農具供養祭と案山子(かかし)
「試験も終わって、もうすっかり秋ね。」
「秋って言えば、収穫の季節だよね。
お米もお野菜も美味しくなって、わたし秋って大好き。」
「秋と収穫と聞いて思い出したんだけど、
農具供養祭ってのがあるらしいんだ。
今度の週末に、あたしたち3人で行ってみない?」
同じ高校に通う、仲良し3人組の女子生徒。
黒くて長い髪の女子生徒は、落ち着いていて大人びた子。
髪を頭の左右に分けて結っているツインテールの女子生徒は、天真爛漫な子。
おかっぱ頭の女子生徒は、大人しくてやさしい子。
これがその3人。
その3人は同じクラスの仲良しで、学校の内でも外でもいつも一緒。
怪談が好きで、どこからか話題を仕入れて来ては、
その3人で一緒に怪談の調査に出かけたりしている。
これは、その3人が秋の農村に行って体験した話。
秋。
その3人が通う高校では、試験が終わると、
生徒たちには1週間ほどの休みが与えられることになっている。
今年も秋の試験が終わって、
生徒たちは御褒美の試験休みを待つばかり。
試験が終わった後の試験休みと言えば、
生徒たちが試験でくたびれた羽根を休めるためのもの。
しかし、その3人が通う高校では、少し意味合いが異なる。
その3人が通う高校では、試験休み中に、
課外活動という名の課題が課されることになっていた。
わいわいがやがやと、試験が終わったばかりで賑わう学校の教室で、
教壇に立つ先生が生徒たちに向かって言う。
「各自、季節に因んだ出来事や行事について調べて、
それをレポートにして、試験休み明けの月曜日に提出するように。」
そう話した先生が教室から出ていくのを見届けてから、
その3人は頭を突き合わせてヒソヒソと話を始めた。
ツインテールの女子が、眉間に皺を寄せて口を開く。
「ねえ、聞いた?
試験休みなのに、課題があるんだってさ。
あの先生、休みって言葉の意味が分かってないのかな。」
長い髪の女子が、呆れ顔で応える。
「あなたこそ、
この学校に来て最初の試験休みってわけじゃないわよね?
うちの学校では試験休み中にも課題があるって、
前から分かっていたことでしょう。」
言われてむすっとするツインテールの女子に、
おかっぱ頭の女子が取りなすように言う。
「も、もちろん知ってるよね。
きっと、ちょっと忘れちゃってただけだよ。
わたしだって試験に精一杯で、
試験休み中の課題があるのなんて忘れちゃってたもの。」
「うんうん。
あたしの苦労を分かってくれるのは、あんただけだよ。」
ツインテールの女子が大袈裟に頷いて、おかっぱ頭の女子の頭を撫でる。
艶々の髪の感触を一頻り愉しんでから、
ツインテールの女子は改まって2人に向かって口を開く。
「冗談はこのくらいにして、
実は、課題に使えそうな話があるんだよ。
こないだ、うちの親から聞いた話なんだけど、
郊外の農村で秋の収穫祭をやるんだって。」
収穫祭と聞いて、おかっぱ頭の女子が手を合わせて顔を綻ばせる。
「わっ、収穫祭だって。
美味しいものがいっぱい食べられそうだね。」
しかし、長い髪の女子は冷静に、
腕組みした腕を指でとんとんとしながら言う。
「美味しいものを食べて、それをレポートにすると言うの?
そんなものが、秋に因んだレポートとして認めて貰えるかしら。」
そう指摘されることを、ツインテールの女子は予想していたようで、
口元をニヤニヤとさせながら反論した。
「もちろん、それだけじゃないんだよ。
秋の収穫祭と同時に、もう一つお祭りが開催されるの。
その名を、農具供養祭って言うんだって。
怖そうでしょ。」
「農具供養祭?」
「そう。
使い古した農具を、火に焚べて供養するんだって。
いかにも、怪談になりそうなネタじゃない?
丁度、今週の土日に今年の農具供養祭があるんだよ。
日帰りではちょっと遠い場所だから、泊りがけで行ってみない?」
長い髪の女子が、手帳を開いてスケジュールを確認する。
「レポートの提出期限は次の月曜日よ。
土日にお祭りでは、提出までに間に合わないわ。」
「土日両方を見る必要はないよ。
現地の旅館に宿を取って、土曜日の日中にお祭りを見て、
日曜日のチェックアウトまでにレポートを書けばいい。」
つまり、レポートを書く時間は、
土曜日のお祭り後から日曜日のチェックアウトまで。
お祭りが終わる時間にもよるが、半日以上はあるだろう。
3人で相談しながらならば、それだけの時間で十分。
話を聞いていた長い髪の女子は、手帳にスケジュールを書き込みながら応える。
「なるほどね。
両親に相談してみないとまだ分からないけれど、
私はその予定で大丈夫だと思うわ。」
「わたしも、
お父さんとお母さんに相談しなきゃいけないけど、
多分、大丈夫だと思う。
もしも空き時間があったら、観光もできそうだよね。
3人で旅行、楽しみだな~。」
「よし!決まりだね。
旅館の予約は、あたしがしておくよ。
親の許可が得られ次第、手続きを始めよう。」
それから首尾よく親の許可を得たその3人は、
週末の土曜日に、連れ立って郊外の農村へ行くことになったのだった。
日にちが過ぎて、土曜日。
その3人は電車をいくつも乗り継いで、
農具供養祭が行われるという、郊外の農村へとたどり着いた。
農村、とは言うものの、田畑は地域の半分程度。
残りの半分は住宅地や商店で、
駅前に広がる光景は、ちょっと寂れた都市部といった様相。
駅を出た先にある広場には、お祭りの風景が既に広がっていた。
焼きそば、たこ焼き、金魚すくい、
お祭りでよく見かける屋台が、いくつも軒を連ねている。
屋台は駅前の広場から車道に沿って続いていて、観光客の姿もあった。
丁度、昼食時の時間だったこともあって、
お祭りの風景を目の当たりにしたその3人は、
課題のこともすっかり忘れて、屋台料理に舌鼓を打った。
「この屋台のじゃがバター、美味しい!
じゃがいもの味が違うよ。
地元の新じゃがだって。」
「この蒸し野菜も美味しいわ。
調味料が無くても、野菜の味だけで食べられるわ。」
「きのこのホイル焼きも美味しいよ。
2人にも分けてあげるね。」
そんな様子で屋台を一頻り食べ歩いて、
それから長い髪の女子が、ハッと気が付いて顔を上げた。
「いけない。
私たち、課題のレポートのために来たのだったわね。」
ツインテールの女子が、
つるつる滑る芋の煮っころがしと格闘しながら応える。
「レポート?何の話だったっけ?」
おかっぱ頭の女子が、口の中のものを飲み込みながら言う。
「えーっと、秋の収穫祭だったっけ。
採れたてお野菜、美味しいね。」
「・・・秋の農具供養祭よ。
まったく、あなたが言い出したことじゃないの。
2人とも、食べ歩きはそのくらいにして、
まずは旅館に荷物を置きに行きましょう。
そろそろお祭りの時間でしょうから。」
「ちぇっ、しょうがないなぁ。」
「は~い。」
そうしてその3人は、予約を入れていた旅館へ向かった。
旅館にたどり着いたその3人は、驚愕の事実を知ることとなる。
長い髪の女子、ツインテールの女子、おかっぱ頭の女子、
その3人は、農具供養祭のレポートを書くために、郊外の農村へやってきた。
時間は昼食時を過ぎて、そろそろ日が傾き始める頃。
事前に調べた情報によれば、そろそろお祭りが始まる時間のはず。
その3人はお祭りに行く前に、旅館で宿泊手続きをして荷物を置くことにした。
旅館は駅からほど近い場所にあった。
予約を取ったのはツインテールの女子だったので、代表して手続きをする。
応対に現れた旅館の女将である中年の女と話をして、
その3人は呆然とすることになった。
「農具供養祭は・・・明日?」
ツインテールの女子が、オウム返しに聞き返した。
その3人の反応を見て、旅館の女将が困った顔になって応える。
「ええ、そうなんです。
この地域の秋祭りは、収穫祭と農具供養祭の二つで、
それが合同で行われるんです。
今年は土曜日、つまり今日が収穫祭で、
明日の日曜日が農具供養祭なの。
去年とは逆なのだけれど、ご存じなかったかしら。」
おかっぱ頭の女子が、こわごわと尋ねる。
「えっと、明日の農具供養祭って、何時から何時までですか。」
「農具供養祭の開始は、明日の大体お昼過ぎかしら。
終わるのは、夕方過ぎくらいかしらね。
今年は、駅から真っ直ぐ行った先の畑で行われるのよ。」
農具供養祭は、明日の昼過ぎから。
そう聞いた長い髪の女子は、
首だけを回してツインテールの女子に顔を向けた。
口元はニンマリと笑っているが、目が笑っていない。
上品な声色で尋ねる。
「お祭りは明日のお昼から夕方まで。
レポートの提出期限は明後日。
お祭りを見終わって、電車を乗り継いで家に帰って、
私たちはいつレポートを書けば良いのかしら・・・?」
語尾に近付くに従って、声色に怒気が込められていく。
ツインテールの女子が、人差し指を上に向けて応える。
「それは・・・お祭りが夕方に終わって、
それから急いで家に帰ってから書く、とか。」
「旅行から帰って休む間もなくレポートを書けと、あなたは言うの!?」
「ごめーん!
あたしも同じ状況だから!
去年とスケジュールが違うって、知らなかったんだよー。」
「ま、まあまあ。
2人とも落ち着いて。
お祭りのスケジュールは変えられないんだから、
今日はのんびりして、明日に備えよう?
まずは荷物を置いてこなきゃ。」
「そうそう!
観光を今日の内に終わらせれば、明日は早く帰れるはずだよ。」
長い髪の女子は二の句が継げず、溜息をついた。
そうしてその3人は、一先ず旅館に荷物を置いて、
それから明日するはずだった観光を先にしてしまおうと、
旅館から再び外へ繰り出していった。
旅館を出たその3人は、すっかり機嫌を直して、
屋台料理を楽しみながら、町の中心部から外へ外へと歩くことにした。
駅や旅館がある区画から離れてしばらくすると、
農村らしい田畑が目立つようになってくる。
30分も歩かない内に、見渡す景色は田畑と民家が点々とするだけになった。
ツインテールの女子が周囲を見渡して言う。
「これ以上歩いても、何も無さそうだね。」
「そうね。旅館に戻りましょうか。」
「わたし、足が痛くなっちゃった。」
「ちょっと待った。
あれ、何かのお店じゃない?」
ツインテールの女子が指し示した先。
夕暮れの薄闇に塗られた田畑の中に、控え目な明かりが灯っている。
近付いてみるとそれは、なんとカラオケボックスの看板だった。
ネオンなどではない、小さな黒板を電球で照らすだけの個人商店の看板。
しかしそれは確かにカラオケボックスと書かれていたのだった。
それを見て、ツインテールの女子が嬉しそうに言う。
「こんなところにカラオケボックスだって。
2人とも、ちょっと入っていかない?
あたし、丁度カラオケがしたかったんだ。」
「カラオケなんて、帰ってからでもいいでしょうに。」
そう言いかけた長い髪の女子に、ツインテールの女子がウインクをする。
視線を追うと、その先ではおかっぱ頭の女子が足を擦っていた。
慣れない靴を履いてきたのか、足を痛そうにしている。
ひょっとしたら、靴ずれができているのかもしれない。
どうやら、ツインテールの女子が気を利かせようとしているようだ。
察した長い髪の女子も優しい笑顔になって応じた。
「・・・そうね。
それじゃあ、ここで一休みしていきましょう。
カラオケボックスなら、座る場所もあるでしょうから。」
そうしてその3人は、店の出入り口の大きなガラス扉を開けて、
カラオケボックスの店内へ入っていった。
田畑の真ん中に立つカラオケボックス。
民家に寄り添う古びた倉庫のようなその黒い建物は、
一見してカラオケボックスには見えないものだった。
「これが・・・カラオケボックス?」
カラオケボックスの建物の中に入ったその3人は、
開口一番、そう呟いた。
カラオケボックスと言えば通常は、
明るい受付に制服のスタッフが出迎えるもの。
しかし、そのカラオケボックスはそれとは違う。
薄暗い建物に入ってまず待ち受けていたのは、古ぼけた着物を着た老婆だった。
その老婆は揺り椅子に座っていて、起きているのか眠っているのか。
店内にその3人が現れても何の反応も示さなかった。
その3人は顔を見合わせて、それから長い髪の女子が老婆に話しかけた。
「あの、3人でお願いしたいのですが・・・」
長い髪の女子が話しかけてから、たっぷり間が空いて、
それからやっと老婆が顔を上げた。
よかった、人間だった。
そんな失礼な感想を抱きながら、長い髪の女子が老婆の声に耳を傾ける。
枯れ木のような顔の老婆の、しわがれた声が聞こえる。
「・・・はいはい、お祭りの人たちだね。
好きなお部屋を使ってくださいね。」
そう話したきり、老婆はまた眠ったように顔を下げてしまった。
その3人は困惑して顔を見合わせる。
「この店、本当に営業しているのかしら。
私はカラオケボックスにあまり来たことがないのだけれど、
受付にお婆さんなんて、そんなことがあるの。」
「う、うん。
あたしも珍しいとは思う。
でもさ、他に座れそうな場所は無さそうだし。」
長い髪の女子とツインテールの女子が、おかっぱ頭の女子の方を見る。
おかっぱ頭の女子はまだ足を痛そうにしている。
気味が悪いのは事実だが、早く座らせてあげたい。
他に選択肢も無く、長い髪の女子とツインテールの女子は、
受付の老婆と必要な話をすることにした。
果たして老婆は眠っているのか耳が遠いのか。
老婆との蒟蒻問答の末、
なんとか、使用する部屋の指定と飲み物の注文を終えることができた。
正体不明の液体が注がれた湯呑を手渡され、
その3人は指定された部屋を目指して建物の奥へと進んで行った。
402号室。
それが、その3人に指定された部屋の番号だった。
薄暗く迷路のように細く入り組んだ通路を進むことしばらく。
その3人は指定された部屋へとたどり着くことが出来た。
四○二。
縦書きでそう張り紙がされた部屋の扉の前に立つ。
一応はカラオケボックスらしく、扉にはガラスが嵌め込まれていて、
部屋の中が確認できるようになっている。
窓もなく照明も消されている室内では、
カラオケの機械と思われる明かりが明滅していた。
覚悟を決めて、扉を開ける。
壁際を手探りで探してスイッチを入れると、薄暗い蛍光灯が灯された。
室内の広さは6畳程度だろうか。
部屋の真ん中にはテーブルが置かれていて、
壁際には電車で使われるような長椅子。
奥の壁際には、古いブラウン管テレビのカラオケ機が置かれていた。
壁紙の類は無く、殺風景な印象を受けた。
「ここ、本当にカラオケボックスなのかな。
通路といい部屋といい、まるで倉庫みたい。」
部屋に入りながらツインテールの女子が素直な感想を口にする。
長い髪の女子が、おかっぱ頭の女子に肩を貸しながら応える。
「座れれば何でも良いわ。
カラオケをしに来たわけじゃないのだから。
ほら、あなたはここに座りなさい。
辛かったら横になってもいいからね。」
「2人とも、ありがとう。」
おかっぱ頭の女子が勧められるがままに椅子に腰を下ろす。
その3人で仲良く長椅子に並んで座ると、ほっと一息。
老婆から渡された湯呑に、揃って口を付けた。
「・・・あら。
この飲み物、何か分からないけれど、甘くて美味しいわね。」
「うん。
匂いにちょっと癖があるけど、体がぽかぽかして美味しい。」
「これって・・・まあいいか。」
ツインテールの女子が何かに気が付いたようだったが、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が美味しそうに湯呑に口を付けているのを見て、
口を噤んでしまった。
そうしてその3人は、カラオケボックスの部屋でしばらく休憩することになった。
折角カラオケボックスに来たのだからと、
ツインテールの女子がカラオケ機を操作してみたが、
機械が古いのか、昔の曲ばかりでカラオケをする気にはなれなかったようだ。
そうしてその3人が飲み物を飲み終えた頃、
ツインテールの女子が椅子から立ち上がって言った。
「あたし、ちょっとトイレに行ってくるね。」
「場所、分かるの?」
「適当に探してみるよ。」
そう言い残してツインテールの女子は一人、部屋を出ていってしまった。
カラオケボックスとは名ばかりの、倉庫の様な建物の中。
ツインテールの女子は、薄暗く入り組んだ通路で四苦八苦していた。
トイレには順調にたどり着けたのだが、問題は帰り道。
自分がどの部屋から来たのか、分からなくなってしまったのだった。
通路の真ん中に立って腕組みをして言う。
「えっと、あたしらがいた部屋って何号室だったっけ。
400・・・504・・・違うなぁ。」
分からくなったのは部屋番号だけではない。
建物には店内図も無く、
今、自分がどこにいるのかすら分からない。
受付に戻ろうにも、その受付すらどこなのか分からないのだ。
「この建物って、こんなに広かったかなぁ。
外から見た時は、もっと小さいように見えたんだけど。
・・・仕方がない。
部屋の中を一つ一つ確認していこう。」
幸い、個室の扉はガラスが嵌められていて、
外からでも内部の様子を窺い知ることが出来る。
見知らぬ人の部屋の扉を開けて気まずい思いをすることは無さそうだ。
「それ以前に、あたしら以外に人の気配なんて無いんだけどね。
誰もカラオケを歌ってる様子がないし。」
ツインテールの女子の言う通り、
カラオケボックスの建物に入ってから今まで、
受付の老婆以外の人とは全く出会うことは無かった。
どこかの部屋から歌声が聞こえてくることもない。
薄暗く静まり返っていて、カラオケボックスという感じはしない。
そう思っていたのだが。
しかし扉のガラスから部屋の内部を覗くと、
どの部屋にも人影が確認できたのだった。
誰も歌ってはいないが、客は入っているようだ。
ただし、誰も彼もが身動き一つしない。
俯いていて顔も見えず、黙って座っているだけ。
そんな人影が、どの部屋の中にも確認できた。
ツインテールの女子は、部屋の中の人影に気付かれないように、
静かにこっそりと部屋の中を確認していく。
「・・・この部屋じゃないな。
こっちの部屋も違う。
どの部屋から来たんだったかなぁ。」
すると、その時。
静まり返った建物の中に、どこからか歌声が聞こえてきた。
聞こえるのは若い女の歌声で、どこかで聞いたことがある声に感じる。
「・・・しめた。
この声、あの2人の声だよね。
2人とも暇して、カラオケやりだしたんだ。
ようし、この歌声が聞こえる方に行けば、部屋にたどり着ける。」
そうしてツインテールの女子は、
どこからか聞こえてくる歌声を頼りに、
薄暗い通路を歩いていった。
薄暗い通路を歩くことしばらく。
ツインテールの女子は、歌声が聞こえてくる部屋の前までやってきた。
周囲の様子には見覚えがあるような無いような。
しかし扉のガラスから部屋の中を確認すると、
薄暗い蛍光灯に照らされた室内には、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が椅子に座っている姿が確認できた。
2人ともこちらに背中を向けていて顔は見えないが、
背格好は2人のそれだと分かるものだった。
「よし、ここだここだ。
やっと帰ってこられたよ。
2人とも、遅くなってごめん。」
ツインテールの女子が頭を掻きながら扉を開けて部屋の中に入る。
部屋の中にあるカラオケ機からは、2人の歌声が聞こえる。
しかし、ツインテールの女子が部屋の中に入り、その背後で扉が閉まった途端。
歌声はぴったりと消えたのだった。
部屋に静寂が訪れる。
ツインテールの女子が面食らって言った。
「もしかして、怒っちゃった?
遅くなってごめんって。
だってこの建物の中、ややこしかったんだもん。」
しかし、話しかけられた2人は何の反応もない。
2人並んで長椅子に腰掛けたまま、むっつりと黙って俯いている
どうも様子がおかしい。
ツインテールの女子は首を傾けて、そっと2人の顔を覗き込む。
2人の顔を見て、それから飛び跳ねるようにして距離を取った。
狭い室内で背中を壁に打ち付ける。
ツインテールの女子が、長い髪の女子とおかっぱ頭の女子だと思っていた人影。
その人影には、顔がなかった。
髪の毛に隠されていた顔は、真っ白な布が張られただけ。
首や腕は、藁葺きを束ねただけのもの。
人間とは違う何かだった。
ツインテールの女子が小声で呟く。
「何、あれ。
人間じゃない、何かの人形だ。
なんだっけ、あれ。」
頭の中で記憶を遡る。
そうして、一つの解答を得た。
「そうだ。
あれ、案山子だ。
田んぼに立てて、鳥とかを脅かす人形。
どうして案山子がカラオケボックスの中に?
しかもあの服装、あの2人に似てるし。
偶然?それとも・・・」
どちらでもいい。
嫌な感じがする。
すぐにここから出なければ。
その部屋から逃れようと、後ろ手に扉の取っ手を掴む。
入る時は簡単に開いたその扉は、
しかし今はどうやっても開くことができない。
扉を押しても引いても、びくともしなかった。
「出られない。どうなってるの?
・・・うわっ!」
ツインテールの女子が思わず悲鳴を上げた。
突然、座っている案山子がテーブルに倒れ込んだのだった。
テーブルの上に置いてあったカラオケのマイクが転がって、
突っ伏した案山子の顔の近くに当たって止まる。
すると、マイクを通してカラオケ機から、
掠れた小さな声が聞こえるようになった。
「殺さないで・・・。
もっと遊ばせて・・・。」
カラオケ機から聞こえる声は不鮮明だが、
そう言っているように聞こえる。
ふと見ると、もう一つの案山子も倒れて、
床を這って近付いてくるところだった。
このままここにいてはいけない。
ツインテールの女子は部屋から出ようと、必死に扉の取っ手を掴むが、
やはりどうしても開けることができない。
部屋には窓が無く、出入り口は開かない扉だけ。
万事休す。
そんな時、ツインテールの女子の頭に閃くものがあった。
「そうだ!
声だけなら、部屋の外にも届くはず。
だって、あたしは歌声に誘われて、この部屋に入っちゃったんだから。
この扉も外側からだったら開けられるかもしれない。
あの2人を呼んで、外側から扉を開けてもらおう。
・・・あたしはここだよ!助けて!」
ツインテールの女子が口に手を添えて大声で叫ぶ。
しかし、外から助けが来る気配はない。
そうしている間にも、二つの案山子たちがこちらへ這ってくる。
テーブルの上には、案山子の声を拾ったマイクが残されたままになっていた。
ツインテールの女子は覚悟を決めて、テーブルの上のマイクに手を伸ばす。
すぐ近くに案山子が這っていたが、幸い案山子の動きは鈍く、
反応速度では負けなかった。
カラオケのマイクを引っ取って、マイクに向かって大声で叫ぶ。
「助けて!あたしはここだよ!」
そうして、カラオケのマイクに大声を張り上げること数度。
外側から部屋の扉が開けられ、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子が姿を現したのだった。
部屋の扉が開けられて姿を現したのは、
長い髪の女子とおかっぱ頭の女子だった。
しかし目の前では、2人にそっくりな案山子が這いずっている最中。
にわかに信じることが出来ず、ツインテールの女子は尋ねる。
「あんたたち、本物だよね?」
それは2人も同じだったようで、ツインテールの女子に向かって言い返した。
「そういうあんたこそ、今度は本物なんでしょうね?」
「帰ってきたと思ったら案山子さんで、
わたしたち、びっくりして逃げてきたんだよ。」
「お互い、同じものを見たようだね。
じゃあ、説明はいらないでしょ。
ここから出よう!」
その3人は頷きあって、雪崩込むように部屋から転がり出た。
扉を閉めたすぐ後で、床を這いずっていた案山子の手が扉を叩いた。
取っ手に手が届かず、扉を開けるのに四苦八苦しているようだ。
「これでもう大丈夫。」
「では無い、みたいね。」
その3人が通路を見ると、周囲の部屋の扉が次々に開けられていく。
中からは、同じ様な案山子たちが、体を引き摺るようにして姿を現した。
しかし、こちらも3人が揃えば百人力。
長い髪の女子が、唇を舐めて言う。
「あれに囲まれたら大変よ。
今のうちに逃げてしまいましょう。」
「あいつら、動きはそんなに素早くないよ。
さっさと抜けてしまおう。
あんた、足は大丈夫?」
「う、うん。
さっき休んでから絆創膏を貼ったから、動きやすくなったよ。」
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子と、
2人の顔を確認して、長い髪の女子が言う。
「2人とも、走るわよ!」
その言葉を合図に、その3人は案山子たちが姿を現し始めた廊下を、
一目散に駆けていったのだった。
薄暗く曲がりくねったカラオケボックスの通路を、
その3人は壁にぶつかり床を転がるようにして駆けていく。
通り過ぎていく背後では、扉が開いて案山子たちが次々に現れる気配がしている。
しかし振り返ってそれを確認している余裕は無い。
前を向いてでたらめに走ることしばらく、
その3人はようやく、受付の場所まで戻ってくることができたのだった。
受付に老婆の姿は無く、空っぽの揺り椅子がゆっくりと揺れているだけだった。
空っぽの受付には目もくれず、建物の出入り口へ向かう。
建物の外に通じる大きなガラス扉に取り付く。
「駄目だわ、開かない!」
しかし案の定、建物自体の出入り口の扉は開かなかった。
あるいは個室の扉と同じ様に、外側からなら開けられるかもしれない。
だが、外に人の気配はなく、助けて貰えるあては無かった。
「他に出入り口を探してる余裕はないよ!
どうする?」
「あっ、あれを見て!」
おかっぱ頭の女子が指し示す先。
空っぽの受付に、古びた鋤が転がっていた。
鋤と言えば、土を掘り起こして耕すための農具で、
長い棒の先に、大人が抱えるほどの鈍い金属の刃が付いている。
叩きつければガラス扉などひとたまりもないだろう。
「どいて!あたしがやる!」
ツインテールの女子が鋤に手を伸ばす。
以心伝心、長い髪の女子は自分の役割をすぐに理解して、
おかっぱ頭の女子を庇って、脇に下がる。
背後の薄暗い廊下からは、何かを引き摺る音が近寄ってきていた。
もう迷っている猶予はない。
ツインテールの女子は、掴んだ鋤を重そうに振り上げると、
出入り口のガラス扉に向けて、その重さごと力いっぱい振り下ろした。
ガラスが割れる派手な音が響き渡って、ガラス扉に大きな穴が開けられた。
「その穴から外に出るわよ!
ガラスで怪我をしないように気を付けて。」
長い髪の女子とツインテールの女子は、
足を痛めているおかっぱ頭の女子を先に外へ逃がす。
尖ったガラスに体を引っ掛けないように、
おかっぱ頭の女子は慎重に穴を抜けていく。
それから長い髪の女子がガラス扉の穴に身を滑り込ませる。
その時、通路の奥から、床を這いずる案山子たちが姿を現した。
最後に残ったツインテールの女子が、
手にしていた鋤を案山子たちに向かって投げつける。
案山子たちが一瞬怯んだ間に、
ツインテールの女子がガラス扉の穴に飛び込む。
体の凹凸が少ない分、
乱暴にしても怪我をせずに済んだという事実に、
ツインテールの女子は密かに舌打ちをした。
そうしてその3人はようやく、
カラオケボックスの外に出ることができたのだった。
その3人が、やっとの思いで外に出ると、
いつの間にか外は真っ暗になっていた。
背後を見ると、ガラス扉の穴から案山子たちが顔を覗かせていた。
しかし、外に出ることはできないのか、
白い布だけの顔をこちらに向けるだけだった。
その顔がどこか悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
念の為、その3人はさらにしばらく走って、
カラオケボックスが見えなくなる距離まで来て、
ようやく足を止めたのだった。
肩で息をしながら、お互いの無事を確認する。
「2人とも、無事かしら?」
「・・・うん。あたしは大丈夫。」
「わたしも大丈夫だよ。
2人が助けてくれたおかげだね。」
息を整えてから、カラオケボックスでの出来事を冷静に振り返る。
しかし、頭がぼーっとして上手く思考がまとまらない。
「変ね。
私、上手く考えがまとまらない。」
「わたしも。
あんなことがあって、混乱してるのかな。」
「きっとそうだよ。
旅館に帰って、今夜はもう寝よう。
明日になればきっと覚めてるよ。」
ツインテールの女子に言われて、長い髪の女子が腕時計を確認する。
その3人がカラオケボックスに入ったのは夕方頃だったはずだが、
時間はいつの間にか深夜と言っていい頃になっていた。
「もうこんなに遅い時間になっていたのね。
とにかく、旅館に戻って休みましょう。
あの案山子たちも、外までは出てこないみたいだから。
明日改めて、対応を考えましょう。」
それから、おかっぱ頭の女子に肩を貸して歩くことしばらく。
その3人は、やっと駅前の町に戻ってきた。
見慣れた現実の町並みを目にして、助かったことをやっと実感する。
しかし、その3人の災難は、まだ終わってはいなかった。
その3人は旅館に戻ろうとしたが、旅館の門限を過ぎてしまっていたせいで、
中に入ることができなかったのだ。
深夜の農村で他に開いている商店も無く。
仕方がなくその3人は、駅前のベンチに腰を下ろして、
仲良く並んで朝を待つことになったのだった。
翌日。
長い髪の女子は、顔を照らす陽の光を感じて目を覚ました。
目が覚めてから、昨夜は外のベンチで夜を明かしたことを思い出す。
ベンチに座っていた長い髪の女子の左右には、
ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子が、
それぞれ肩を枕にしてすやすやと寝息を立てているところだった。
ツインテールの女子の半開きになった口の下の肩には、
涎の染みがべっとりと出来上がっていた。
長い髪の女子がそれをハンカチで拭いて、
ついでにツインテールの女子の口元も拭う。
「ほら、2人とも起きて。
もう朝よ。
私たち、外のベンチで眠っていたのよ。」
肩から頭に響く声で、2人は薄っすらと目を開いた。
「う、う~ん、頭痛い。
あれ?
あたしたち、昨日どうしたんだっけ。」
ツインテールの女子が、袖で口元を拭って言った。
「おはよう~。
わたし、なんだか頭が痛い。」
おかっぱ頭の女子は、少し気怠そうにしている。
2人とも頭を抑えていて目覚めが悪そうだ。
外で眠っていたせいで、風邪を引いてしまったのかもしれない。
揺り起こされた2人とは違って、
1人だけ体調に変化の無い長い髪の女子が、テキパキと動き始める。
腕時計を確認して仰天、時間は朝どころか、
もうすぐお祭りが始まろうかという時間になっていた。
その3人は大慌て。
転げ固まるようにして、農具供養祭の会場へと向かった。
農具供養祭の会場と知らされている場所へ向かうにつれて、
その3人の顔は不安そうな表情になっていった。
お互いに確認するように話をする。
「この先って、あそこだよね?」
「ええ、そうね。
まさか、こんなにすぐに戻ることになるとはね。」
「昨日の案山子さんたち、まだいるのかな。
わたし、ちょっと怖い。」
その3人の表情が冴えないのは当然。
農具供養祭の会場として指定された場所とは、
昨夜のカラオケボックスがある場所だった。
ある、と言うよりは、あったと言う方が正確だろうか。
陽の光の下、人がたくさんいる中で見ると、
あの真っ黒な倉庫のようなカラオケボックスは、随分と様子が違っていた。
民家の横に倉庫があるにはあるが、
とてもカラオケボックスができるような大きさではなく、
精々、車一台分のガレージ程度の大きさ。
建物の色も、黒い色ではなくなっている。
出入り口はガラス扉で、そのガラスが割れて大きな穴が開いていた。
ツインテールの女子が、2人に向かってヒソヒソと話しかける。
「あれって、あのカラオケボックスだよね?
随分と様子が違うけど。
昨夜は暗かったから、見間違えたのかな。」
「どうかしら。
私の記憶では、あんなに小さな建物では無かったと思うわ。
別の建物ではないかしら。」
「でも、ガラス扉に穴が開いてるよ。
あれって、あたしらが開けた穴じゃない?」
「ガラス扉に穴が開いてるだけじゃ、決めつけることはできないよ。
だって、もっと前から開いてた穴かもしれないもの。」
その時、その場に集っていた人たちから、軽く歓声が上がった。
見ると、少し離れた場所に積まれた薪に、火が灯されたところだった。
その脇には、小さな祭壇のようなものが設えられている。
どうやらあれが農具供養祭の舞台のようだ。
祭壇の近くには、大きな黒い箱が置かれていて、
中には、古くなった棒だの案山子だのが積み上げられていた。
その積まれた案山子たちの背格好に、その3人は見覚えがあった。
ツインテールの女子が、積み上げられた案山子たちを見ながら言う。
「あれ、昨日の案山子じゃない?
ほら、あたしたちが今着てる服とそっくり。
まさか偶然じゃないよね。」
「あの案山子たち、今は動いてないわね。
もう襲われる心配をしなくてもいいかしら。」
「農具供養祭ってきっと、あの焚き火で燃やして供養するんだよね。
案山子って農具だったんだ。」
確認するように話すその3人。
目の前に積み上げられた案山子たちからは、
昨夜のような恐ろしさはもう感じられない。
これから燃やされるのを待つだけのその姿は、
まるで処刑される順番を待っているかのようだった。
上に積まれていた古い鋤が、まず祭壇の火に焚べられていく。
それを遠巻きに見物している人たちの中で、
着物姿の老婆が一人、手を合わせてお祈りしているのが見えた。
長い髪の女子には、その老婆の姿にどこか見覚えがあるような気がした。
あれはどこで見たのだったか・・・。
そんなことを考えていると、
横にいたおかっぱ頭の女子が、しんみりと言葉を漏らした。
どうやら老婆の姿に気が付いたのは、長い髪の女子一人だったらしい。
おかっぱ頭の女子の視線は、積み上げられた案山子たちに向けられていた。
「案山子さんたち、なんだか可哀そう。」
しかしその言葉には、ツインテールの女子が憮然として反論する。
「あいつらは昨日あたしらを襲った化け物だよ。
燃やして退治して貰ったほうが良いよ。」
おかっぱ頭の女子は、頬をぷくーっと膨らませて言い返す。
「でも、案山子さんたちは、これから燃やされようとしてたんだよ。
もしもわたしたちが、これから死ぬって時に人と会ったら、
必死で助けを求めるよね?
案山子さんたちもきっと同じだったんじゃないかな。
溺れる者は藁をも掴むって言うもの。」
「藁なのは案山子たちの方だけどね。
それはいいとして、じゃああんたはどうしたいわけ?
言っとくけど、このお祭りは農具供養祭。
つまり、古くなった農具に感謝して供養するお祭りだよ。
農具に感謝されることはあっても、恨まれる筋合いは無い。」
ツインテールの女子の指摘に、おかっぱ頭の女子はぶんぶんと首を横に振る。
「このお祭りが農具供養祭なのは、わたしたち人間が決めたことだよ。
燃やされる案山子さんたちには、違うかもしれない。」
「どういうこと?」
怪訝そうな顔をするツインテールの女子に、長い髪の女子が横から補足する。
「つまりあなたは、農具供養祭の意味が、
人間と農具とでは異なると、そう言いたいのよね?
古くなった案山子たちをお焚き上げするのは、
人間にとっては感謝の供養。
だけど案山子たちにとっては、処刑なのかもしれない。」
その説明には、今度はツインテールの女子が頬を膨らませる。
「そんなわけがないよ。
だって、辛い農作業からやっと解放されたんだよ。
それって、辛い授業が終わったようなものじゃない。
案山子たちは何の文句があるっていうの。」
「それが、辛いものじゃなかったとしたら?」
長い髪の女子の指摘、
それこそが、おかっぱ頭の女子が言いたいことだった。
おかっぱ頭の女子が言葉を継ぐ。
「うん、そうなんだよ。
きっと案山子さんたちにとっては、
田んぼの見張りをすることは、辛いことじゃなかったんだよ。
それどころか、楽しいことだったのかも。
だって、学校の授業だって、
辛い授業があれば、楽しい授業もあるでしょ?」
言われてみて、ツインテールの女子は考え込む。
昨夜、カラオケボックスの中でマイク越しに聞いた案山子の声。
その声は確かに、
殺さないで、もっと遊ばせて、
そう言っていたのだった。
おかっぱ頭の女子が言うことに納得させられて、
ツインテールの女子が肩を竦めて応える。
「なるほどね。
言われてみれば、あたしにも思い当たることがあるよ。
じゃあ、あんたはどうしたいわけ。
言っとくけど、あたしたちはここでは余所者。
今日の夕方には家に帰る無関係の人間。
何をするにしても、他人にやらせることになる。
そんなことを頼める知り合いなんているの。」
返答に困るおかっぱ頭の女子に、長い髪の女子が口を挟む。
「それなら私に心当たりがあるわ。
私たち、ここに知り合いがもういるかも知れない。」
「知り合い?どこに?
まさか、旅館の女将さんじゃないよね。」
「違うわ。
あの人に頼んでみるのよ。
ここの住民だし、案山子が活躍できる田畑も持っていると思うわ。」
長い髪の女子が指し示す先。
そこにいたのは、お焚き上げを見て一心不乱に拝んでいる、
どこかで見たことがあるような着物姿の老婆だった。
その老婆の姿を見て、ツインテールの女子とおかっぱ頭の女子は、
ぽんと手を打って納得したのだった。
翌日の月曜日。
その3人は、ほとんど二晩の徹夜をしてフラフラになりながらも、
何とか課題のレポートを書き終えて提出することができた。
農具供養祭と案山子。
そう題されたその3人のレポートは、
案山子を含めた農具の供養について一石を投じる内容だった。
その一例として取り上げられた農村では、
古くなった農具は限界まで修繕されて使い込まれ、
修繕をしてもなお使用不能なほどの姿になってやっと、
農具供養祭でお焚き上げされるようになったという。
使い込まれてバラバラの姿になってやっと、
農具たちは農作業から解放され、農具供養祭でお焚き上げされる。
それは、受け取る人によっては残酷なようにも感じられるかも知れない。
しかし、田畑で番をしている当の案山子たちは、
風雨に曝されボロボロの姿になってもなお、
白い布だけの顔に嬉しそうな笑顔を浮かべていたのだった。
終わり。
食欲の秋ということで、
食欲を満たす田畑を守ってくれる農具たちをテーマに、この話を書きました。
単純作業や肉体労働は、人によってはこの上ない苦痛ですが、
またある人にとっては違うものにもなり得ると思います。
農具たちにとって農作業はどちらだろう。
そのようなことを考えて、この物語を作りました。
お読み頂きありがとうございました。