第10話 ナイトダイバースコープ
花丸はロビーで待つ財団職員を確認する。若い男性が座っていた。女受けしそうな美男子だが、女性と言われたらそう思ってしまいそうなほど中性的な容姿であった。
花丸
「あ、初めまして。その節はどうも」
財団職員
「お待ちしておりました。財団職員の山茶花津雲と申します。ささ、込み入った話はなんですからこちらへ」
山茶花は花丸を車へ案内した。黒塗りの高級車。花丸は導かれるままに車内へ入った。これから起こるであろう【非日常】に胸をドキドキさせながら。
花丸
「いきなりで悪いが、僕のマテリアルスコープを盗っておたくらプレッツェルン財団さんに引き渡した連中がいるらしいじゃないか…。その事実はご存知で?」
山茶花
「ええ、本当に嘆かわしいことです。まるで自分達が発明したもののように触れ回った挙句研究の進捗は酷いもの。全く進歩の兆しが見られなかったため懐疑的な念を抱いていたところで匿名の通知を受けました。衝撃でしたよ?研究発表会の動画を見させてもらいました」
花丸
「ああ、見たのか…。あれだけのことをして誰にも信じて貰えなかったんだ。あんたらはよく信じられたな」
山茶花
「ああいう場ではさすがに難しいかもしれませんね。ですが花丸教授の開発するものに非常に興味が有ります。どうやら見えるものに差があるらしいじゃないですか」
花丸
「まだ試作段階だからな。実は本人等の頭の中で持ってるイメージの違いによるものなんじゃないかと思ってる。僕はオーラを纏ってるように見えて、光くんは人の内側に年輪のようなものが見えた。それは人の心の形を表してるんじゃないかなと」
山茶花
「おお…、ほうほう。興味深いです。実はスコープを覗いて見た事があるのですが、私にはそのどちらでもありませんでした」
花丸
「うんうん。どんなものが見えたので?」
山茶花
「【真っ黒い影を纏っていました】」
花丸
「…え。それは財団職員達を見たのか…?」
山茶花
「影の濃淡はひとぞれぞれでしたが財団職員、研究職員達をざっと拝見させてもらいましたね。なんとも皆さん不気味でした。まだ外を歩いている人を見たことはありませんがずっと見てると気分が悪くなって来ますね」
花丸
「…そうか。見えるものに差がありすぎてはまずいな。何とか改良を加えられるといいんだが」
山茶花
「実はですね。他の研究機材と組み合わせたものが既に一基出来ているのです。其方も拝見していただきたく思いまして」
花丸
「…そうなのか?どんなものが出来たんだ?」
山茶花
「花丸教授のマテリアルスコープは意識を宙に散りばめてスコープで被験者デルタのVHzにチューニングして見るもの。ですが散りばめられた意識を【対象にチューニングして相手の精神内部に入り込む装置】を当財団職員は開発しました」
花丸
「…な、なんだって…?それは心に、精神内部に入り込む装置って事か…?」
山茶花は指をパチンと鳴らした。
山茶花
「そうです。それです。精神世界へダイブする機械です。名付けてナイトダイバースコープです」
花丸は急に背筋が寒くなった。
花丸
「それはどの程度信頼性に足るものなんだ?山茶花さんは使った事があるのか?」
山茶花
「ええ、使って戻りました。複数人ダイブする事も可能です。そして【全ての被験者は同じ景色を見ることが出来ました】」
花丸
「精神世界へ潜り込む機械…。そんなものが…」
山茶花
「花丸教授。今あなたは恐れていませんか?人の心内側が暴かれることを。精神をさらけ出されることを。それ以上の弊害が生まれることをね?ですがね?」
山茶花は後ろを振り返る。
山茶花
「どんな凄い機械だって最初は兵器たらしめるものだった歴史を持つ場合があるのですよ。どんな使い方をされようとも、どんな用途に用いられようとも、それはあなたの責任ではありません。【あなたは開発した】。その結果だけが残り偉人として称えられるのです。例えキュリー夫人のように放射線を発見し研究し、その後どのような使われ方をしただろうとね?」
花丸
「…はは、どんな使われ方をする予定なんだろうな。山茶花さん。あんたどう思う?僕は来るべきじゃなかったのかな?」
山茶花
「どうでしょうね。ですが財団はあなたを大いに歓迎します。あなたを家族と同じくらい大事に思い、そして大切に扱うでしょう。その点はご安心を」
山茶花はニッコリと笑う。花丸はそれをバックミラーで確認した。ドキドキはどんどん不安に寄りつつあった。