04.その手に握ったもの (波羅月)
いよいよ入学試験という名のケイドロが始まった。なぜケイドロなのかという疑問はこの際置いといて、ルールをおさらいしよう。
ケイサツから逃げ切って最後の50人に残れば良い。以上。う〜んシンプル。
開始早々ケイサツの出待ちを喰らってしまったが、命からがら逃げ切ることができた。
ただ、逃げるためにかなりの体力を消費してしまっている。終わりがいつなのかわからない以上、初っ端から全力で逃げるのは愚策だった。反省しよう。
「──どうして、助けたの」
そんな俺の反省会に割って入ってきたのは、一緒に逃げてきた金髪の少女。宝石のような綺麗な碧眼を揺らし、背中を向けながらも訝しげな表情でこちらを見つめている。
もっとも、無理やり手を引いてきたから、"一緒に"というのは語弊があるかもしれないが。
自分でも不思議だった。これは試験。他人を蹴落としてでも合格を目指すのが常識の、弱肉強食の世界だ。それにもかかわらず、俺はこの娘をケイサツから助けた。彼女にもそれが疑問に思えたのだろう。
「……受験票拾ってくれたお礼」
「何それ」
乱れる呼吸を整えながら一言答えた。しかし、その答えに彼女は納得いかないと不満顔だ。
だってさ、しょうがなくない? 女の子が助けを求めるようにこっちを見てたら、そりゃ助けるだろ? いくら試験とはいえ、あそこで見捨てるような真似は何かこう……男の性というかプライド的にできなかった。
……とまぁそんな理由が主なのだが、口にするのも恥ずかしいので借りを返しただけだとカッコつけて誤魔化している。
「たった紙切れ1枚の恩を返すために、わざわざ私を全力で助けたってこと? そんなの全然釣り合ってないわよ。バカじゃないの?」
「な……バカは言いすぎだろ! 助けてやったんだから、お礼くらい言ったらどうだ!」
「はいはい、ありがとうございました」
「この……!」
彼女の不遜な態度に接する内に、敬語はいつの間にか取れていた。それどころか、言葉を交わす度に心証が害される。まさかそういう能力だったりするのか? それなら今まで大変だったろうに……。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「べ、別にそんなことねぇし! ほら、アンタとはこれっきりだ。さっさとどっか行きな」
「言われなくてもそうするわよ」
そう彼女は言い捨てて、服についた泥を払いながら立ち上がる。そしてそのまま、森の奥へと消えていってしまった。
全く、可愛げがあったのは最初だけだったな。見てくれだけは良いのに、性格は難アリだ。やっぱりあそこで見捨てておけば良かった。ああいうタイプと関わると、ロクな目に遭わな──
「おっと……」
俺も立ち上がろうとしたところで、目眩がして足元がふらついた。慌てて近くの木の幹に手をついて額を抑える。頭の中がぐわんぐわんと揺れているようで気持ち悪い。やはり、力を使いすぎてしまったようだ。
いつ使ったのかって? さっき逃げる時さ。俺の能力は【エネルギー支配】。さっきは身体中のエネルギーを足に集めて強化したという訳だ。
おかげで体力はごっそり持っていかれ、こうして貧血みたいな症状に陥っているのだが。
「こういう時はちょいと拝借を……」
しかし、この立ちくらみは俺の能力を使う上ではよくあることで、大した問題ではない。
俺は触れている木に意識を向けた。すると、その根から枝にかけて光が流れているのを感じ取れる。これがいわゆる"エネルギー"。生物が活動するために必要不可欠な力の源だ。
次にその一部を、手を媒介として自分の身体へと流し込む。こうすることで、俺は消費したエネルギーを補給することができるのだ。
「はぁ〜生き返った〜」
俺が支配するエネルギーとは厳密には体力とは異なるのだが、外から摂取することで多少の疲労は取れる。だからやっていることは食事に近い。というか、自分のエネルギーを保つ手段がそもそも食事なので、もはや同じことである。
他にも数本の木から少しずつエネルギーを戴き、ようやく最初の状態にまで回復する。ここまで来れば、いよいよ活動再開だ。
「とは言っても、どうしたらいいんだろう。隠れた方がいいのかな?」
ルール上はケイサツから逃げ切ればいいので、隠れてもルール違反にはならないはず。
毎回全力で逃げてエネルギーを消費していくのは非効率だし、俺は終わりの刻が来るまで身を隠すことにした。
「木に登るのはめんどくさいから、茂みの中とかに潜むかな……」
ここらの木々の背は身長の数倍にもなる高さで、木登りの心得がなければ登るのも一苦労そうだ。
そう思って、楽に隠れようと青々とした深い茂みに近づいたところで、その向こうから落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ヤバっ……!」
慌てて身をかがめて息を潜める。そして、茂みの向こうを覗くようにして、ゆっくりと状況を確認した。
──そこにケイサツの姿はない。あるのは受験者と思われる少年の姿だけだった。
「なんだ、ケイサツじゃないのか……」
止めていた息を吐き出し、逃げる必要はないと一安心。しかし、その直後だった。
「──うわぁ!?」
「っ!?」
今の悲鳴は茂みの向こうにいた少年のもの。驚いて俺も声を上げそうになったが、そこは何とか堪えた。
再び警戒しながら様子を見ると、彼の下半身が氷で覆われている。突然現れたにしては不自然極まりない。間違いなくケイサツの能力だ。
「残念。隙だらけだったよ」
そう言いながら、少年に向かって男性が歩み寄ってきた。その人物は最初に見たケイサツと同じように、本物の警察官のような格好をしている。やはりあれがケイサツの目印という訳か。
「うっ……」
少年は凍らされて身動きも取れないまま、目に涙を浮かべていた。しかしケイサツの男は、そんな彼から慈悲もなく金貨を没収する。残念ながら、彼はここで失格だ。
「これで10人目。まだまだいけそうだ」
ケイサツの男はそう嬉々として呟きながら、少年を連行していった。
「あ、危ねぇ……」
ケイサツの姿が見えなくなるのを確認してから、俺は大きく息をつく。もう少し気づくのが遅れていたら、俺もあんな風に凍らされていただろう。
それにしても、まだ開始から10分くらいしか経っていないのに、あの人は10人も捕まえたのか。これは思ったより早く試験は終わりそうだ。
「最悪見つかっても、これさえ守ればいいなら戦闘してもいいんだよな」
説明には「ケイサツと戦闘してはいけない」とは言われていなかった。ケイサツに勝てるかは置いといて、抵抗くらいしても問題はないだろう。普通のケイドロのように触れられるだけでアウトじゃないのは大きいな。
そう思いながら、俺はポケットから金貨を取り出した。
ちなみに金貨には自分の受験番号が刻まれており、どこかに落としたとしてもケイサツに拾われてしまえば、それはアウトになる。だから絶対に無くさないように、そこだけは細心の注意を払ってこれを守──
「ん?」
金貨をじっと見つめていると、違和感を覚える。
俺の受験番号は403。それなのに、金貨に刻まれている番号は404。1だけズレてしまっているのだ。
そんなバカな。学園側の不手際だろうか。これでは俺の金貨が没収されたとしても、失格するのは受験番号404の人だ。それは理不尽すぎる。
俺はこの事態を運営に報告しようと、緊急連絡用の携帯を開いて、はたと気づいた。
「そういや、受験番号404って……」
俺が403なのだから、404の人は入学試験の説明会の時に俺の横に座った人。
偶然にもその人物とは先程出くわし、
偶然にも2人で地面を転がり、
偶然にもその時に金貨が入れ替わった可能性が──
「……おいおい嘘だろ」
サーッと血の気が引くのを感じる。
俺は察してしまった。俺の運命が、あの口の悪い金髪の少女に握られてしまっているということを。
もう1周した! 早い!