あの時の人
***
「――全て読み終わったようですね」
目を白黒させている私を見て、田中麗さんは言った。
八代の父の日記に出てきた田中。その娘が目の前にいるという事実に、驚きを禁じ得なかった。
「その手記は、父が書いたものです。私はつい最近、引き出しの奥に入っていたそれを見つけたんです」
淡々と説明する麗さんからは、感情が読み取れない。一体何を考えているのか。そして――。
「どうやって私にたどり着いたんですか?」
数ある疑問の中でも、とりわけ気になることを問う。
麗さんは、父が持っていたタイムリープ能力の存在を知り、能力を譲渡された人を辿ろうとしたのだろう。
だけど、彼女が訪ねるとしたら、八代の元が道理ではないのか。
手記に書いてあったのは、八代の父に移したことだけだ。その後、息子から私へと能力が渡っていったことは、麗さんは知りようがないはず。
それとも、既に八代のところへ行ったのだろうか。それで八代から、タイムリーパーは若葉悠ですよ、と教えられて、ここへ来たというのか――。
いいや、そんなことがあったら、八代から何も報せがないのは、おかしい。
かくして返ってきた答えは、私が一ミリも予想していないものだった。
「朝の公園内での、八代さんと若葉さんのお話を、聞いたからです」
「えっ……!? あの時の会話を? あなたはあの場にいたんですか?」
「はい」と言って、麗さんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……タイムリープという単語が耳に入ってきたもので、つい園内へ入る足を止めて、聞き入ってしまいました」
「あっ! そういえば――」
私の記憶が、呼び起こされる。あの朝、話が終わって互いにしばらく無言でいた時、背後の入り口から若い女性が現れたのだった。
今の今まで、まったく気付かなかった。あの女性は、麗さんだったのだ。
「私は、能力が父の友達の八代さんから、その息子さんに、そして最終的にあなたに渡ったことを知りました。それで卓造さんから、家の場所を教えてもらったのです」
「そういうわけでしたか……」
私にたどり着いた理由は、わかった。しかし――。
「どうして訪ねて来たのでしょうか。私にこの手記を読ませたわけは、一体何でしょう」
麗さんは、何を望んでいるのだろう。
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