08.始まりの夜 (まぼろし)
かくしてミア・スピカと同盟を結ぶことに成功した、俺こと東雲開斗は森林フィールドの末端、マップでいうところの右端にて、ミアと夜の長期戦に備えて夕食をとっていた。
ちなみに、自己紹介はさっき済ませている。お互い名前を知らないのはさすがに不便だからな。呼ぶかは別として。
「なによ、このディナーは」
ミアが俺の提供した料理を一口食べて眉をひそめる。
「めちゃくちゃおいしいじゃない」
おいしいのかよ。
なぜ一言一言がケンカ腰なんだ。
ミアが大きく口を開いて、俺が提供した料理――ウサギの姿焼き――を頬張ると、味を噛みしめるように目を瞑って、ゆっくりと咀嚼した。
俺もそんなミアの姿を横目に見ながら、ウサギの肉を頬張る。
うん、うまい。
正直、森の中で捕まえたウサギがここまで美味しいとは思わなかった。
なにか食べるものが欲しくて、森の中を探索していると、一匹だけやけにエネルギー量が大きいウサギがいたので捕獲してみたが、予想を超える美味さだった。
これはいける、と思いながらむしゃむしゃウサギ肉を食べていると、ミアがこほん、とこれ見よがしに咳払いをした。
「まったく……のんきに食べてるようだけど、緊張感ってものはないのかしら」
いや、お前もさっきまで頬いっぱいにして食べてただろ、肉。
そんなことは言えるわけもないので、俺は口に含んだ肉を飲み込むと、大きく首を縦に振ってミアに応えた。
「当然、緊張もしてるし不安もしてる」
「じゃあ、もう少し警戒ってものを……」
「だいじょうぶだ」
敵はいない。
少なくても半径100メートル以内には。
ゆっくりと、そうミアに告げると、彼女はその碧眼を大きく見開いて、驚きを露わにした。
「驚いた……。あなた索敵能力持ち?」
「まあ、うん、そんな感じかな。まださすがに完全な能力開示はやめとくけど」
「ふうん……ま、それもそうね」
能力者が相手に完全な能力開示を行うのは、主に相手を心の底から信頼して時のみと決まっている。今は協力関係にあるとはいえ、まだ入学試験も終わっていないのに自分の能力を馬鹿正直に開示するのは愚策と言えよう。
もっとも、完全な能力開示を行う場合はそれだけではないが。
とにかく、と俺はミアの方に向き直りながら話を進める。
「とにかく今は安全だ。今のうちに夜が来る前に身支度を進めよう」
「言われなくても分かってるわよ」
ミアが悪態をつきながらも、おもむろに寝袋を取り出す。
――寝袋?
「おい、寝袋ってそれ一体どこから」
「そこらへんに転がってた試験官からもらったわ」
それは強奪というのでは。
思わずつっこみそうになる口をとどめて俺は「そっかそっか」とスルーを決め込む。
これはどう考えてもミアに遭遇した試験官が悪い。
俺は心の中で今頃寝袋のない中過ごしているであろう一人の哀れな試験官に合掌しつつ、もう一度再び周囲のエネルギーの流れを探索した。
「ふむ……」
先ほどと変わらず気配はなし、か。
「敵は?」
「今のところないな」
しかし油断は禁物だ。
この試験において、その油断は命取りになる。
ましてや緊張の解けやすい夜となると、奇襲の危険性は跳ね上がる。
休めるときに身体を休めておかなければ、後々になって身体に支障が出ることになってしまう。
ミアもそのことを理解しているのか、俺の返事を聞くと、それ以上は何も突っかかって来ずに「そう」と短く返すと寝袋にくるまった。
まずは先ほど話し合って決めた通り、ミアが仮眠をとる。
その後に俺が交代して仮眠をとることになっているのだが、正直この一人での見張りの時間は集中力が切れやすくなるため、一番の鬼門になると思っている。
「さあ、いよいよだ」
俺は自分の頬を勢いよく叩くと、もう一度エネルギー探索を開始した。
【同時刻 森林フィールド】
ガサガサッと大きな音を立てながら、森林の中を駆ける者が一人。
細目をにやつかせながら、軽やかに森林内を駆けていくその男は、入学試験前に東雲やミアたちと言葉を交わしていた者だった。
「そろそろ始まるんとちゃうかなぁ……?」
一日目は比較的何事もなく終わった。
弱者が淘汰され、試験会場内にはある程度戦える者だけに絞られ、一日目を終えようとしていた。
そして迎える明日、試験二日目も今日と同じことが行われるだろうか?
否。
「そんなわけないやろー?」
始まるやろ?
「新規イベント……!!」
楽しみやなぁ、あの子らまだ生きてるんかなぁ。
そう嬉しそうに呟きながら夜の森を走る影は、瞬きもしないうちにすぐに闇の中へと消えていった。
【入学試験 二日目】
万全の準備を経て、迎えた一日目の夜。
仮眠を交代しながら取り、少しでも身体を休めようとしていた俺たちを襲おうとした者は一人もおらず。
ただゆっくりと静かに夜は更けていった。
そして迎えた二日目の朝。
早朝から俺たち泥棒を襲うケイサツもおらず。
首を傾げながらも少し拍子抜けをしていた俺たちだった。
そして。
そんな俺たちを。
ケイサツの代わりに朝から出迎えたのは。
森林のいたるところに掲げられた横断幕だった。
【入学試験2日目到達、おめでとう!!】
「これは皇学園からのお祝いだよ……?」
ミアが横断幕に書かれた文字をゆっくりと読み上げる。
「2日目を記念して、追加ルールを、加えます……」
「追加ルールは――」
続きを読むようにして後を追いかける。
追加ルール。
それは――
「――3枚の金貨を手元に集めた者はその場で無条件合格!?」
――バトルロワイヤル幕開けの号砲だった。






