複雑な思い
「それにしても臨死体験なんて、貴重なことだよねぇ」
幸が冗談めかして言う。
「何か不思議な力に無理やり起こされた、って感じだったんだよね……私が助かる確率って、たった20パーセントくらいだったんでしょ? これが奇跡ってやつなのかな」
そう言って、遠い目をする。
「きっとそうだよ。まあ、20パーセントならまだ望みある方かもしれないけど……でも医師に教えてもらった時は、すごく怖かったんだ。幸が――死んじゃったらどうしよう、って……」
昨日の苦しみを思い出して、言葉を詰まらせる私に、幸は「辛かったよね、ごめんね」と心苦しそうにする。
病人に気遣わせてはいけない、と思い、慌てて取り繕う。
「あ、でも八代がいたから。家に一人でいて心細かった時に八代が来て、それからずっと傍にいてくれて、だから――」
あたふたと説明すると、幸は衝撃を受けたように目を丸くして、それから微笑んだ。
「そっか。昨日、二人とも一緒にいたんだね」
「……ああ」
八代が、顔を赤くする。それが伝染して、私の頬にも熱が集まる。
そんな私たちを見て、「そっかそっか」と幸が頷く。
「全部わかったよ。二人ともおめでとう。結婚式には呼んでね」
すっかり元気になったらしく、いつもの調子でからかってきた。
「幸。これを受け取ってくれ」
八代が懐から、便箋を取り出す。
「理人からの謝罪の手紙だ。目を通してやってくれると、幸いだ」
「理人君――まさかストーカーの正体が、エリちゃんの弟だったとはね。世間は狭いね」
幸が改めて驚いたふうに、呟いた。
「わかった。身体が動かせるようになったら、読むね。あと——」
幸は、安心させるように、八代に笑いかける。
「理人君のこと。私、怒ってないからね」
「あんなに怖い思いしたのにか?」
「だって彼は、お姉につけ込まれた被害者じゃない。むしろこっちが謝りたいくらいだよ」
幸はそこで、顔を暗くさせて、一際低い声で言った。
「もういないお姉の代わりにね」
「幸……」
何を言えば良いのか、わからなくなる。何を言ったとしても、傷つけてしまうような気がした。
「お姉のやったことは、最低で決して許されないことだよ。マミちゃんにも謝らないと」
「幸が謝る必要は、ないよ。樹里亜が全部悪いんだから……」
「そうかもしれないけど、私は妹だから。たった一人の姉のために、出来ることをしたいの」
幸は、唇を噛み締める。
「私だってさすがに今回のことで、お姉のことが嫌いになったよ。そのはずなんだけど……変だね、嫌いな人が死んだことが、こんなにも悲しいなんて……」
そう言って、物思いにふけるように目を閉じた。
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