巻き戻し
それからというもの、毎日同じ思いを抱き続けた。
過去に——あの時に戻りたい。そうすれば——。
エリちゃんの笑顔も、戻ってくるのに。
入院している間、エリちゃんはずっとお見舞いに来てくれた。
でも、表情に生気がまったく感じられなくて……魂がどっか行っちゃってるみたいだった。
エリちゃんが、悠ちゃんに対して、どんな思いを抱いていたのか。私は誰よりも知ってたから、本当に胸が痛かった。
退院の日が来ても、暗い気持ちは少しも晴れなかった。
死んだような足取りで家に帰ると、玄関を開けてすぐのところに、お姉が立っていた。
どうやら、待ち構えてたらしく、お姉は即座に飛び掛かってきて、私の上に馬乗りになった。
「なんで死んでくれなかったの……! あんたがなぜか誰にもチクらなかったから、良かったものの、この数日間気が気じゃなかったのよ……!?」
首を絞められながらそう言われて、お姉のやったことを誰にも話してなかったな、とそこで初めて思い至った。
きっとお姉は、私を殺した後、その死を自殺だと偽装するつもりだ。
私が4階から落下したことを、事故と見せかけようとしたように。
苦しみに悶えながら私は、死にたくない! と強く思った。
あの世で悠ちゃんと会った時、どんな顔をすればいいのか。
「大人しく死んでくれれば、良かったのに……!」
憎々しげに吐き捨てられた言葉に、その通りだと思った。
悠ちゃんは、私の代わりに死んだ。死ぬべきなのは、私の方だったのに。
だんだん薄れていく意識の中で、私は念じ続けていた。
ああ、神様――。
どうか私に、やり直させて。
もし、あの瞬間に戻れれば、私は必ず黙って落ちる。誰も巻き込ませない。
だからどうか。
私が引き裂いてしまった大切な二人が、今度こそ、強く結び付きますように。
そう願った瞬間、急に身体が軽くなった。
気付いた時には、私はお姉に窓の外へと押し出されていた。
何言ってるんだ、って思うかもしれないけど、本当のことなの。
私は、あの瞬間に巻き戻されていたんだ。
困惑しながらも、慌てて窓枠にしがみつくと、木が指に食い込むような痛みを感じて、夢じゃないんだ、ってわかった。
私のありえない夢想を、天が叶えてくれたんだ。歓喜が胸の内を覆い尽くした。
「いやーっ! 何あれ!」
マミちゃんの絶叫が、再び鼓膜に響いてきた。
私は、覚悟を決めた。
限界が来た時は、黙って落ちるんだ。悠ちゃんが助けに来ないように。今度こそ死なせないように。
やがてその瞬間は訪れた。私は掴んでいた手を離して、これで良いんだ、って思いながら、落下していった。
……でも結局、悠ちゃんを巻き込んじゃったんだよね。本当にごめんなさい。
ここからも、信じられないような不思議な出来事について、説明していくんだけど……とりあえず黙って聞いてほしい。
意識を失っている間、私はずっと夢を見てたの。
夢での私は、右も左もわからない暗闇にいて、その中を当てもなく進んでいた。
いつまでも歩き続けてたら、ふいに目の前が明るくなった。
驚いて目を瞑ると、身体を強い力で引っ張られて——次に目を開けた時には、病院の天井が見えていた。
多分私は、あの世とこの世の境を彷徨っていたんだろうね。そんなふうにしか思えない、不思議な夢だった。
ひょっとしたら、私を待ってくれてる人たちの強い思いが、私を現実に戻してくれたのかもしれないね……。
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