01.プロローグ (波羅月)
時は20××年、世界が異能力で溢れるようになり、人口の100%が能力者となった時代の話だ。
一体なぜそんなことになったのか。遺伝子の突然変異という説が最も濃厚であるが、生まれた頃からそんな世界だったのであまり考えたことがない。能力はもう、人類とは切っても切り離せない存在となっていた。
「……ここが、東京皇学園か」
そびえ立つ立派な校舎を眺めながらそう零すのは、東雲 開斗。来年度から高校生になる、15歳の少年だ。黒髪黒目で、髪型は特にいじったことのない天然ショート。年齢で見ると背は少し高めだが、肉づきは平均的なそれである。顔立ちは……まぁ普通じゃないだろうか。残念ながら、特にこれといって目立った特徴は持ち合わせていない。
ちなみに、先程口にした「東京皇学園」というのは、"異能力特化育成教育機関"と呼ばれる、学業よりも異能力の育成により力を入れている教育機関の、さらに最先端を行く世界的に有名な学園なのである。そのため、日本だけでなく世界中から受験者が殺到するのだとか。
「よし!」
頬を叩いて気合いを入れ、その門を潜る。その脇に立て掛けられた看板には、『東京皇学園受験会場』という文字が。
そう、今日こそがその受験日なのである。受験倍率は約10倍。エリート中のエリートしか入学を認められない、いわゆる難関校だ。
なぜここを受けることになったのか。それにはちょっとした理由があるのだが、いずれ語ることにする。
人混みに揉まれながら案内に従って進んで行くと、体育館に着いた。有名な学園ともなればその規模はかなり大きく、中に入って見上げると観客席まで備わっており、まるでドーム球場である。
こんな施設が当たり前のように存在している訳だから、この学園は相当な敷地面積だと言えよう。実はここの地図をあまり見たことがないので、全容はよく知らない。
「受験票の提示をお願いします」
「はい……あっ」
受付の人に言われた通り、鞄の中から受験票を取り出そうとしたら、ついうっかり手を滑らせて落としてしまう。この大事な日に"落ちる"だなんて幸先の悪い。
慌てて拾い上げようとしたその時、開斗の手が届くよりも先に、白い手が受験票を拾った。
「──はい、どうぞ。気をつけなさい」
「あ、ありがとうございます」
そう言って受験票を手渡してくれたのは、輝かしい金髪を腰まで伸ばした、美しい碧眼の少女だった。その美しい顔立ちはまるで人形のようで、開斗が今まで見てきた女子の中では一番可愛いと断言できるほどだ。
一方で、口調は凛々しさを内包している。例えるなら、まさに高嶺の花。そのあまりの眩しさに、同年代なのに思わず敬語で接してしまった。
「なに? ジロジロこっち見て」
「い、いや何も」
「そう。えっと……あなた"ひがしぐも"って言うの? 珍しい名前ね」
「あ、これ"しののめ"って読みます」
「……っ!」
ちらと受験票を見て名前を呼んでくれたが、惜しい。そんなあるあるな間違いを指摘すると、彼女の顔が見る見るうちに真っ赤になる。
「そ、そうなの。ごめんなさいね、まだ漢字はあまり読めなくて」
「あ、いや、よくある間違いなので気にしてませんよ! それよりも、外国人……ですよね? 日本語がとても上手でびっくりしました」
「あら? 別に珍しい話じゃないと思うけど。この学園に来るために日本語を勉強する人は多いもの」
恥じらう姿が可愛かったのだが、フォローするとすぐに元の調子に戻ってしまった。
確かに彼女の言う通り、周りには外国人が多く見受けられる。髪色や肌色、瞳の色も多種多様で、おとぎ話で聞くようなファンタジー世界に来てしまったのかと思ったくらいだ。
「それより、早く受付を済ませたら? 後ろがつかえるわよ」
「あ、すいません!」
彼女に言われて慌てて受付を済ませた後、指定された椅子へと進んだ。
「さっきの人、凄く可愛かったな。ちょっと怖かったけど」
離れた後でも、網膜に彼女の眩しさが焼き付いて取れない。一目惚れ、とまでは言わないが、あの鮮烈な姿はこれから忘れることはないだろう。そう思いながら椅子に座る。
ちなみにさっき受付で受け取った資料によると、受験会場は体育館ではないらしく、ここでは今から説明会を行なうらしい。噂には聞いていたが、他の高校とは受験形式も大きく異なるようだ。
「……あ、君は」
そんなことを考えていると、隣の椅子に人がやって来た。忘れもしない、受付で会った彼女だ。彼女は開斗の後ろに並んでいたので、受付順に座るとするならば隣になるのも納得である。
これはもしや、何かフラグが──
「何よ。気安く話しかけないでくれる? あなたとはあまり関わりたくないの」
──建つはずもなかった。
いや、当然だろう。こんなお嬢様みたいな人と親密な関係になろうとすること自体、おこがましかったのだ。それにしても、もう少し優しい言い方はないのだろうか。今のはさすがに心に来た。
やっぱり受験票を目の前で落としたことがマズかったのだろうか。それとも読み間違いを指摘したことか。何にせよ、彼女との関係はここでおしまいのようだ。可愛い子なだけに少し……いや、かなり残念である。ちょっと……いや、とても怖いけど。
──それが俺と彼女、ミア・スピカとの初めての出逢いだった。
最初だから控えめ……なのかな?