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濡れ衣

 ***


 幸と襟人は同じ中学に通っていた。

 幸が中学1年のときだ。     

  

 幸のクラスで盗難騒ぎがあった。女子の体操着や水筒、靴などがなくなることが多発していた。

 犯人は男子だろうと皆がそう思った。そういう発想になるのは、自然なことだ。


 それで女子は疑心暗鬼になって、男子たちを敵視した。

 当然男子側も、女子のそんな態度に嫌気が差す。

 盗難は少し経ったら落ち着いたが、クラスには常にギスギスした空気が漂っていた。

 表面的には平穏を保っていても、裏では女子と男子の戦争状態だ。


 そんな中で、隠れて付き合っていたカップルがいた。

 カップルの女子の方、折野おりのマミは幸の友達で、幸には交際のことを打ち明けていた。

 そこで幸は、マミのためにも、またみんなで仲良くできるようにクラスメイトに訴えかけた。


 もうこの状態から解放されたい、という考えの生徒も多く、クラスの者たちは、幸の意見に次々と賛成していった。

 反対派もその勢いに押されて、渋々ではあるが、同意してくれた。

 こうして嫌な空気はなくなるかと思われたが――。

 数日後に、また女子の体操着がなくなった。


 クラスは混乱に包まれて、誰一人冷静な状態ではなかった。

 それで、一人の生徒が持ち物検査をしようと言い出した。教師がいない中、生徒主導で。

 それでカバンの中を、学級委員の男女がチェックしていくことになった。

 女子の学級委員が女子のカバンを、男子の学級委員が男子のカバンをという風に。


 幸のカバンをチェックしているときに、女子の方の学級委員が、「あった!」と教室中に届く声で叫んだ。

 幸のカバンの中には、失くなった女子の体操着があった。

 まったく見に覚えのない幸は、大層驚いた。


 周りも予想外のことに、「え? 何で女子が女子の体操着を……」とザワザワ話す。

 幸が自らの潔白を証明すべく、弁解しようとした時、

 「やっぱりね!」

 という甲高い声が、ざわついた空気を切り裂いた。


 声の主は、折野マミだった。

 「先輩が言ってた! 妹が変な大人の男と会い続けてるって」

 幸は、それにもまったく覚えがなかったが、マミは勢いよくまくし立てた。

 幸の姉は、幸のひとつ上で、彼女の部活の先輩だった。


 「変態にわたしたちの身に付けてた物を売ってたんでしょ。先輩が幸の金遣いが最近荒くなってておかしいって話してたんだ」

 「違うよ! 全部知らない……。私はそんなこと」

 「けど実際にこうして証拠が出てきたよね」

 別の生徒が口を挟む。


 それに呼応して、あちこちから、

 「そうだよね……」

 「でも薄井さんが、またみんなで仲良くしようよ、って私たちに話してくれたんじゃない」

 「あれは何だったの?」

 「全部計画の内だったのかも。クラスの空気を最悪にして後から耳障りの良いこと言って、人気者になろうとしたんじゃ……」

 「なるほど~」

 「もっと早くこうすれば良かったね」

 「男子の仕業としか思ってなかったけど、売るって手口もあったな」

 次々に、幸を犯人視していく声があがっていく。


 友達だったはずのマミは、こう続けた。

 「わたしはね、友達だから幸を疑いたくなかった。先輩から不穏な話を聞いても幸を信じたかった」

 だんだん涙声になっていく。

 「けどまた大事なクラスメイトの物が盗まれた。もう黙って見過ごせないよ……」

 そしてうるうると涙をたっぷり溜めた瞳で、幸を見る。

 「またみんなで仲良くしようって……クラスの為を想ったようなこと言ってたのに。あれもどうせ自分の株を上げる為だったんだね」

 「マミちゃん……、何言って」

 「ヒドイよ……。そんな子じゃないって信じてたのに」

 マミはうう……とうなだれ、しゃくりあげた。


 周囲が一転して、静寂に包まれる。

 「サイテー」

 誰かが小さく洩らした。

 「私の靴返してよ」

 「私の体操着も変態に売ったんだよね。ありえない。人として終わってるよアンタ」

 怒りと嫌悪が教室に溢れる。


 「ううっ……ケンちゃん」

 マミは、隠れて付き合っていた彼氏にしなだれかかっていた。

 泣き顔を彼氏の胸に押し付ける、友達に裏切られた悲劇のヒロインの姿に、クラスメイト全員が同情し、味方についた。


 「謝ってよ。マミと、みんなに謝れよ」

 そうだそうだ。土下座しろ。どーげーざ、どーげーざと数を増していくコールと手拍子。


 幸は、もう一言も口が聞けなかった。頭の中は混乱の渦で、考えるべきことを考えられなかった。

 みんなが私を責めてる――何で? とにかく謝らなくちゃ。土下座――みんなが望んでる――。

 幸は、床に手をつけて深々と頭を下げた。

 「ごめんなさい」

 幸は謝罪してしまった。


 それはつまり自分が罪人だと認めてしまったことになる。後からどんなことを言おうが聞き入れてもらえない。

 幸は、謝るべきではなかった。土下座するべきではなかった。

 周りにいる全員に責め立てられ、はやし立てられたとしても。


 それから幸への迫害が始まった。

 持ち物を隠されたり壊されたり。朝教室に入ると顔をしかめられて、すかさず罵倒やひそひそ話をされた。

 そのような行為は、幸が卒業するまで続いた。


 ちなみにマミはその後、親の仕事の都合ですぐに転校していった。元々転勤族だったらしい。

 幸は、このことを襟人はおろか誰にも話すことはなかった。

 襟人も学年が違うこともあり、異変に気付くことはなかった。


 定期的に幸の家に行く現在とは違って、幸との交流も少なかったので、なおさら気付きにくい。

 襟人は卒業後に、幸から初めて一連の出来事を打ち明けられて、驚愕した。

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