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殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


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関係修復

 結局、よく眠れないまま朝を迎えた。重りをつけられているかの如し、身体のだるさだ。

 しかし、頭は冴えている。洗面所に行って、冷たい水で顔を洗えば、気持ちも引き締まった気がした。


 「いってきます」

 気合いを入れるように、普段は言わない言葉を言って、家を出た。

 早朝の凛とした空気の中を、歩いていく。




 「お待たせ」

 待ち合わせの10分前だというのに、八代はもう来ていた。公園の入り口で、ぼんやりと空を見上げている八代に、声をかける。


 「久しぶり……ってほどでもないか。ほんの数日しか、経ってないんだもんね」

 そうだ。それくらいしか、経っていないのだ。病院で最後に会った日が、もう遠い昔のことのように思える。


 「おはよう、若葉。じゃあ、行こうぜ」

 挨拶を短めに済ませて、園内へと入っていく。本題に早く入りたいのだろう。私も同じ気持ちだった。




 「それで理人君は、あれからどうしたの?」

 ベンチに尻をつけたのを合図に、私は疑問をぶつける。


 「警察に、幸を襲ったことと、病院でのことを話した。――大和さんじゃなかったんだな。理人が殺そうとした人」


 八代が、恐怖を滲ませて言う。

 理人君は、無関係の他人の命を奪ってしまっていたかもしれないのだ。


 大和さんなら良い、ということではない。

 ただ、理人君が感じる罪悪感は、大和さんを殺したのと違って、凄まじいものになる。

 罪の意識に耐えられなくなり、理人君が命を絶つ――。

 そのような展開は、想像に難くなかった。


 「病院での件では、1年くらい少年院に入ることになった。一昨日、見送りに行ったよ。今までなんも報告してなくてごめんな」

 八代が、申し訳なさそうに頭を下げてくる。私は、いいの、と胸元で手を振る。


 「他人を気にする余裕もないくらい、一杯一杯だったんでしょ? 当たり前だよ。こんなことになったら……。だから、気に病まないで」

 八代は、ありがとう、と言うと、どこか遠くを見るような目つきになった。


 「警察署にいるとき、これからあいつはどうなるんだろう、と気が気じゃなかったよ。沢山の人たちを、怖がらせたし、迷惑もかけたんだ。一体どんな罰が下されるのか、また長年会えなくなるのか、って」

 「――うん」

 「だから、1年って言われて、少し安心した。もちろん理人は、悪いことしたんだから、罪は償わなきゃいけねぇけど、それでも軽く済んでほしい、って願ってたんだ。人として、良くないことかもしれないが……」

 「ううん。そんなことない」

 後ろめたく思う必要はない、と首を振る。


 「八代は、良い人間だし、最高の兄だよ。胸を張っていい」

 「ありがとな。ここのところ、めちゃくちゃ落ち込んでたんだけど、若葉と話してたら、回復してきた気がする。本当にいつも世話になってるな」

 「そんな……私こそいつも……」

 ずっと暗かった八代の表情に光が射して、ホッとする。


 「病院での件では、ってことは――幸を殺そうとしたことについては、なんて言われたの?」

 「ああ、それはな――」

 八代が言葉を切って、ため息を吐く。


 「被害者の幸からも、話を聞く必要があるんだが……今の状態じゃ無理だな。まずは幸が目覚めないと、話が進められない、って」


 幸が理人君を擁護するなら、殺人未遂については、示談に終わるかもしれない。

 逆に、彼女が厳罰を望めば、懲役が決定する。

 何にせよ、被害者である幸の意見が重要だ。

 しかし、幸は未だに意識が戻らない。戻る目処も立っていない。膠着状態、というわけだ。


 「困ったね……」

 色々な意味が込められた一言が、ため息混じりに私の口から出る。


 幸と、また一緒に学校へ行きたい。来年の夏祭りにも行きたいし、卒業旅行にだって。

 まだまだやりたいこと、たくさんあるのに。

 涙が滲みそうになって、気を取り直そうと、慌てて質問する。


 「理人君は、見送りの時何か言ってた?」

 「ああ。『今まで、心配も迷惑もかけてきて、ごめん。これからだって、たくさん苦労かけると思うけど、僕に出来ること、僕がすべきことを、考えていくよ』って」


 まだ少し苦しそうだが、晴れやかな顔だった、と嬉しげに言う。


 「あとな、去り際にこうも言ってくれた。『ここを出たら、兄さんに目一杯の恩返しをするから、待ってて。絶対!』って。それを聞いて、なんか……たまらねー感じになって……」

 胸を握りしめた拳で押さえながら、「あいつ、笑ってたんだ」と声を絞り出す。


 「理人のあんな顔、何年も見てなかった。その笑顔を見た瞬間、『もう大丈夫だ』ってふっと思って……」

 話を聞いただけなのに、私にはその時の光景が、映画のようにくっきり浮かんできた。


 理人君は、清々しい顔をして、八代に宣言する。

 ここを出たら、必ず会いに行くから待っていてほしい、という意志と願いを込めた、言葉――。


 それを受けた八代は、もちろん頷く。そして、きっと泣いただろう。

 今だって、泣きそうになっている。

 震える彼の拳を見て、愛しさが込み上げてくる。


 「よかったね」

 自分でも驚くほど、優しい声が出た。

 「ああ。本当に……よかった」

 心が熱くなる。彼らが正しい形になったことが、こんなに嬉しい。

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