表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/165

私が殺した

 それからどうやって帰ったのか、よく覚えていない。


 ふらふらとした足取りで、浮遊霊のように家路についた記憶はあるが、診察室を出たあと、八代とどんな会話をしたのかは、思い出せなかった。あるいは、お互い何も交わさずに、それぞれの自宅を自然と目指していたのかもしれない。


 気づいた時には、自室のカーペットの上で、うずくまっていた。

 硬い床の感触も、部屋の埃っぽさも、今はまったく気にならなかった。

 正座したまま、上半身だけを前に倒す。


 幸が死ぬ。80パーセントの確率で。

 運を天に任せるしかない――医師は、そう言っていた。


 天の神様。どうして私だけを、目覚めさせたんですか。どうか幸にも、幸運を与えてください。

 土下座のような姿勢も相まって、今の私の状態は、ひれ伏して乞いているかのようだった。


 幸が転落した日、最後に見たものを思い出す。


 彼女のつむじが、眼前に迫ってきて――その瞬間、私の脳裏を走馬灯が駆け巡った。

 その感じには、覚えがあった。だからこそ、「あ、死んだな」と、どこかで悟ったように思っていた。


 しかし、私は助かった。“運が良かった”ということだ。

 なんで――なんで私だけが助かってしまったんだろう。


 どうして私だけ、無事なんだろう。幸は今も生死の境を彷徨っているのに。


 「あ……!」

 鬱々とした気持ちの中、恐ろしい可能性に気づく。

 あの時――。


 確か、頭同士がぶつかったのではなかったか。ゴッという大きな音を、意識を失う直前に聞いた気がする。

 あれが原因で、脳にダメージがいってしまったのではないか。頭を打ち付けなければ、幸は今ごろ元気に笑っていたのではないか――。


 全身の血が冷たくなる。

 私のせい?

 私が落ちてくる幸を、ちゃんと受け止められなかったから。それどころか、急所を傷つけることになったから。

 私のせいで、こんなことに――。


 ふいに近くで、獣の唸りに似た声がした。


 何だろう。


 その醜い叫びが、私から出ていることに気づいたのは、数秒経ってからだった。


 理解したとたん、涙がボタボタとこぼれ落ちる。

 握りしめた拳で、床を殴る。当たり散らすように、何度も何度も。

 そのうちに、喉がかすれて大声は出せなくなった。しかし、ひっきりなしにやってくる嗚咽は、止められない。


 涙が、カーペットをグショグショに濡らしていく。汚ならしいと思うのに、目元を拭うことすら、今の私には困難だった。

 目の前が、チカチカと点滅し出す。


 息が苦しい。酸素が足りない。

 助けて。誰か私を、助けてほしい。

評価や感想、ブックマークなどしてくれたら、嬉しいです!まめに更新していくので、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ