

 そして、辿々しく話し出した。


 「その……会いたい時は、俺の方から飛んでいくから。若葉が危険な目に遭うのが、我慢ならないだけなんだ。――大事な彼女だから」


 最後の言葉で、かあっと顔中に熱が集まる。視線を彷徨わせると、幸と目が合った。

 幸は、笑顔でグッドサインを作ると、満足そうに頷いてみせた。私は一層赤くなる。


 「いいね、二人とも。いつまでもそんな調子でいてね。私が楽しいから」


 完全に面白がっている。いや、私の憂いを察して気を利かせてくれたことは、非常にありがたいけれど――。


 「いつまでもこんな初々しい空気じゃ、心臓が持たないよ。だんだんと慣れていかないと」

 「同感だ」


 果たして慣れる日は来るのだろうか。

 そんな疑念を抱きながら、八代と顔を見合わせて、苦笑いを交わした。

評価や感想、ブックマークなどしてくれたら、嬉しいです!まめに更新していくので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ