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監禁までの経緯

***


 やっぱりそのことだよね……。それが気になるのはわかるんだけど、順を追って話させてくれる?

 ……ありがとう。ええっと、まずはね――。

 山田のことからかな。実はあれ、でたらめだったの。


 そんな男子は、最初からいなかったんだ。そもそも存在しないんだから、ファミレスで待ってても、来るわけがなかったの。

 山田の元友達、っていう子は、わたしの中学の時の友達で、頼み込んで演技をしてもらってたの。


 わたしがそんなことした理由は、襟人さんと離れたくなかったから。


 悠が、幸の家にお菓子を届けに来た時あったじゃん? あの日、悠が帰った後に樹里亜先輩にこっそり言われたの。


 「悠ちゃんは、中学の時マミがあんなことした、本当の理由を知ってるよ。そして、それを幸や襟人に伝えるつもりでいる」

 そんなことされたら、襟人さんともう会えなくなる。

 そんなの嫌だ! ってなって、「どうすれば良いんですか」って先輩に縋りついたら、

 「幸に最近付きまとっている人がいるの。その人物に心当たりがあるふりをすれば、悠ちゃんも真実を話すのを一旦保留にしてくれるんじゃないかな」

 先輩の提案を聞いてわたしは、ケンちゃんのことを悠に話すことにした。


 先輩は、「ボロが出そうになったら、私が助け船を出すよ」って、ケンちゃんについて誇張たっぷりに話してる間、そばについててくれた。

 それでひとまず難は逃れたんだけど……ケンちゃんもシロだってわかっちゃった時に、今度こそどうしよう、って頭を抱えてたの。


 ケンちゃんに辿り着くまでに、襟人さんをオトす気満々だったのに、全然手応えがなかった。暖簾に腕押し、って感じで……。今までの男子とはまったく違ってたから、すごく面食らった。


 それでもワンチャンあるかも、なんて期待して、告白してみたの。

 ケンちゃんと会った日の別れ際、家まで送ってくれた襟人さんにお礼を言った後、「ちょっとお話いいですか」って呼び止めたのね。


 「わたし襟人さんのことが好きです。助けてもらった時から……。わたしと付き合ってください! お願いします!」

 真っ直ぐに襟人さんを見つめると、彼は困ったような、申し訳なさそうな顔をした。

 「俺、ずっと好きなやつがいるんだ。だからごめん」

 そう言って軽く頭を下げてきた。

 ずっと、って言葉が引っかかって、「幸ですか?」と反射的に訊いたら、「幸はただの幼馴染み」って微かに笑いながら、反論された。

 「小学生の頃一回会っただけの奴に、ずっと惚れてるんだ」

 自嘲するみたいに呟いた襟人さんの表情は、今まで見てきた中で、一番ドキッとした。

 「一途ですね。ずっと思い続けてるなんて」

 ちょっと馬鹿にするような口調になっちゃったかもしれない。

 けど襟人さんは気付かなかったのか、幸せそうに続けた。


 「実は最近、再会できたんだ。だからこのところ柄にもなく浮かれてて――そいつのことで頭がいっぱいなんだよ。だから折野とは付き合えない」


 この時に、身を引くべきだったんだろうけど、わたしはどうしても諦めきれなかった。

 わかりました、ってその日は別れておきながら、次の日に樹里亜先輩に相談したの。

 そうしたらこう言われた。


 「架空の怪しい男子をでっち上げて、また調査する時間を作れば? もうマミが襟人と一緒にいるには、それしかないでしょ」


 けどさすがに悠に怪しまれる、と思って、屋上に呼び出したの。

 本当のことを全部は言わないで、隠してたことを少しだけ白状した。


 「誠心誠意謝ったあとなら、作り話の山田君のことも、信じてくれるよ。悠ちゃん、優しくて、チョロそうだから」

 大丈夫かな、と不安になってたわたしを、樹里亜先輩は自信ありげに微笑んで、背中を押してくれた。


 「調査の進行具合とか、詳しく教えてよ」

 ケンちゃんのことを悠にも話した日から、そう言われてて、それから先輩には逐一教えてた。

 山田は、本当は存在しない人物だから、いつかバレるんじゃ……というわたしの意見に先輩は、安心して、と頭を撫でてくれた。


 「私が何とかするから。絶対に上手くいかせてあげる。マミは何も心配しないで、私の言うことを信じて?」

 ファミレスでわたしが、中学の時のこと話したの覚えてる? 樹里亜先輩が部活内のいざこざをあっという間に解決してくれたこと。

 あの一件があったから、今回も先輩についていけば、成功する! って頭を撫でられた時、確信したんだ。


 それから友達に頼んで、話を合わせてもらうことになった。

 「山田と日曜日に待ち合わせ、って流れにして」

 そう先輩に指示された通りに、現れるわけない山田との待ち合わせが、日曜日に決まった。

 一体どうするんですか、と聞いても、先輩は答えてくれなくてさ。


 「私からメッセージが来るまで、悠ちゃん、襟人としっかりお喋りしててね」としか言われなくても、何か策があるはずだ、って信じて疑わなかった。わたしは樹里亜先輩を誰よりも信用していたから。


 そんなわけで、ファミレスで先輩からの連絡を待ち続けてたんだけど、13時くらいになって、さすがにそわそわしてきて。

 トイレで電話かけてみたの。でも繋がんなくて。


 ガッカリして席に戻ろうとしたら、悠が「かえる!」なんて叫んで飛び出してって。襟人さんもそれを追いかけるし。

 何があった? って一人で頭を捻ってたら、幸がめっちゃピンチになってた、って聞いて。すごく驚いたよ。


 それでさ、悠がファミレスで、幸が先輩とピクニックに行ってる、と話してたことを思い出して、ふっと怖い考えが浮かんだの。

 樹里亜先輩は、幸とストーカーが鉢合わせするようにしたかったんじゃないか、って……。

 悠と襟人さんを、わたしに監視させたかったのでは――? 待ち合わせの日を指定されたのも、自分の計画実行のためだったんじゃ……。


 『悠ちゃん、襟人としっかりお喋りしててね』

 そう言ってたことを思い出して、ますます怪しく感じて……。

 それで先輩に留守電を残したの。『できる限り近いうちに、直接会って訊きたいことがあります』って。


 ちょっと経ったら、折り返しが来た。

 「明日の朝なら、大丈夫だよ。どう?」

 少し早めに起きれば、登校に間に合うし、了承した。それに学校くらい休んでも別に構わないし。


 そんなわけで、月曜日の朝に樹里亜先輩を家に迎えたの。

 部屋に案内して、お茶を出して――。本題を切り出す前に、心を整えようと思って、先輩をおいてトイレに立ったの。

 それが良くなかった。


 ドキドキしながら部屋に戻ると、先輩は湯呑みを持って一息ついてるところだった。ちょうど一口飲み終わった、といった姿に見えた。

 そしてわたしに向かって、はしゃいだように言ったの。


 「マミ、このお茶すっごく美味しいんだけど。何か特別な茶葉使ってるの?」

 別にその辺で売ってるようなフツーのヤツだよ。でも先輩は、絶賛してくるの。

 「ホントに良い味だよ。ひょっとしてマミ、めちゃくちゃ才能あるんじゃない?」

 お茶入れの才能なんて欲しくないけどね。まあ、そこまで言われたら飲んでみたくなるじゃん?

 だから勧められるまま、口に入れたの。


 それから一分もしないうちに、瞼が重くなって、視界がぐらぐらしてきた。

 そんで目が覚めた時に、樹里亜先輩は家にいないじゃん。

 睡眠薬盛られたんだ、って気付いた。先輩は、飲んでるふうに見せてただけだった。


 制服がなくなってたのと、交わした覚えのない幸とのメッセージのやり取りで、学校に行ったんだ、とわかった。

 先輩の想定では、わたしはもっと眠ってるはずだったんだろうね。わたしの意識がないうちに、学校まで行って帰ってくるつもりだったんだと思う。


 何でそんなに早く目覚めたのか、って?

 それはわたしが、睡眠薬を日常的に飲んでたから、耐性がついてたんだ。

 樹里亜先輩にも話してなかったけど、半年くらい前からわたしは、不眠にちょっと悩まされてたの。

 かかりつけの病院で出されてる、結構強めの薬を飲んでた。だから市販の睡眠薬だと、効果が薄かったんだと思う。

 そうとは知らずに、先輩は計画を実行した――。


 わたしのふりをして、幸を4階に呼び出して、そこから突き落とすという信じられない計画を。

 あり得ない、って思いたかった。でもここまで証拠がある以上、もう誤魔化せない。


 恐れていた通りに、幸が落下した瞬間、わたしは確信した。

 ストーカー騒動は、先輩が仕組んだことだったんだ、って。

 何でそんなことしたの!? というか人を殺そうとしたなんて――しかも実の妹を。

 悠と幸が救急車で運ばれたあと、わたしはそうぐるぐる考えながら、半ば無意識で帰宅してった。


 部屋に入ると、制服は戻されてた。ベッドに置いてあった携帯の中身を確認すると、幸に送られてたメッセージが、送信取り消しになってた。

 それを見て、鍵をかけないで飛び出したことに気付いた。

 先輩がさっきまでここにいたんだ。

 先輩に会わなくちゃ。どうしても訊きたい。

 そう強く思った。

 何でこんなことしたのか。何で幸を殺そうとしたのか。


 その理由を樹里亜先輩の口から聞いて、そして――自首を促そう。

 どうして幸を殺したかったのかわからないけど、樹里亜先輩とちゃんと話さなきゃ、と思った。

 わたしを助けてくれた優しい樹里亜先輩が、何に追い詰められていたのか。

 どんなことを言われても受け入れる覚悟で、会いに行こう、と決意した。


 それですぐに、先輩の家に行ったの。でもいなくて――大和さんの家にも行ったけど、二人とも出掛けてた。

 ちょっと考えて、病院にいるんだ、と気付いた。

 家族として、病院の人に呼ばれるのは当然だった。大和さんは、付き添いなんだろう。

 今日は帰ってこないかもしれない。

 そう思って、明日の朝早くに改めて訪ねることにした。


 夜が開けて再び先輩の家に行くと、今度は家にいた。非常識な時間に来たわたしを、先輩は迷惑そうな様子もなく上げてくれた。

 リビングに通されて、挨拶もそこそこに本題に入った。


 「先輩は――樹里亜先輩はっ! 幸を殺そうとしたんですよね!?」

 ブルブル震えながら、叫ぶように言ったわたしに、先輩は目を丸くした。

 「何言ってるの、マミ。冗談でも言っていいことと、悪いことがあるよ」


 本気で怒った様子で、睨まれた。この期に及んで、まだシラを切ろうとする先輩に、わたしは必死に訴えた。


 「じゃあ、わたしが眠ってた間、制服を持ってって、何をしてたんですか? 携帯に見に覚えのないやり取りがあったのも、ちゃんと見ました! 先輩が幸を4階におびき寄せたってことはわかってるんです!」


 肩をいからせて問い詰めた。それでもまだ、先輩はしらばっくれようとしたの。馬鹿なわたしなら、まだ騙せると思ったのかもね。


 「マミが招待しといて勝手に眠っちゃったから、軽い仕返しとして隠したの。あと私はずっとマミの家にいたんだよ? 目が覚めて私がいなかったら、どんな反応するんだろう、って思って、ちょっと意地悪するつもりで、クローゼットの中で息をひそめてたの」


 あっけらかんと話す先輩に、焦る様子はみじんもなかった。

 わたしは、口をパクパクさせながら、それでも食いかかった。


 「メッセージは――幸に送ったあのメッセージは、何なんです!?」

 「それもちょっとしたイタズラだよ。いつまでも来ないマミを待ち続ける姿を想像したら、面白いなって」


 あくまでもイタズラ、ということにしようとする先輩。わたしは、しばらく何も言えずにポカンとしてた。

 そんなわたしを見て、先輩は急に目を伏せて、泣き出しそうな声で言った。


 「でも私のイタズラがなければ、幸が4階に行くこともなかったかもしれない。そうしたら事故で落下することも――」

 そこで声を詰まらせて、うなだれた。

 それからしばらくの間、先輩の嗚咽だけが静かな家の中に響いていた。

 わたしはそれを聞いて、ゾッとするだけだった。


 だって知ってたんだもん。

 「それは嘘です。目覚めてすぐにわたしは、クローゼットの中を見ましたから」


 どこかに隠れていて、わたしを驚かそうとしているんじゃないか。その可能性は、起きてすぐ思い付いた。

 でも家の中を隅々まで探しても、見つからなかった。クローゼットは一番最初に確認していた。


 「樹里亜先輩……。みんなに本当のことを話しましょう。怖いなら、私もついていきますから……」

 真実を伝えましょう、と促した途端、先輩の雰囲気が急に変わった。


 「あ~あ。これはダメっぽいなぁ……」

 深いため息と共に吐き出された台詞は、悪寒がするほど低いトーンだった。


 「メッセージをさっさと取り消ししとくんだった。何で大人しく眠っといてくれなかったのかなぁ……」

 樹里亜先輩は、しくじった、というふうに額に手を当てた。

 そしてソファーから立ち上がって、わたしと正面から向かい合う形になったの。

 先輩から目を離せなくて、でくの坊みたいにその場を動けずにいたら、お腹に強い衝撃が走った。


 一拍遅れて、殴られたことに気付いた。後ろに倒れ込んで、攻撃してきた張本人を睨んだら――。

 声にならない叫びが出た。


 先輩は、椅子を振り上げていた。高いところにある物を取るための、さほど立派じゃない椅子だけど、それでも全力で殴られれば、かなりの痛みに襲われる。

 逃げようとした時には、もう遅かった。

 ガツン、って音がすぐそばで聴こえたかと思うと、耳鳴りが止まらなくなった。

 キーン……と頭の中でどんどんうるさくなっていって、瞼が押さえつけられてるみたいに、開くのが困難になって――。


 次に覚醒した時は、見たことない部屋の中にいた。

 身体も縛られてて――絶望したよ。誰にも見つけられないまま、ここで苦しみながら死ぬしかないんだ、って。

 なんとか出れないか、と思って、不自由な身体で窓やドアに体当たりしようと試みたけど、そもそも立ち上がれないんだから、無理だった。ただ体力を消耗しただけ。


 そうこうしてるうちに、どんどん時間が経って――もうダメだ、って思ったところで、希望が見えたの。

 物置部屋に閉じ込められたのは、不幸中の幸いだった。非常時のために用意してあったと思われるミネラルウォーターが、目立たない場所に置かれてることに気付いた。

 口を使って、ペットボトルのキャップを外して、それを少しずつ飲んでいくことにした。

 水があれば、人は結構生きられる、ってどこかで聞いたから、とりあえず死を先延ばしできたことに、ホッとした。


 それからは、ずっと同じことを願い続けた。

 誰か早く見つけに来て。今すぐにでもインターホンを鳴らして。そしたら全ての力を使って、助けを求めるから。

 そう思い続けて、ずいぶん経った頃――。

 水がとうとう無くなってしまった。生命線が消えたの。

 錆び付いたんじゃないか、ってくらいに、喉はカスカスになって、これじゃ大声なんて出せない、と焦った。

 いよいよ気力が尽きそうになった時、待ち望んでたインターホンの音がした。


 来訪者に向かって、届け届け――! と必死に念じながら、わたしは少ない力を振り絞って、窓に体当たりを繰り返した。

 それからは、悠も知ってる通りだよ。


 気付いてもらえたことに安心して、意識を手放して――目が覚めたらここにいて、助かったんだ、って思った。

 嬉しくてボロボロ泣いたよ。

 本当にありがとう。悠と襟人さんが来てくれなかったら、たぶんダメだったと思う。


 それと今まで散々騙してて、ごめんなさい。

 ……幸にも謝れると良いんだけどな。

 幸のこと、聞いたよ。まだ意識を取り戻してないんだって?

 ……ごめん。わたしのせいだ。わたしが樹里亜先輩のことを、もっと早く怪しむべきだったんだ。

 そうすれば、こんなことにならずにすんだよね。

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