来てくれた
そんな切実な思いが届いたのか、携帯が鳴り出した。
手近にあったそれを、すがるように手にする。
誰からの着信かも確かめないまま、通話ボタンを押す。
「悪い。さっき別れたばっかだけど、今から会えないか?」
八代の声が、耳元で聞こえる。
さっきまでとは違う涙が、じわりと浮かんだ。
「八代……」
「なんだ? いや、なんか声おかしくないか? 大丈夫か、若葉?」
心配そうな声で、訊ねてくる。私はそれに頼るように、言葉を絞り出した。
「助けて……」
「は? おい、マジで大丈夫か!?」
焦ったように、八代の声量が大きくなる。
「今、部屋にいるんだよな?」
「うん……」
「じゃあ、窓の外見てくれ」
しびれた足を引きずりながら、窓に歩み寄る。
カーテンを全開にする。
地上を見遣り、目を剥いた。
そこには、携帯電話を耳元に当てた八代がいた。
彼は悲痛な顔をして、こちらを見上げていた。
「そっちに行っていいか?」
耳元で、彼の声がする。
下にいる彼と目を合わせた状態で、コクリと頷く。
それから玄関を開ける音がして、部屋の前で足音が止まった。
遠慮がちなノックが聞こえてくる。
「大丈夫」
私がそれだけ呟くと、ドアから八代が顔を出した。
「若葉……」
苦しげに私を呼ぶ声に、何か反応を返そうと試みたけれど、唇がまったく動かず、ただ黙って見つめることしかできない。
八代が、立ち尽くした状態の私に、近づいてくる。
そして、私の肩に手を置いて、目を合わせてきた。
「大丈夫、大丈夫だから」
八代はそう言って、私を腕の中に閉じ込めた。
与えられた温もりで、一気に力が抜ける。膝が笑い始め、彼の方へと重心が傾いていく。
八代は、私の体重を支えるようにして、ゆっくりと座る。
優しい手つきで、背中を撫でられていると、魔法にかかったように気持ちが安らいでいった。
彼の膝の上に乗り上げて、首元に顔をうずめる。子どもみたいだ、と思ったけれど、それが一番落ち着く体勢だった。
恥ずかしい、と感じる余裕はなかった。
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