02.僕らの! 私たちの! 受験サバイバル! (まぼろし)
チラッ。
右手に持った受験票を左手に持ち換えたりして遊びながら、俺は会場の様子を伺っていた。
チラッ。
見知った顔が一人もいない。どうやら俺の地元で受験している者は俺だけらしい。
あまり不自然にならないように気をつけながら周りをうかがう。
チラッ。
(みんなオーラがあるなぁ……)
会場にいる受験者たちはどれも皆、俺からは自信に満ち溢れているように見えた。
腕を組んで静かに目を瞑っている者、前髪を気にしているのか、一心不乱に手鏡を覗き込んで前髪を整えているもの、かわいい手乗りぬいぐるみをこれでもかというほど握りしめて、「大丈夫です、きっと私なら受かりますいけるですふへへへへへ」とひたすら呟いている者――あの子だいじょうぶか?
さすがは倍率10倍の皇学園。
個性の強い受験生たちがぞろぞろと並んでいる。
チラッ。
個性の強いだけじゃない。
この皇学園には日本全国から受験生たちが集うだけではなく、海外からも多くの受験者たちが来ている。
ブロンドの髪や褐色の肌を持つ者など、多種多様、様々な人種がこの皇学園に集っているのが軽く見渡しただけで分かった。
そして、その中でもやはり目を引くのが――
「──さっきからなに? チラチラ見てきて。気持ち悪い」
俺の視線を感じたのか、隣の椅子から侮蔑の声をかけられる。
まさかこそこそ隣を見ていたのを気づかれていたとは思っていなかったため、思わずぎくりと肩が上げてしまう。
そんな俺の姿を見て、隣の椅子で呆れたように息を吐く女の子。彼女の名前を俺はまだ知らない。ただ分かるのは、彼女は俺と仲良くなる気がさらさらないということだけだ。
今も侮蔑の表情を浮かべながら、彼女は俺から最大限離れるように椅子の端によって俺の方を見ていた。
「いやっ、別に俺は君のことなんてそんなっ」
「そんなに取り繕わなくてもいいわ、汚らわしい」
「けが……!」
彼女の言葉を撤回しようと、慌てて声を上げた俺にとどめをさすように言葉の刃が俺を切り刻む。け、けがらわしいってあんまりじゃないか?
彼女の言葉に気色ばみ、顔をひくひくさせていると、さらに彼女は「面白い顔ね」とまた人を小馬鹿にしたような発言を繰り返した。
そのあんまりの言い様に、俺は思わず腰を浮かして、彼女に詰め寄ろうとし──
「──はいはい、すとっぷー。女の子にオイタはあかんよ?」
──たが、肩を何者かにやんわりと押さえつけられ、席から立ち上がることはできなかった。
「……だれだ?」
彼女の言葉に動揺していたのは認めるが、決して背後を取られるほど気を緩めていたつもりはなかった。
それも肩を掴まれるほど接近されていたなんて。
にわかには信じられない出来事に思わず警戒し、俺はゆっくりと首を回して背後を振り返る。
振り返った先にいたのは、おどけたように肩をすくめて笑う白髪の男だった。
「そない怖い顔せんといてや! あかんもんちびりそうになるやん?」
おお、怖い怖いー、と自分の肘を抱くように組んで身を躍らせる男を静かに見ながら、俺は男の一挙一動に注目していた。
(いったいいつからそこにいた……?)
そういう能力持ちか、はたまた気配絶ちができる者なのか、どちらにせよ油断はできない。
そう思いながら俺は黙って男の言動に注意しながら口を開いた。
「すまない、彼女に危害を加えるつもりはなかったんだ、ただ暴言をはかれたものだから、つい……」
「暴言? お姉ちゃん、あんた一体なに言うたんや?」
俺の言葉が予想外だったのか、得体のしれない男が目をぱちくりさせて、先ほどから言葉を一言も発していない彼女に問いかける。
すると、その問いかけに対し、彼女はゆっくりと息を吐くと、しみじみとしたように答えた。
「こう言ったの。汚らわしい、と」
面白い顔とも言ったわね、と涼しい顔で宣う彼女の様子に再び頬がひくひくと引きつりそうになる。
男もさすがに同情したのか、「あははは……」と苦笑いでこちらを見ながらゆっくりと肩を叩いた。
ぽんぽん。
「まあ……席運が悪かったな」
「そういう問題なのか、これ……」
男の言葉に対して諦めたように肩を落として見せる。そんな俺の様子を見て、男は面白そうに笑った。そして、俺の隣では彼女が素知らぬ顔で受験票をもって目をつぶっていた。
「はー、ほんまおもろいのお……──お?」
俺の様子を笑っていた男は、ふと何かを感じ取ったのか、会場の前に設置してあるスクリーンに目を移した。
そして、ゆっくりと口元を緩めると、俺の方を見返して再び笑った。
「いよいよやなぁ、お楽しみの時間まで」
「お楽しみ……?」
「おいおいおい」
理解の追い付いていない俺に、「全く頼むで」と呆れたように肩をすくめると、その男はため息を吐くように言った。
「お前は一体なにしにここに来たんや?」
「何しに……ってまさか」
男の問いかけに応えようとしてようやく気付いた。
彼が言う「お楽しみ」の正体に。
男は言った、「いよいよ」だと。
それはつまり──。
「そうや、さあ、始まるでー?」
そういって目の前で男がにやりと笑った次の瞬間。
──世界が消えた。
「──!?」
正確に言うと視界が真っ白の光に奪われたといったほうが正解だろうか。
急に視界がまばゆい光に包まれたおかげで、しばらくの間、視力を回復するのに時間がかかった。
「なんだったんだ今のは……」
そして、視力が回復した俺が初めに見たのは。
あの失礼な女の子でも、得体のしれない男でもなく。
会場の前に会った、ホワイトスクリーンにいつの間にか映っていた文字だった。
東京皇学園 高校入試
受験内容
「けい、どろ……?」
またしても理解の遅い俺はその文字を見上げながら、ただ茫然とその文字を復唱していた。
そして、この瞬間から、俺の、俺たちの長い3日間の受験戦争が開始されるのであった。