【短編版】例えば誰か一人の命と引き換えに世界を救えるとして
仮に、この世にヒーローがいたとする。
そのヒーローは、スーパーマンのように屈強な肉体を持っているわけでもない。
スパイダーマンのように、蜘蛛のような超能力を有しているわけでもない。
見た目はただの高校生。いやむしろ、ただの高校生にしてはひ弱そうな、そんな高校生だったとする。
そんな少年が世界を救う、そんなありきたりなストーリーをありがたがる人なんて、多分この世にはもうそんなにいないのだろう。
いつも通り目を覚まして、学校に行って……。
そんな平々凡々な世界は、突如として出現した怪獣により終わりを告げた。
それがかれこれ五十年くらい前の話になるらしい。世界史で言うところ、第二次世界大戦が終わり、日本が復興に向けて高度経済成長期を迎えた頃。
そんな頃に、怪獣は出現した。
戦争が終わった後も、世界は互いに睨み合う険悪なムードが続いていたそうだが、人類として生き残るために遂に一致団結を果たしたそうだ。
政府はその歴史を大層美談のように語っていたが、結局共通の敵がいなければ団結出来ない時点でこの種族は腐っている気がするのは気のせいだろうか。
とにかく、そんな経緯があり人類は団結した。
……人類は怪獣を倒すために手を取り合った。
それが先に語ったように五十年前の話。
戦争の時、人類の科学力が大幅に進歩したように、怪獣を討つために人類の科学力は大幅な進歩を果たした。
そうして完成したのが、対怪獣兵器である人型戦闘ロボット。大層な名前があるそうだが、その名前を僕は知らない。興味がない。
そのロボットは、当時の人類の英知を選りすぐった性能を有していたそうだが……一つ、欠点があった。
それは、そのロボットが有人であることだった。
誰かがそのロボットに乗り、ロボットを操縦し、怪獣を倒さなければならない。つまり、命の危険に襲われなければならないのだ。
運悪く、当時の僕の祖父がそのロボットの操縦士として任命された。
祖父は懸命に戦ったそうだ。ロボットを半壊されれば操縦技術が稚拙だと叱責され、過酷な訓練に悲鳴を上げれば鞭で体を打たれたそうだ。
それでも、操縦士として一切音を上げることはなかったらしい。それは恐らく、自らがたくさんの人の命を守れることに喜びを感じていたからだ。
ロボットの操縦士の仕事は……。
かつての処刑人のように。
有名企業の代表のように。
穢れた政治家どものように。
世襲制だった。
祖父が怪獣に殺されたのが三十年前。
二代目として長らく怪獣と戦い続けた父が殺されたのが、五年前。
対怪獣戦闘ロボットに僕が乗り込み、矢継ぎ早に現れる怪獣と戦うようになったのは、父が死んだ翌日からだった。
まだ、小学生の頃からだった。
小学校の道徳の授業で、若い女の教師が言っていた。
『命は大切にしましょうね』
と。
近年、我が国は自殺者の増加が著しいらしい。
だから、生きることはこんなにも素晴らしく、尊いのだと。
それを児童に説いていた。
ふと、疑問に思った。
だったら、どうして僕の家系は命をかけて怪獣と戦わされているのだろう、と。
疑問は拭い去れなかった僕だったが、高校になると一時そんなことを忘れる出来事があった。
好きな人が出来たのだ。
名前は、新垣満さん。同い年の、同じクラスの女子だった。
可愛らしい人だった。笑顔が素敵だし、それでいて悪漢にだって物怖じしない勝気な性格をしている人だった。
「もう、ヒデオ君は要領が悪いなあ」
僕に対しても、彼女は気兼ねなく接してくれた。根暗な性格が相まって、普段から僕に対する周囲の視線はどこか厳しい。
にも関わらず、彼女は一貫して僕に人当りよく接してくれる。
それが嬉しかったと同時に、彼女に惚れる大きな要因であったことは言うまでもなかった。
だけど、彼女に告白する気はまるで起きなかった。
父は、母さんに告白する時、大泣きをされたそうだ。
それは母さんが父に選ばれたことが嬉しかったからではない。
ロボットの操縦士になる時、僕達の家系にはある特権が与えられる。
それは、好きな女性と結ばれる権利だった。家系を根絶されないように。そして、世界のため命をかけて戦ってくれていることへの謝礼を込めて、そんな権利が与えられていた。
それを破ることは、相手側に重罪が課される歪なシステムとなっていた。
僕は、彼女を悲しませたくなどなかった。
母さんのように、まだ小さい僕と父を置いて、自殺なんてされたくなかった。
しばらくしたある日、僕は怪獣との戦闘で下手をこいた。
ロボットは大破。怪獣は寸でのところで撃墜出来たものの、町には相当の被害が発生した。
数日の入院を挟み学校に復帰すると、クラスメイトの視線がやけに冷たかった。野次の言葉通りなら、僕が下手をこいたせいで家を怪獣により破壊され、妹が死んでしまった人が出たらしい。
だから、守るべき立場でいながら碌な仕事をしなかった僕を咎めたいそうだ。
辟易とした気分でいたら、折れた右腕が痛くて、授業も受けずに保健室に連れて行かれた。
そのまま、ベッドで横になって窓の外の景色を覗いていた。
青い空、白い雲が、今日も空を巡っている。
その景色にここまで救われている人は、多分僕しかいないのだろう。
「失礼します」
新垣さんの声だった。
上履きが地面を蹴る音がした後、閉められていたカーテンが開かれた。
「ヒデオ君。具合はどう?」
「見ての通り、最悪だね」
そう言うと、新垣さんはクスクスと微笑んだ。
「今回の戦い、大変だったね。お疲れ様」
「いいよ。仕事だから」
「仕事だからって、労われないのはおかしいでしょう?」
「……そうかもね」
「ごめんなさいね」
彼女が何に対して謝罪しているのはわからなかった。
「皆、平和ボケし始めているの。多分ね。歴史を学ぶにあたって、怪獣出現だなんて近代史でこれでもかと大きく取り上げられるのに。なのに、あくまで自分の住む世界の話じゃないような。そんな錯覚を起こしているの。
だから、あなたに冷たく当たってしまうの。多分」
「君は、そうしないの?」
「……あたしは、今回被害を受けなかったから、そう言えるだけなんだろうね」
苦笑する彼女に、僕は黙って空を眺めていた。
「でも、『選ばれた』君に対する尊敬があるのは確かだよ。君は凄い。そう思っている」
「……そう」
「ヒデオ君は、結婚はまだ考えていないの?」
「どうして?」
「歴代の操縦士は、十八歳の頃には結婚していたんでしょう?」
「……時代が違う」
祖父の時代も。
父の時代も。
まだこんなにも生きづらい世界では、きっとなかっただろう。
「ふうん」
彼女は何かを思いついたのか、続けた。
「じゃあ、好きな人はいないの?」
心臓が少しだけ高鳴った。
「いるよ」
「へえ、誰?」
僕はベッドから上半身を起こして、新垣さんを見た。
「……内緒」
その三日後、再び町に怪獣が現れた。
深夜の皆が寝静まった時間だった避難のアナウンスを町に発令しているそうだが、最近では平和ボケした連中が物珍しさとばかりに逃げずに僕と怪獣の戦いを観戦したりもしているそうだ。
『死者は出すな。この前はお前のせいで、たくさんの死傷者が出た。今度は下手をこくな』
機内の無線機から、声がした。
「それは難しい。早く避難させてくれ。最善は勿論尽くす。だけど、そう簡単な話ではないだろう」
『うるさい。お前は『選ばれた』んだ。絶対になんとかしろ』
皆が言う。
お前は『選ばれた』のだから頑張れ、と。
そんなこと、あるはずがないのに。
小学生でも操れるロボットに、本当に操縦者を選ぶ必要があるのか?
まして、能力が前任者に比べて優劣がわからない世襲制だなんてやり方、本当に正しい操縦者の選び方なのか?
そんなこと、このロボットを操縦している僕が気付かないはずがなかった。
このロボットは誰でも操縦出来る。
それこそ、まだ子供の小学生だって、障碍者だって操縦出来るだろう。
だったら、なんで世襲制なんて形で操縦者が選ばれているのか。
そんなの、それが楽だから以外の理由なんてありはしないのだろう。
命の危険を伴うこの仕事は、世間から疎まれた仕事。
かつ、失敗したら周囲からは冷たい視線を浴びて、成功しても達成感も何もあったもんではない。
そんな仕事を、誰が好き好んでやりたがる。
誰が好き好んでハイリスクを犯す。
だから、専任にしたんだ。
世襲制にして、首輪を繋げる家系を『選んだ』んだ。
思わず乾いた笑みを浮かべてしまった。
だとしたら、僕が『選ばれた』ことは事実なのだろう。
都合の良い犬として。
人よりも安い命の犬として。
僕は、『選ばれてしまった』んだ。
……例えば。
誰か一人の命と引き換えに、世界を救えるとして……。
僕は、周囲に強要され命を投げ捨てさせられる男だ。
嫌なことを忘れるように、僕は怪獣との戦いに意識を注いだ。
果たしてこれは現実恋愛なのか?
短編連発してるけど、これが一番連載させやすそう。
タイトルがある曲の一節であり、最近映画始まったあれに展開酷似させなければ大丈夫そう。
ロボット以外のヒーローでもええかも