1話 変化と衝動の始まり
よろしくお願いします。
(エタ率高いマンですけど)
-----この世には『怪物』といわれるものが作られており、また、作り出す街があるらしい-----
こんな噂がまことしやかに囁かれている。
「ねえ、この話知ってる?あの『怪物』の噂の話」
友人がうきうきした顔で私に声をかけてくる。もちろん知っている。
曰く、人間を食べて力を蓄えるらしい。
曰く、その姿は獣であり、大男であり、可憐な少女らしい。
曰く、戦争の兵器として開発され、現在は封印されているらしい。
曰く、その街では怪物が生活を営んでいいたらしい。
曰く、一匹の『怪物』がその街を滅ぼしてしまったらしい。
どこからこんな噂が出てきたのかは誰も知らないし、誰も分からないのだけれど、噂というものはそういうものである。
噂話が大好きな私の友人は身振り手振りも合わせて本当に楽しそうに噂のあれこれを語って私に聞いてくる。
「どう?あなたは『怪物』っていると思う?」
そんなこと。答えは何年も前から決まっている。
「もちろん、いるよ。絶対にね」
この答えに満足したのか、私に飛びついてくる友人を半身になって躱しつつ目的地に向かって歩き出す。
きっと、知らない人が見れば私は満面の笑みを浮かべていて、嬉しそう・楽しそうに見えるのだろうな思う。
怒って後を追ってくる友人を少し待ちながら私は一人の少年を、私のヒーローを思い浮かべていた。
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美しい都市。騒がしく、楽しそうな雰囲気を誰もが感じられるだろう。僕はフードを深くかぶり、俯いたままにこの街並みの隅を歩く。
人の行き来は激しくて、僕を追い抜いていく人も通り過ぎていく人も本当にたくさんいるのだが誰一人として僕に見向きもしない。
何も知らない人がこんな僕を見ればきっとこの美しい都市にいるべきでないのだろう。
この道には飲み屋や食事処が多く、各店は今日の仕事の成果を自慢げに語る人や愚痴をこぼす人、友人と楽しく他愛もない話をする人などなど様々な人であふれかえっている。
歩を進めて大通りに入っていけば大きな声で宣伝をする客引きもたくさん見受けられる。この街でこの時間帯であれば騒がしさはどこも変わらないのだが今日は一段と人が多いようである。
「今日は大物のたたき売りだよ!なんと新鮮な肉が二頭丸々!」
一段と目立った客引きの声につられて僕も声のする店のほうに目を向ける。たまたま人と人の隙間から様子を見ることができた僕は息を呑んだ。
棒に吊るされた少女二人。その棒をすごい力で肩に担いで揺らしながら野次馬や客に見せつける男と棒に吊るされた二人に暴行を加えてパフォーマンスをする男の姿がそこにはあった。
楽しそうに鞭や両手で叩き続ける様子を見て野次馬が楽しそうに盛り上がる。可哀想だとか考えている人はどこにもいないだろう。
(やっぱりこの街は狂ってる)
そう、別に特別な光景ではない。毎日のように見られる光景ではないものの、この街ではこの光景が普通で僕の「おかしい」と思う感情がおかしいのだ。
こんな街は許されない、そうは思っていても僕はこの街からは出られないし、この街に意見する勇気もその力もない。
別にこんな光景は見慣れている。そのはずなのに気が付いたら僕は、多くの客を押しのけて隙間を縫うように進んでいくことで少女二人と男二人のもとにたどり着いていた。
「その二頭、僕が買います。値段はいくらですか」
僕より頭二つ大きな男二人を見上げて声をかける。僕に気づいた二人と野次馬が僕という乱入者を訝しげに見たりして、ざわざわと騒がしくなる。
「おいガキ!お前にその肉を買う金があるのかよ!」
「ね、値段がわからないからわからないけどきっと大丈夫だと思いますよ」
「ほう、言うじゃねえか。なら教えてやるよ、これの値段は2000万メタだ!!」
その値段に野次馬が歓声を上げる。2000万メタといえば、国民の平均年収の4倍程だ。
値段を告げた男はどうだ、払えないだろうといった感じでニヤニヤと笑みを浮かべて、煽るように支払情報を表示した都市カードを見せつける。
「わかりました、ここにカードがあるのでお支払いしますね」
僕が自分の都市カードと相手の都市カードを重ね合わせるとピッと音がして支払いが完了する。呆然とする男達と人々を尻目に少女二頭...二人を棒から解放する。
痛い出費だけどこれくらいならどうとでもなるし、なんだったらもう一度稼ぎなおせばいいのだ。その気はさらさらないけれど。
少女二人を連れて少し先の細い路地へと進む。先ほどの騒がしさから一転、しんと静まり返ったこの道はこの都市の秘密の研究を収納している。そもそもこの国の人全員が機密の塊のようなものではあるのだが。
この道の突き当りにある家へと僕は入っていく。少女二人は恐怖で進むことができていなかったのだが外においておくのは危険だしもったいないので何とか中に入ってもらう。
そして扉を閉めた瞬間に僕の中の心臓が大きくはねた気がした。血が沸き立つような破壊欲求、過剰なまでの肉に対する食欲、不愉快なものすべてを壊して潰してしまえといった自分の声が聞こえるようだ。
そんな力は今の僕には無いし、このまま変わるつもりもないのに。自分の右腕に爪を立て、腕から血が滲み出るにつれてさっきの嫌いな自分が収まっていく。
腕から滴る血を見た少女のうち一人が心配そうな、けれどそれよりも大きな戸惑いと恐怖を張り付けた顔をしながらもゆっくりと僕に近づく。
「大丈夫ですか…?」
僕はハッとする。少女たちも暴行を受けていたのだから全身傷だらけで痛むはずだ。急にこんなところに連れてこられて怖いはずだ。
なのに僕が心配をかけてどうするのだ。僕は顔を上げて穏やかな笑顔を心掛けてほほ笑む。
「大丈夫ですよ。そんなことよりまずはポーションをあげるからこれ飲んで安静にしてください、部屋は用意しますので」
「あ、ありがとう…ございます」
「ございます」
僕が薬の入った箱から治癒力促進のポーションを二人に手渡すと、二人はお礼を言ってポーションをまじまじと眺める。
「毒とか入ってないから大丈夫ですよ。落ち着いて、傷が治ったら事情を聞かせてもらえますか?」
「わかりました…」
返事を聞きながら空き部屋の一つに二人を案内してその扉を閉める。そして二人の姿が見えなくなった瞬間、僕は懐から安定剤を取り出して服用する。
がくがくと震えていた手やうるさい心臓の音はだんだんと落ち着いていき、しばらくすれば普段通りに落ち着いていく。
大きく深呼吸をしたあと、僕は自分の存在やさっきの衝動に対して呆れや侮蔑、嫌悪を込めてため息をついた。
(なんでこんな僕がに生きててほしいと思ったんだろう)
僕に生きる呪いをかけた親友を思い浮かべてもう一度今度はさっきより大きなため息をついた。
お読みいただきありがとうございました。