転校
「ああ、絶対許せない奴だ。それで本題はここからなんだが……」
本題? これは前置きに過ぎなかったのか。
「折野が、近々そっちの高校に転校するんだって喫茶店で話してたんだ」
「え!」
そういえば1年の時に転校生がきたことがあった。1―4には来なかったけれど――。
「折野は幸を嫌ってると思うんだ、きっと」
「もちろん。恋愛が絡んだ年頃の女子は怖いからね」
「だから若葉に頼みがある」
八代が、凛とした強い眼差しでこちらを射抜く。
その真剣な様子に、心臓がどくん、と高鳴る。
「折野が幸に何かしないか、注意して見ていてほしいんだ。頼む」
「それはもちろんいいけど……」
「ありがとう。あとさ」
八代は照れたように、わずかに顔を赤らめて言う。
「幸はあの一件の後、人と接するのが怖くなったって言ってたから、若葉がいるってわかって安心したよ。ありがとう」
「確かに幸、出会って最初の頃は、ちょっとびくびくしてるような感じだったな……。他の子たちともあまり話さないし」
あれはトラウマのせいだったのか。
「幸はすごく大事な親友だから。絶対に守るから安心して」
私が強く言い切ると、八代が少し驚いたように目を見張る。
しかしすぐに嬉しそうな顔になり、じんわりと大切に噛みしめるように、呟いた。
「そうか。――よかった」
ファミレスを出た後、私と八代は途中まで一緒に帰ることになった。
私は今日一日で、八代に対する恐怖心が薄れていくのを感じていた。
「あ、私ここで曲がる」
「そうか。今日はありがとな」
「うん。マミのことで何かあったら連絡するよ」
「こっちも今朝の男について、なんかわかったら連絡する」
「あっそうか。その問題もあったんだった。私も調べてみるよ」
「危ないからほどほどにしとけよ」
「うん。じゃあね」
別れてそれぞれの帰路につく。
そういえばストーカー(仮)の件もあるんだ。
けれど幸の知り合いじゃないなら、突き止めようがないのではないか。
警察に任せるのが正解なんだろうけど、あまり身を入れて捜査してくれないだろうな。
しかし私の記憶では、幸は怪我して登校したあとは、特に何も変化はなかった。
その後もしつこく付きまとわれていたら、相談したり様子がおかしかったりなどの変化はあるはず。
ならばストーカー(仮)は、これっきり姿を見せないのではないか。現れないならそれに越したことはないけど。
それよりもマミの方を気にするべきかもしれない。
何せ8年前のことなので、私もはっきりしたことは覚えてない。
だって幸に何かあった記憶がないのだ。誰かに虐げられていたとか、強く敵視されていたりとかはなかった。
少なくとも表面的には、幸にも悩んでいる様子はなかった。
幸は、ババ抜きで勝ったことがないくらい分かりやすい子なので、何か抱えてるものがあるなら気づかないはずがない、と思う。
全部杞憂に終わるかもしれない。ストーカー(仮)もマミのことも。
そうなることを祈る。