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殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


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最低な父親

 ***


 俺の家は、普通に仲の良い家庭だったと思う。

 それが崩れ始めたのは、理人が不登校になってからだ。


 学校に行けなくなったのは、クラス全員によるいじめが原因だった。


 体育祭のクラスリレーで、理人がバトンを落として、そのせいで優勝を逃したことがきっかけで、迫害されるようになった。

 止めるべきのはずの担任も、いじめに加担していた。『自分が受け持ったクラスは、いつも体育祭で優勝している』ってことが自慢だったみたいでな。理人の失敗を憎んでいたんだ。

 そんなわけで、理人の学校での居場所は、なくなった。


 『もうあそこには、行きたくない。みんなが……人が怖いんだ。しばらく休みたい』

 理人がそう言うのは、当然だと思った。


 人生には、休む時間が必要だ。お袋も、理人の希望通りしばらく休ませよう、と言った。

 だけど、親父は違ったんだ。

 親父は、猛烈に怒った。ふざけるな、と理人を怒鳴り付けた。


 『そんなくだらん理由で、不登校だと? 男なら、なよなよするな! そんな情けない奴に育てた覚えはない!』


 親父は、確かに厳しいところがあった。だけど、弱っている息子を、こんな風になじる人ではないと思ってたから、驚いた。

 それから親父は、理人に考え直すように言っていたが、俺もお袋も、理人が休むことに賛同していたから、家族会議で親父の要望は通らなかった。


 親父だけだ。理人の苦しみに寄り添うどころか、理解すらしようとしなかったのは。


 学校を休んでから、理人は日に日に元気を取り戻していった。

 でも怒鳴られた日から、親父にびくびくしながら暮らすようになった。

 親父も自分が避けられてるってわかって、気を損ねたんだろうな。何かある度に理人にあたるようになっていって、家の中全体に嫌な空気が漂うようになった。


 お袋は何度も、『理人は何も悪くないの。あの子にもっと優しくして』と説得していたが、毎回突っぱねられていた。

 そのうち俺たちが話しかけただけで、親父は不機嫌そうに声を荒らげるようになった。


 ある日、このままじゃいけない、と思って、俺は親父の部屋を訪ねたんだ。

 二人だけなら、話もちゃんと進むかもしれない、と期待して、まず親父の意見を仰いだ。


 「あいつの反抗期も困り者だな。襟人もそう思うだろ?」

 言葉を失ったよ。親父は、理人が自分を煙たがってる様子を、ただの反抗期とか思春期のせいだと、思い込んでいたんだ。

 何も言わない俺を見て、肯定と捉えたんだろうな。親父は調子良さそうに、続けた。


 「大体何だ。人間関係のトラブルで、不登校などと。そんなもん社会に出たら、山ほどあるというのに……今からあの調子じゃ、この先生きていけないぞ、あいつ」


 ため息まじりに肩をすくめる親父は、俺がどんな顔をしているのかなんて、見えていなかった。


 理人に降りかかった問題は、『人間関係のトラブル』なんて言葉で済ませられるものじゃない。

 クラス全員が一丸となって、理人を迫害していたんだ。それこそ体育祭のような団結力で。

 こんなことが、社会に出たら山ほどある?

 俺は信じられない気持ちになって、訊ねた。


 「親父の身の回りでは、あんな酷い出来事が、ありふれてるっていうのか?」


 投げられた質問に、親父は何かを思い出そうとするように、腕を組んで頭をひねった。

 それから少し経って、いまいちピンと来てないような、自信のなさそうな調子で、逆に俺に訊いてきたんだ。


 「理人が学校に行かなくなった原因って、確か友達と喧嘩したとか――そんな感じだったろ? たかが子どもの喧嘩で、そんなにヤバいことがあったのか?」


 絶句した。親父は散々なことを言っておきながら、理人が学校を休むようになった原因も、把握してなかったんだ。


 ちゃんと説明していたはずなのに。家族全員の前で、クラスメイトからの仕打ちの数々を、涙ながらに話す理人の痛ましい姿は、今でも覚えている。

 だからあの時、親父が怒鳴ったことも、しばらくして冷静になったら、考え直してくれると思ってた。理人に暴言を吐いたことをちゃんと謝って、すぐに元の家族に戻れるはずだって。


 「違ぇよ! 理人は凄惨ないじめに遭ったんだ! そう話してただろ!」


 理人の問題を重要視してくれない、と思っていたが、これほどまでとは。呆れと怒りがこもった俺の声は、ほとんど叫びみたいになった。


 「何だよ、大きな声出して」

 親父が、俺の雰囲気が変わったことに気付いて、身を強張らせた。

 そして、さらに信じられないことを口走ったんだ。


 「いじめ? それがどうした。それこそ世の中で、いくらでも起こってるじゃないか。それくらい自力で解決できないでどうする。大体、何もなかったらいじめられないはずだろう。あいつがいじめられても、仕方ないことをしたんじゃないか?」


 悪気なんて感じさせない口調だった。

 本気で言ってんだ、とわかって、すぐに部屋を出ていった。ドアを閉める時に、「あっ、おい! なんだよ……まったく」という声が、ため息まじりに聞こえてきた。


 あのまま話を続けていたら、頭に血が昇って、わけわからなくなりそうだった。だから自分の部屋に戻って、気持ちを落ち着かせなければ、と思ったんだ。


 自室でじっとしていると、親父の言葉が蘇ってきて、沸々と怒りが沸いてきた。

 理人に歩み寄ろうとするどころか、あいつが悪い、みたいに言うなんて。


 その一件以来、俺の親父に対する評価は、最低レベルになった。

 そのことを察した親父がさらに苛ついて、理人に苛立ちをぶつけて――それを俺とお袋が咎めて、って感じの日々が過ぎていった。

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