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殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


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説得

 幸が意識不明の重体となり、一時は脳死の危険にまでさらされたのは、もしかして能力の働きによってのことだった?


 私と八代が強く結び付くように。幸のこの願いは、彼女のピンチなしでは、きっと叶えられなかった。


 幸が眠っている間に見ていたという夢について、思いを巡らす。


 ずっと暗闇の中にいたが、ふいに強い力に引っ張られるような感じがして目覚めた、と幸は話していた。

 そういえば、幸の意識が戻ったのは、夜中という話だった。


 間違いない。幸は願いを叶える力に、眠らされていたんだ。


 「すみません、少々取り乱してしまいました」

 麗さんの声で、我に帰る。


 そうだ。今は新事実に動揺している場合ではない。彼女の話の続きを聞かなければ。


 「私はとにかく父の役に立ちたかったんです。父を不幸にしてしまったことを償いたいと――そればかり考えていました」

 「そんな……麗さんは何も……」

 「そんな日々の中、早朝の散歩をしていたら、若葉さんたちの話が聞こえてきたんです」


 私の慰めの言葉を封じるように、彼女は凛とした声音で言った。


 「それを聞いた私は、考えました。若葉さんに能力を移してもらおう、と。もはや超常的な力に頼ることでしか、父を救えないのです」


 口調に熱がこもる。瞳は爛々と輝き出していて、自分が考え付いた名案に、心踊っているようだった。


 「能力を得て……麗さんは何を願うんですか」

 彼女の具体的な願望が気になり、訊ねる。


 麗さんは、穏やかな笑みで、堂々と答えた。


 「私が生まれませんように、と願うのです」

 「え――」

 「お前さえ生まれなければ。母に隠れて父は何度も私に吐き捨てました。今からでも死んで償うから、と私は訴えましたが、『もう遅い。今さら死なれても、俺の人生は帰ってこないんだ』と言われました」


 彼女の瞳には、涙が今にも溢れんばかりに篭っていた。


 「お願いです。どうか私を瀕死の状態にしてください。恐ろしいことを頼んでいる自覚はあります。ですが、譲渡するにはこれしか方法がないんです」


 すがるような声音で、懇願される。しかし、了承するわけにはいかない。断るために口を開くと、よからぬ気配を察した彼女が、腰をあげる。

 そのまま流れるような動作で、床に手をつき頭を下げた。

 突然のことに何も言えずにいると、麗さんの叫び声が空気を裂いた。


 「お願いします! 私と父の幸福のために、協力してください!」

 「ちょっ……やめてください。顔をあげて……」

 「いいえ。了解してくださるまで、絶対にあげません!」


 そんなこと言われたって、私も頷くわけにはいかないのだ。人を意図的に死に追い込むなんてこと、私には出来っこない。

 頑なに顔をあげない彼女に、強めの口調で告げる。


 「何を言われようが、無理なものは無理です。――それに自分さえいなければ、なんて思わないでください。自分の存在を抹消することで父を救おうなどという考えは、今日限りで捨ててください」


 麗さんには、父から糾弾され続けたことで、罪の意識が彫りこまれている。彼女に非はないというのに。

 自分を責め続ける麗さんの様子は、私の胸をきつく締め付けた。


 「あなたは、生まれてきてよかったんです。父親の人生の責任を負わなくてもいいんです」


 どうか絶望の淵にいる彼女に届くようにと、必死の思いで語りかける。


 「あなたは、何も悪くないんです。ですから、もうご自身の幸せを求めてください」


 麗さんは、呪縛から解き放たれるべきだ。自殺なんてさせない。彼女には、これから自分の人生を歩んでいってほしい。


 それに訂正するのを忘れていたが、現在能力を持っているのは、私ではない。麗さんは、能力が幸に移ったことを知らないのだ。

 この思い違いを正さなければ。


 「それに今の私には――」

 「わかりました。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」


 言葉の途中で、麗さんが顔をあげる。

 彼女は、シュンとした表情をしていた。反省中の子どものような雰囲気に、私の思いが通じたのだろうか、と期待する。


 「おっしゃる通りです。私、若葉さんの心のこもった言葉で、目が覚めました」

 「じゃあ……!」

 「はい。もう罪悪感に囚われて生きるのはやめます」

 「やったぁ……」


 どっと力が抜けて、ふいに言葉づかいが崩れてしまう。

 ハッとして口を押さえると、クスリと笑われてしまった。つられて口元が緩む。


 「すみません。反発されたらどうしよう、って思ってたので。嬉しい返事が来て、気が抜けてしまいました」

 「ふふふ。先ほどは、とても格好よかったのに。――若葉さん。緊張も解けたことですし、美味しいお菓子でもいかがです?」


 麗さんは、テーブルの上の焼き菓子を見遣った。

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