猿尻亀蔵商店
創業明治三十三年、猿尻亀蔵商店は和菓子屋の老舗だ。全国に七十二店舗、海外にも四店舗。日本を代表するような和菓子店だ。
百年以上続くこの和菓子店も昨今の疫病による経済の冷え込みに大きく影響されていた。今まで繁盛していた老舗でも窮地に立たされつつあり、何とか打開策を模索する日々をおくっていた。
国から放たれた緊急事態宣言により閑散としてしまった街。それにより集客は無く、猿尻亀蔵商店は経営難になりつつあったのだけど、つい先日明るい発表があった。もう少し先ではあるものの緊急事態宣言が解除されるという。
新薬が完成したのだ。ワクチンと新薬の流通が行き届くと疫病はほぼ抑え込まれる事になり、ようやくまた普通の暮しが戻ってくる。
そうなるとまた客足が戻るはずなのだが、現社長の猿尻蟹丸(47)は更に上を目論んでいた。つまりこの数ヶ月の緊急事態宣言下に於いて創業以来最低の売り上げになってしまった猿尻亀蔵商店を一気に売り上げ倍増させ、この期間のマイナスを取り戻す事を考えていた。
企画会議が連日開かれ、経営陣、商品開発部、人事部、更には一般の社員の意見も取り入れ新商品の開発に取り組んだ。
「和菓子の裏をかいて洋菓子を作る」
「各店舗にバニーガールを常駐させる」
「和風バーを併設する」
「店名の表記を英語にする」
「インターネットを上手いことアレする」
「電化製品と抱き合せ販売にする」
真剣に考えれば考える程に、こんな的外れな意見ばかりがあがっていた。
緊急事態宣言が解除される日が近付いてきていた。そんな時に一人の社員(リストラ要員)が素晴らしいアイデアをプレゼンしてきた。
「我が社は老舗和菓子屋です。ここからブレたのでは元も子もありません。新作は、おしるこでどうでしょうか?」
企画会議に参加していた者達は、此の阿呆は何言ってんだ?と呆れていた。
「皆さん、今思ったでしょ?此の阿呆は何言ってんだと、そうですおしるこのどこが新しいのか?それは作りにあります。新作のおしるこは最中の形をしていて、伝統ある猿尻亀蔵商店の包みでひとつひとつ梱包されています。見た目も形も最中そのものですが、包みから取り出してお椀などの容器に入れお湯を注ぐと、最中の中に仕込んである細かく砕き乾燥させてある小豆や餅なんかが上手く絡み合い、あっという間におしることなるのです」
暫くの沈黙のあと、ひとりの男が席を立ち拍手を始めた。社長の猿尻蟹丸(47)だった。それに引っ張られたかのように次々と拍手が起こり、企画会議に大きな一体感が出て何か良い感じになった。
時間がない。直ぐにその製法や調合、材料の調達が行われ直営工場にて生産が始まった。梱包のデザインも決まり、注意書である〖これは最中ではありません〗という文字と、おしるこの作り方が裏面に小さくプリントされた。
そして遂に緊急事態宣言が解除された。人々は街に繰り出し、今までの鬱憤を晴らすように飲食店に行ったり、買い物に明け暮れたり、風俗店をハシゴしたり、和菓子店に詰めかけたりした。
老舗の味というものはある意味中毒性をも伴っていて、暫く口にしないとどうしても食べたくなるといった症状が出るもので、当然此の猿尻亀蔵商店にもその味を求め大勢の人々が押し寄せていた。更に人々の目をひいたのは猿尻亀蔵商店による新商品だった。
いつもの饅頭や餅、大福に加え新作最中が有るではないか。人々は我先にと最中を取り合い購入していった。
その日の昼過ぎにはSNSが荒れた。〖猿尻亀蔵商店〗が検索ワードの上位に食い込んできた。その他にも〖最中爆発〗〖水分持ってく〗〖ムカつく〗などのワードもインターネット上を駆け巡った。
猿尻亀蔵商店の新商品を購入した者達は、飢えた獣の如く梱包からそれを取り出して噛りついた。サックサクの最中の皮に心地よい歯応えを感じた次の瞬間に最中は、
爆発した。
そこはオフィス内の休憩室だったり、土木作業の現場であったり、お通夜のあとの会食の場であったり、公園のベンチ、カップルがいちゃつく車の中、農作業の一服中、盗みに入った家の茶の間、学習塾の待合室、愛人宅のベットの上、その他あらゆる場所で最中の中に仕込まれているカラッカラに乾燥し粉末化されている小豆、餅、その他甘味料などが勢いよく飛び出し、辺りを粉まみれにし、それを吸い込む事になる本人や周りの人たちは咳き込む事になる。咳き込む事によって更に粉末は拡散され訳がわからなくなる。
そのあとで、どういう事だ?と怒り気味に梱包を眺めると、裏面に申し訳ないようなスペースに注意書とある。
それを見てまた怒りが沸き起こり口々に、
「遅せぇよ」
と全国津々浦々で叫ばれていた。
この事はTwitterのトレンドランキングで一位に躍り出て、それだけでは納まらず全国ニュースにまでなってしまい、猿尻亀蔵商店への苦情の電話、ホームページへの誹謗中傷、更には不買運動まで起こってしまった。
おしるこのアイデアを出した社員は、予定通りリストラされた。社長の猿尻蟹丸(47)は目論見が大いに外れ落胆した。そして各地で猿尻亀蔵商店への訴訟が巻き起こった。
おしまい
いや、終わらない。訴訟は今尚続いている。
終




