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殺してくれてありがとう  作者: 絶対完結させるマン


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犯人の口から

 どれくらいの間、立ち尽くしていたのだろう。


 私は、身近にあった電柱に寄りかかり、途方にくれてしまった。冷静になってくると同時に、どうやって帰ればいいのか、という問題が見えてきたのだ。


 どこを辿ってここまで来たのかも、覚えていない。それだけ考え事に夢中になっていたことに、軽く驚く。

 適当に歩いていれば、見たことのある道に出るか。楽観的に考えながら、住宅街を練り歩いていると——。


 「あれ、若葉さん――だよね?」

 後ろから声をかけられ、振り向くと、大和さんがほんの少し自信なさげに、首を傾げていた。

 意外な人物の登場に、私は目を丸くする。


 「大和さん? どうしてここにいるんですか?」

 「ああ、ここ僕の家なんだ」

 大和さんが、丁寧に指を揃えて示したのは、小さな一軒家だった。


 「知人に安く紹介してもらった、借家なんだ。外出しようとしたら、見覚えのある人がいたものだから」

 朗らかに微笑む大和さんに、軽く頭を下げる。


 「こんにちは。先日は、お見舞いに来てくださり、ありがとうございました」

 「ああ、無事に退院できたみたいで、良かったよ。もしかして、君もこの辺に住んでるの?」

 「いいえ。道に――」

 迷っただけです、と言いかけて、口をつぐむ。そして、代わりに尋ねた。


 「今家に、樹里亜さんいるんですか?」


 できるだけ軽い口調を意識した。大和さんは、「樹里亜? うん、いるよ」と言う。


 「あの……話したいことがあるので、自宅に上がらせてもらっても、良いでしょうか」

 「構わないよ。樹里亜にも訊いてみるから、ちょっと待ってて」


 大和さんは、自宅に入っていった。

 樹里亜は、急に訪ねてきた私を、どう感じるだろう。


 意気消沈している様を聞いて、心配して来てくれたんだ、とありがたく思うのか。

 それとも、何か勘づかれたのかも、と警戒するのか。


 後者なら、対面は断られる。私は、どうか怪しまれていませんように、と祈り続けた。

 気を揉んでいる時間は、短かった。大和さんがすぐに玄関から、顔を出す。


 「歓迎だって。『きっと心配で、来てくれたんだよ』って言ったら、喜んでくれたよ」

 前者だったみたいだ。良かった。


 「ありがとうございます。では、お邪魔します」

 扉を開けてくれた大和さんに、お礼を言って、上がらせてもらう。


 玄関口は、整然としていて、靴箱の上には、名前はわからないが、植物が植木鉢に生けられていて、もうじき花が咲きそうになっていた。丁寧な暮らしをしていることが、見て取れた。

 大和さんが、玄関を上がってすぐ近くの、左側の扉を開ける。私は、緊張した面持ちで、彼に続いて、部屋の中に足を踏み入れる。


 テレビの前の、二人掛けのソファーに座っていた樹里亜が、パッと振り向く。


 「わざわざ来てくれて、ありがとう。悠ちゃん。心配させちゃって、ごめんね」

 元気がなさそうに微笑む彼女は、妹が大変なことになって、心から悲しんでいるように見えた。

 顔がひきつらないよう気をつけながら、「いいえ、突然来たりしてすみません」と詫びる。


 「そういえば、大和さんは外出しようとしていたんでしょう? 大丈夫ですか?」

 これから樹里亜に話すのに、大和さんはいない方が良い。そう思って、彼を見上げる。


 「それほど大事な予定じゃないから、いいよ。お客さんをもてなすことの方が大事だ」

 にこやかに答える大和さんに、しょうがないか、と諦めの念を抱いたが、意外にも樹里亜が食い下がった。


 「いや、ここのところ病院行くとき以外、ずっと家にいたでしょ? ちょっと外の空気吸ってきなよ。悠ちゃんへのもてなしなら、私が美味しいお茶を入れるよ」

 「いいのかい? 無理しなくても――」

 「大丈夫だよ。大和こそ、最近私につきっきりで無理してるんじゃない? 悠ちゃんが来たから、ちょっと元気出てきたし、ね?」

 その言葉に、大和さんも納得してくれたようだった。


 「わかったよ。じゃあまたね、若葉さん」

 脱ぎかけた上着を羽織り直し、大和さんが玄関に出ていく。慣れた調子の「いってきます」を聞いて、いつも欠かさず挨拶しているのだな、と思った。


 「行ってらっしゃい」

 樹里亜が、玄関の方へ顔を向けて、見送りの挨拶をした。


 「今お茶を用意するから、座って待ってて」

 「いえ、結構です」


 台所に向かおうとするのを引き留めると、樹里亜は怪訝そうに眉を寄せた。


 「話したいことがあるんです。そして、訊きたいこともあります」

 「どうしたの? 深刻な顔して。何かお悩みなのかな? 私に答えられることなら、なんでも訊いてよ」


 頼れるお姉さん、といった風に、彼女は胸を叩き、再びソファーに腰を下ろした。


 「どうぞ。ごめんね、ここしか座るとこなくて」

 この家、あんまり広くないからね、と照れたように言って、自身の横を叩く。ここに座れ、という指示だ。

 あまり距離が近くなりすぎないよう、ゆっくりとソファーに尻を沈ませる。


 「それで、話したいことってのは?」

 顔を覗き込んでくる彼女に、負けじと目をしかと合わせる。

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