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アルフレッド

 アルフレッドはエモニエ国の第一王子だ。


 歴代の王族の中に、赤みがかった髪の者は今まで何人か居たが、アルフレッドほど鮮やかな赤の髪は珍しかった。そして瞳の色はもちろん王族の紫。

 勇者グラフの生まれ変わりと言われても仕方のない容姿であった。



「流石アルフレッド様!太刀筋が見事でいらっしゃる!」


 アルフレッドは、本当は本を読んだりする方が好きだったが、幼いながらに周囲の期待の目を感じ剣をとった。騎士団長自らが指導にあたり、毎日様々な鍛錬を懸命にこなし、その甲斐あってか同年代の中では負けなしの腕前になった。


 勇者グラフの生まれ変わりとして恥ずかしくない様にと、勉学にも励んだ。勇者グラフ自身についても、残された文献や伝承など事細かに学んだ。



「本当にアルフレッド様はグラフ様にそっくりでいらっしゃる」

「殿下のお年で騎士団長様と打ち合えるなんて流石です。やはり勇者グラフの生まれ変わりと言われるだけはありますな」

「私、勇者グラフ様のファンなんです~お会いできて嬉しいですわアルフレッド殿下!!」


 そう言った言葉に「ありがとう」と笑顔で返す日々。

 そういうものなのだと、思っていた。




「そうでしょうか?」


8歳の頃、親睦を深める為、という名目で同じ年頃の令嬢達とお茶会をしている時の事だった。


 いつもの様に令嬢達がアルフレッドを褒めそやす中、それほど大きな声でも、強い口調でもないその言葉はよく通った。


「勇者グラフより、アルフレッド殿下の方がお美しいですわ」


 そう言ったのは、ミルクティー色の髪の大人しそうな令嬢だった。サクサクとクッキーを食べている姿が子リスの様だった。

(あの席は確か)

 今日の参加者リストを頭の中でめくる。


 サヴオレンス公爵家のラウーラ嬢。自分より1つ年下。体が弱く、王都のこう言った集まりに顔を出したのは初めてとか。


 ざわりと空気が止まってラウーラ嬢に視線が集まった。

 この国で勇者グラフは絶対だ。勿論、影ではよく思っていないものも存在しているらしいが。王城の茶会で、勇者グラフを軽んじる様な発言は不適切だ。


「それにアルフレッド殿下が優秀なのは、殿下が努力されたからであって、勇者グラフとは関係ないと…」

 ラウーラ嬢も周囲の視線に気づいたのかはたと言葉を止めると気まずげに俯いてしまった。



「ーー」

「王妃様がお見えになりました」


 彼女に声をかけようとしたのと、メイドが王妃の到着を告げるたのは同時だった。

 王妃の登場により、場の空気はリセットされ、ラウーラはその後殆ど会話に加わることもなく、アルフレッドも彼女に声を掛けられないまま、お茶会は終了した。

 それでもアルフレッドにとって、その日出会ったその少女は忘れられない存在になった。



 それからしばらくして、婚約者の選定が正式に始まった。第一王子であり、勇者グラフの生まれ変わりであるアルフレッドとの縁を望む者は多く、誰も彼もが「我が娘を」と目をギラつかせ国王に、王子に迫った。隣国の第二王女から、誰もが振り返る絶世の美少女、大陸一の大商人の娘。上は28歳から下は3歳まで、とにかくたくさんの令嬢が手を挙げた。そんな中、希望を聞かれたアルフレッドは、迷わずラウーラの名を挙げた。


 未婚の令嬢がいるほぼ全ての家が名乗りをあげる中、サヴオレンス公爵家は名乗りを上げていなかった。公爵を捕まえて理由を聞けば「体が弱いため」とのことであった。

 それでも珍しく自分の希望を述べたアルフレッドのためと、件の令嬢を城へ招き様子を見れば、華やかさなどないものの、挨拶や受け答えなど堂々としたもので、問題はないと判断された。何より、ラウーラと会っている時のアルフレッドの嬉しそうな様子に、国王はサヴオレンス公爵家に正式に打診をとった。



「どうぞ、よろしく。ラウーラ」

「こちらこそよろしく願いいたします。アルフレッド殿下をお支え出来るよう、精一杯努めさせて頂きます」


 こうして二人の婚約が結ばれた。アルフレッド9歳ラウーラ8歳の時である。


※※※※※



 ラウーラは慎ましやかながらも、どこか大人びた芯のある令嬢だった。

 そしてアルフレッドを『勇者グラフの生まれ変わり』ではなく、ただのアルフレッドとして接してくれる数少ない存在だった。流石に人前で否定的な事を言う事はしなくなったが、いつでもラウーラはアルフレッドを、アルフレッドとして見てくれた。それが、それだけで、こんなにも心満たされるものなのかと、ラウーラと出会って初めてアルフレッドは自分の心を知った。


 

 アルフレッドのラウーラへの溺愛ぶりはなかなかのものだった。

 そうなると不安視されたのが、ラウーラや公爵家が、アルフレッドをいい様に利用するのではないか。と言うことだ。しかしラウーラは変わらず慎ましやかで、アルフレッドに何を強請るもなく黙々と己の勤めを果たした。肩透かしを食らった周りの大人達は目を疑い、困惑し、または胸を撫で下ろした。



「僕の可愛いラウーラ、ここにいたのか。今日の王妃教育は終わったはずだけど……これは、歴史の勉強かい?」

「殿下!はい。今日の授業の中で気になった点がありましたので調べておりました」

「ああ。この逸話か。それならこっちの本の方が詳しく書いてある」


 ラウーラは本を読むことが好きらしく、元来読書好きであったアルフレッドにとってはそれも好ましかった。王城内の図書室で一冊の本を覗き込む二人の姿がよく見られる様になった。


「王妃教育を担当している教師が君の事をとても優秀だと褒めていたよ。だから、あまり根を詰めすぎないようにね。ラウーラはあまり体が強くないのだから」

 そう言ってアルフレッドはラウーラのミルクティー色の髪に口づけを落とす。

「まあ殿下。わたくし最近はそこまで弱くはありませんわ」

「そう言って先週も寝込んだだろう」

 ふっくと膨らんだラウーラの頬をアルフレッドがつつくと、ふしゅりと空気が抜け、思わず笑いあう二人の姿は、差し込む光も相まって一枚の絵のようであった。


 そんな二人の仲睦まじさに、図書室の司書たちが口元や目元を押さえて耐える姿もまたよく見られた。


 またラウーラは時折、手製(ラウーラが考案し公爵家のシェフが作ったもの)のランチを持参した。天気が良ければ東屋で一緒に食べることも珍しくない。アルフレッドの一押しはラウーラ特製、鶏のブラン酒蒸しシシリー風味だ。

「殿下、午後は剣術の鍛錬ですか?」

「ああ。今日はオリバー騎士団長が直接指導してくれることになっている」

「見学に行ってもよろしいでしょうか?」

「構わないが、退屈ではないか?」

「いえ!殿下の鍛錬でしたらいくらでも見ていられますわ。あ、それでですね。これを」


 そう言ってある日。ラウーラがそっと取り出したのは腰につけるタイプのアミュレットだった。

「これは」


 受け取ると、ふわりとラウーラの魔力が感じられるそれは、銀色で緑の石がはめ込まれたシンプルなデザインだ。


「いろいろと本を読んだり、メキジャ先生…………当家の専属魔術師ですが、相談しながら作りました。メキジャ先生からもお墨付きを頂きましたのでで効果はあるはずです。その、殿下がお健やかであるようにと」

「えっこれ、ラウーラが作ったの?」


 ラウーラは、あまり体が強くないがその代わり魔力量が人よりも多い。その扱いを覚えるためにと、優秀な魔術師を雇っていると、いつだったか話していた。


「はい。ですのであまり繊細な細工ができず、この様な無骨な事に」

「そんな事はないよ。このデザインならいつ着けていても問題ないだろうし、とても良いと思う!ありがとうラウーラ。大切にするよ」


 アルフレッドは嬉しそうにアミュレットを撫でると、言葉通り常に身につけ、大切に持ち歩いた。さらには何かにつけて人に自慢して見せて回ったせいで、アルフレッドとラウーラが周りの者たちから益々「おやおやうふふ」という目で見られることになったのは言うまでもない。


「あの殿下……恐らく城内にいるほとんどの方にお見せしたと思いますのでもうおやめください」

「そうか。では城下町に自慢しに行こうか?」


※※※※※



 月日は流れ、アルフレッドは16歳、ラウーラは15歳になった。


「今度はレアストロ地方か……」

「森に面している畑、特に収穫間近のテール畑で被害が相次いでいる様です」


 執務室で側近からの報告を読むアルフレッドの表情は浮かない。こうして政務に携わるようになる少し前から、魔物の発生と被害がじわじわと増えてきている。

 勇者グラフが魔王を倒してから数百年。ごく小規模な魔物の発生はあれど、陳情が上がるほどの魔物の発生は稀で、それは数年に一度あるかないかという程度であった。それが最近では一年に数件ほどに増えている。


 報告を聞きながら、アルフレッドは別の書類に目を通すとある単語に気づく。

「チェリーゼ地方で黒の鳥」

「……はい。住民が見たと」


 魔物被害が出るようになってから時折目撃されている人物がいる。黒いマントを目深にかぶっている姿が、鳥の様だとその名がついた。剣士。単独で活動している。ということしか判っていない。


 魔物が発生するようになったのはその人物が何か関わっているのではないか。と一時期噂されることもあったが、魔物に襲われそうになった住民を何人も助けていている為、その線は薄くなった。とはいえ、褒賞を出すと言っても名乗り出さないことから訳ありの、近頃ではあまり見かけなくなった冒険者という人種だろうと言われている。


 正体不明の、しかし颯爽と現れては魔物を屠り人々を救うその黒い鳥に、民衆が興味を唆られないわけがなかった。


「最近では、黒の鳥のことを影の勇者と呼ぶものも居るそうだな」

「………ッそれは。はい」


 勇者の称号はこの国では何よりも重要である。


「報告書を読む限り、レアストロ地方の魔物は近くの森に巣食っている可能性が高い。私が中心となって討伐を行う」


 魔物被害が発生すると王国騎士団で討伐隊を組む事はあったが、王族が自ら参加する事は昨今ではかなり珍しいことである。


「魔物被害が増えて民衆の中にも不安や不満を感じるものが増えてきている。私が直接討伐に立つ事で、それらを払拭したいと思う」


 王族として、勇者グラフの生まれ変わりとして、民衆の期待に応える責務がアルフレッドにはあった。


「勇者グラフの生まれ変わりであるアルフレッド殿下が先頭を切って討伐に加わるとなれば、民衆も安心することでしょう」

「おお。殿下がいらっしゃれば百人力ですな」

「うむ。しっかり務めるように」

 側近や大臣達、そして父上からも言葉を貰い、アルフレッドの初陣が決まった。


 これまで鍛錬は続けてきたし、狩りなどは経験したことがあるが、魔物相手の実戦は初めてだった。


 慌ただしく支度を整え、日が陰ってきたころ、中庭の東家でラウーラに討伐に向かう事を告げた。彼女は驚きつつも静かに受け止めた。

「いつ立たれるのですか?」

「明日には」


「そう、ですか……随分と……いえなるべく早い方が良いですものね」

俯いたラウーラをそっと抱きしめる。大丈夫だと、言うべきなのは分かっていたが言葉が出てこなかった。

「殿下」

ラウーラがすっと顔を上げ、力強い瞳でアルフレッドを見据えた。

「殿下はこれまで毎日毎日、とても努力を重ねていらっしゃいました。ですので落ち着いて対処されれば、きっと成果を得られると思います。大丈夫です。ご無事とご健闘を祈っております」


 勇者グラフの生まれ変わりならば、これくらいできて当然。という空気の中、ラウーラに大丈夫だと告げられ、不思議と不安感が消えるのをアルフレッドは感じた。


「うん。ありがとうラウーラ」

 固まっていた表情を緩めると、ひとしきりラウーラを抱きしめ、翌朝アルフレッドはレアストロ地方に向けて発った。

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