悠の気持ち
私は喋っている最中、チラチラと隣を気にしていたが、本当に聞いているのかも怪しく思えるほど、八代は表情を変えなかった。
情報を受け止めるのに、手一杯なのかもしれない、と思って、中断はしなかったのだけど――。
「何でだ?」
「え?」
質問の意図がわからず、八代を見返す。
八代は、もう無表情ではなかった。何だか釈然としない様子で、私を見つめている。
「確かに若葉の推測も、あり得るんじゃないかって思う。樹里亜を失った理人が、あのままの精神状態で生きてたら、殺人だってしちまうんじゃないかって。実際に大和さんだと勘違いした人を、殺そうとしたしな」
あの時の理人君の状態と、八代の『どんなことがあっても、俺は理人の味方だ!』という発言が決め手になって、理人君が殺人事件の真犯人ではないか、と私は思った。
八代が、理人君を庇ったのではないか、と。
しかし――。
「それでも普通、俺が犯人だ、ってなるだろ。俺がどうしようもない奴になってた、って方が、考えられるだろ」
八代は、私の意見に賛同しかねるようだ。
「若葉と初めて会った時、ちょっと様子がおかしいな、と思ってた。何かビクビクしてて、目もしっかり合わなくてさ。その後もしばらく、態度が固い感じで。あれは、俺が怖かったからなんだな」
懐かしい気持ちになる。幸の幼馴染みの『エリちゃん』が、八代襟人だとわかり、総毛立ったものだ。
八代の人となりがわかるまでは、冷や汗をかきながら話していた。
「若葉は、未来の俺に殺されかけたんだろ。どうしてそんなに、俺のことを信じた仮説を立てられるんだよ」
そう言って、顔を背ける。前に組んでいた脚を、私の反対方向に倒すのを見て、誤解されていることに気づく。
立ち上がり、八代の正面に回り込む。
そして、彼の肩を掴んだ。
「おい、どうし――」
「八代。私の目を見て」
掴まれた時、驚いたように私を見た八代が、一瞬で目を反らしたのを、許さない、と言う風に、距離を詰める。
「――いいのかよ」
彼が視線を合わせないまま、訊ねる。
「八代に私を見てほしいの。そして、私も八代を見ていたい」
迷いのない私の口調に、八代が目を見開く。
「確かに最初は、八代のことが怖かった。会話するのにも、心臓がバクバクいってた」
嘘偽りない思いを、伝えていく。
「でも段々、八代がどんな人間なのか、わかっていったの。幼馴染みを思いやったり、知り合って間もない私に、親身になってくれたり――関われば関わるほど、この人は善良なんだ、って思い知らされていった」
そうして様々な出来事の中で、恐怖心は薄れていって――。
「だから八代のことを、もっと知りたいと思ったの。こんなに良い人が、何であの事件を起こしたんだろう、って。何が原因で、悪に堕ちてしまったんだろう、って」
そして――。
「あなたがそうなる前に、救いたい、って思ったの」
八代は、真剣な眼差しで私を見ている。
視線がかち合ったのを確かめて、話を続ける。
「それから、本当に色々あって――気づけば八代に会えるのが、楽しみになってた。一緒にいる時間が、幸せだって思えて、電話やメッセージでのやり取りに、いちいち胸が弾んで……」
止めどなく、言葉が溢れていく。
「怖がってたことなんて、今となっては、嘘みたいなの。私にとって八代はもう……欠けてはならない存在なんだよ」
だから。
「気を遣って、距離を取ろうとしないで。八代にそんなことされたら、心に穴が空いたみたいになる」
「は――」
八代の顔に、熱が集まる。視線が右往左往するのを、不満気に睨む。
「ちゃんとこっち向いてってば」
「そんなこと言われたってよ……」
口ごもり、赤くなった顔を隠そうとする。
彼のその反応は、私を満足感で満たした。
心が高揚するのを感じながら、再びベンチに座り、首を傾ける。
「私の気持ち、わかってくれた? なら、離れようとか思わないでね。これからもよろしくね」
にっこりと微笑むと、「おう……」とまだ照れた声が、返ってきた。
「若葉さ……」
「うん?」
「よくそんな恥ずかしいことを、涼しい顔で言えるよな……やっぱお前すごいわ」
そう言って頭を掻く八代に、いつぞやのあなたも大概だったよ、と言いたくなったけれど、ぐっとこらえた。
「だって誤解を解かなきゃ、八代との縁が切れそうだったし。そう思うと、必死になっちゃって」
「別に、俺との繋がりがなくなるくらい、大丈夫だろ……若葉なら、たくさん友人作れるだろうし」
「大丈夫じゃない」
きっぱり言い張る私を、彼がなおも不思議そうに見遣る。
その表情を見て私は、もう言ってしまおう、と決心する。
「だって私、八代のことが好きだから」
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