奇跡
翌朝、ベッドの上で目覚める。寝ぼけ眼をこすりながら、洗面所に向かった。
鏡に映る自分の姿が、何だかひどく恥ずかしく感じる。
あの時は、どうかしていた。改めて振り返ると、おかしなテンションだったと思う。だからといって、後悔しているわけではないけれど――。
自分の身体を抱き締める。まだ余韻が残っているような感じがして、どうにも落ち着かない気分だった。
シャワーでも浴びたら、頭も冷めるだろう。
八代はまだ寝ている。早く済ませて、おはようを言いに行こう。
「今日は家族帰ってくるのか?」
八代が時計を見ながら、訊ねる。お互い目覚めが遅かったから、すでに正午になろうとしていた。
心配になって訊いてきたのだろう。まあ、私が誰を連れてきても、両親はきっと無関心に違いないけれど――。
「帰ってくるとしても、夜かな。父がたまに人を連れて来ることがあるの。そういう時だけ、直前に連絡が来る」
今から家で乳くり合うから、自室に引っ込むか外に出てろ、という意図の連絡だ。母は相手の家に行くため、そういうことはない。
「八代はこの後、何か予定あるの?」
私も八代も身支度を整えて、いつでも外出できる状態だ。コーヒーを啜りながら、私が訊ねると、彼は首を振った。
「いや、今日も特にない」
「結構休んでると思うけど、生活は大丈夫なの?」
「ああ。貯金もしてるし、親戚の家を出る時、手切れ金とばかりに結構な額を渡されたし――」
金銭面のことは心配いらないようだとわかり、安心する。
「私は、病院に行くつもりなんだけど、八代はどうする?」
「俺もついてくよ」
八代は、即答する。幸のところへ行ったところで何も出来ないけれど、家にいる気にはなれなかった。
「じゃあ、さっそく出よう」
生ぬるくなったコーヒーを、一気に飲み干して立ち上がった瞬間、固定電話のコール音が、家の中に鳴り響いた。
どうせセールスだろう……と思いながら受話器を持ち上げると、「もしもし?」と聞き覚えのある声が聴こえてきた。
丁寧で、しかし溢れ出る気持ちを抑えきれないといった調子で、電話の主は言う。
「林岡病院です。そちらは若葉さんのお宅で間違いないでしょうか」
病院の名前を聞いて、心臓が跳ねる。幸が入院している場所だ。もしや幸に何かあったのか。
嫌な考えが、心を覆い尽くす。
「はい。そうです。どのような用件で、お電話してきたのでしょうか」
逸る気持ちを抑えて、冷静な声音で訊ねる。
返ってきた医師の言葉を聞いて、幻聴を疑った。
「薄井幸さんが、意識を取り戻しました!」
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