本当の能力
「――私は、父を愛しています」
ポツリと彼女が言う。
「態度が冷たくなった時は、とにかく悲しかったです。以前向けられていた愛情を取り戻したくて、頑張りました。苦手な勉強にも励みましたし、他にも様々なことをして、父に心の限り尽くしました」
そこで麗さんは、涼しい顔を初めて歪めた。
「でも駄目だったんです。何をやっても、憎しみの眼差しで見られるだけでした」
胸が締め付けられる。麗さんの苦しみが、私にはよくわかる。昔の愛されていた記憶に、囚われ続けてしまうのも、努力しても無駄に終わってしまう絶望感についても、手に取るように。
「父のことを知りたくて、書斎に忍びこみました。そしたら、その手記を見つけたんです」
彼女は、テーブルの上に置かれた手帳を指し示す。
「これに書いてあることは、本当なのか。“あの能力”とは何なのか。父に訊ねました。勝手に書斎を探ったことを怒られるのは怖かったけれど、それ以上に気になって仕方なかったんです」
麗さんは予想通り怒鳴られたようだけど、全部話してもらったらしい。
「能力とは、“願いを叶える力”だと父は言いました。能力を持っている人間が切羽詰まった状態の時に浮かんだ願望を、叶えようと働きかけてくれるのだと……一人一回きりの特別な力なんだ、と」
「え? 願いを叶える? 過去に戻れる力ではないんですか?」
思ってもいなかった発言に、すっとんきょうな声が出る。
「はい。私は、どうやってその能力を得たのか訊いたんですが、それだけは頑なに教えてくれませんでした。――私のことが嫌いだからでしょうね。誰だって憎い人間に幸せになってほしくないもの。そんな奇跡のような力を得る方法なんて、教えてもらえないに決まってるわ」
震えていく声は、耳を右から左へと流れていった。
私は、困惑の渦の中にいたので、とてもじゃないが、感情を露にする彼女を気にしていられる状態ではなかった。
タイムリープ能力じゃなかった?
今まで疑いもしなかったことが、音を立てて崩れていく。
私が見聞きした限り、能力の保有者はみんな過去に戻ったものだから、タイムリープ能力だとばかり思っていた。
改めて考えてみると、私たちの願いはどれも、過去に戻ることで叶えられるものだった。
結婚相手を選び直したい。
憎い相手を殺せる状況がほしい。
楽しかった高校生の頃に戻って、人生をやり直したい。
八代の親父さんと私の願いは、過去に遡ることでしか成就できないし、八代の場合も肉体が万全ならば、『殺せる状況』であったということだろう。だから刺されるよりも少しだけ前に戻された。
麗さんの言葉が蘇る。
『能力を持っている人間が切羽詰まった状態の時に浮かんだ願望を、叶えようと働きかけてくれる』
「あっ……」
私の中に、ある考えが浮かぶ。
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