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古本屋「キオク」 ~ 見た目幼女と黒猫があなたの憂いを拝読します

古本屋「キオク」とゆめ

作者: レオ猫

 七五三のような真っ赤な花柄の着物を着た、見た目幼稚園児の女の子が、さっきからずっと板チョコをほお張りながら歩いている。

『ちょっと主様、チョコ食べすぎじゃないですかぁ』

『歩きながら食べるのは行儀が悪いですよぅ』

 黒猫のノワールが隣を歩く女の子に何度注意しても、主様はチョコを食べる手を止めようとしない。


「よいのじゃ!今日は存分に働いた。褒美がないとやる気が起きぬ」

 主様はそう言うと、食べ終わった板チョコの紙くずを持っていた買い物袋に入れ、また新しい板チョコを取り出した。これでもう4枚目だ。

 せっかく買い出しに行ったのに、買い物袋に残っている板チョコはあと2枚。また買いに行くのかとノワールが大きなため息をついた。飼い猫は家にいたいのだ。


『またすぐ買い出しに行くのは嫌ですからね。秦広しんこう様に言いつけますよ!』

「ちょ、ノワール!母様はだめじゃ!!」

 あわてて主様は買い物袋に板チョコを投げ入れる。主様にとって、よほど母様は怖いらしい。

 黒猫はしてやったりという顔で歩き始めた。

 その横を1台の救急車が通り過ぎる。


『何か事故でもあったんですかねぇ』

「人の身体は脆いからな。致し方のないことよ」

 主様は救急車を気にも留めずに自分の店へと歩き続けた。


 住宅街の一角にこの女の子が働く古本屋『キオク』はあった。古くなった「古本ありマス」の看板に年季が入ったガラス扉、少し崩れかかった店の壁……どこにでもあるような古びた古本屋だが、この店にたどり着けるのは限られた人のみという、どこにもあるわけではない古本屋だった。


 そんな古本屋の前に、高校生くらいの女の子が一人、白い犬を抱えたまま立っている。

『あれ?主様、お客様来てますよ。主様が気付かないのは珍しいですね』

「人であれば気付くのだがな。どれ、お客様に話しかけてみるか」

 主様は買い物袋を着物の袂に隠すと、店の前で立ち留まっている女の子のすぐ横まで駆け寄った。しかし、まだ女の子は主様に気付かない。心ここにあらずといった感じでぼうっとしている。


「な・に・か・よ・う・か・え?」

 主様の大きな声に、女の子はハッとして主様を見つめた。

「店に何か用があるから、そちはここにおるのであろう?」

「……あれ、私どうしてここに?……あ、そうだ、シロが怪我をして……それでここに?」 

 女の子の的を得ない話し振りに主様が顔をしかめたが、女の子が抱いている犬が怪我しているのを見て、女の子と犬を店の中に招き入れることにしたようだ。


「どれ、犬の手当をしてやるから店の中にこい。ノワール扉を」

 主様に呼ばれて僕がガラス扉を開ける。開けるといっても僕が扉の前に行くだけで自動で開くのだけれど。

 僕の後に主様、女の子と続いて店の中に入った。


「ここ……本屋さん?」

『そうじゃ、古本屋だがな。それ、そこの椅子に座っておれ。まずは傷の処置じゃな』

 女の子を店の隅にあった椅子に座らせると、主様は店の奥に教護セットを取りに行く。

 主様が戻るまで、僕は女の子の側で待機だ。


 女の子が不思議そうに店の中をキョロキョロ見回している。

 店の中には一人がやっと通れるくらいの狭い通路とずらっと並んだ本棚くらいしかない。その本棚には同じ色だが大小形様々な本がぎゅうぎゅう詰めになって並んでいる。普通の本屋とは違うから珍しいのだろう。


「きゅぅーん」

女の子に抱えられている白い犬が力なく鳴いた。

「シロごめんね、痛いよね。もう少し待っていてね。そうしたら私も……」


「ほれ、待たせたの。これで少しは良くなるとよいが」

 そう言って主様が救護セットを抱えて現れた。古びた白い箱を開けると、消毒液の匂いが立ちこめる。箱の中には包帯やら薬やらがぎっしり詰まっていた。

 主様は救護セットの中から、消毒液、ガーゼ、軟膏、包帯とビー玉のような玉薬が入った小さな小瓶を取り出した。


「どれ、そちはそのまま犬を抱えておれ。われが手当をしてやろう」

 主様の目がキラーンと光ったのは気のせいか。初めての手当を楽しんでいる節がある。


「あ、すみません。ありがとうございます」

 女の子の方は、主様に言われた通り犬を抱え、時折「シロ大丈夫?」「ごめんね」と繰り返し謝りながら、シロの背中を撫でていた。


 シロは右の前足と後ろ足をひどく怪我していた。傷口につける消毒液が染みて痛いだろうに、シロは暴れずに「きゅぅん」とか細い鳴き声を上げながら女の子に抱かれ続けた。


 シロの前足と後ろ足に包帯を巻き終わると、主様は「痛み止めじゃ」と言って小瓶から七色に光る小さな玉薬を取り出し、シロに飲みこませた。

「これで仕舞いじゃ。よく耐えたの」

 主様がシロの頭を撫でると、まだ声は弱々しいが「ワン」と返事をすることができた。大丈夫そうだ。


「ありがとうございます。ありがとうございます……」

 主様にお礼を言うと、女の子はホッとしたのかシロをぎゅっと抱きしめ、ぽろぽろと泣き始めた。


「どれ、せっかく店の中に入れたのだから、しばし本でも読んでいくとよい。そち名前はなんと言う?」

「え?名前ですか?」

 急に名前を尋ねられて驚くのも無理はない。でも相手が小さな女の子で、シロを助けてもらったので名前を教える事にさほど抵抗感はなかったようだ。

「小坂 ゆめ ですけど……」

「こさか ゆめ だな。ちょっと待っておれ」

 主様はそう言うと店の奥へと駆けて行った。


ゆめはシロを抱きかかえたまま、ずっとシロの背中を撫でていた。シロは安心したように目を閉じてじっとしている。


 しばらくすると、濃い灰色の大きな本を抱えた主様が戻ってきた。

「待たせたな。ほれ、ゆめの本を持ってきたぞ」

 主様は濃い灰色の本をゆめの顔の前に差し出した。表紙には大きな絵画を眺める女の子と白い犬が描かれている。


「え?私の本?」

「まあまあ、ちょっと見ていってもバチは当たらんじゃろ。そちは絵を描くのだな」

 ゆめに見えるように主様が開いたページには、色とりどりの花を抱えた女の人が描かれていた。女の人は幸せそうに笑っている。見ていて明るくなれるような華やかさがある絵だ。

「あ、懐かしい。それ、小学生の時、お母さんを描いたの」

「ほう、これはゆめの母御か。優しいそうな母御じゃの。よい絵じゃ」

「ありがとう。この絵、お母さんに上手って褒められたの。私の絵を見たら元気が出るって」

 ゆめが当時のことを思い出したのか、にこりと微笑んだ。


「ゆめは絵を描くのが上手いんじゃな。これはそちの犬か?」

 次のページには今のシロより随分幼い小犬が色彩豊かに描かれていた。ボールにじゃれて遊んでいる絵だ。今にも動き出しそうで愛らしい。

「それは中学の時に描いたの。初めて展覧会で賞をもらって、みんなが褒めてくれて……出展する度に賞が取れたの……あの頃は描くのが楽しかった……」

 そう言うと、ゆめは視線を本から外し、抱えているシロを見つめた。


「ふーん。『あの頃』か、だったら『今』はどうじゃ?」

 次のページをめくりながら主様が問いかける。


「今は……もう描けない。どうやっても、もう賞が取れなくなっちゃった」

 ゆめは本から顔を背けたまま、シロをなで続けている。シロはじっと目を閉じたままだ。


「そうか?ゆめはよい絵描きだと思うがの。ゆめは賞とやらを取るためだけに絵を描いているのかぇ?」

 さらにページをめくりながら主様が問いかけると、ゆめは、はっと顔を上げた。

「ちがう、賞のためじゃなくてみんなに私の絵を見て、明るく笑ってもらいたかったの。だから……今まで描き続けてきたんだ、私」

「くぅーん」

 戸惑いながら話すゆめのあごを、抱えられているシロが優しく舐めた。

「……そうだねシロ。なんでこんなに賞にこだわってたのかな。」

「くぅーん」

 シロは優しくゆめの顔を舐め続ける。ゆめを励ましているようだ。多分シロの気持ちはゆめに伝わっているのだろう。

「うん、もう大丈夫。絵を描くのをやめるってもう言わないよ。次は元気になったシロを描こうね」

 シロがゆめの顔を舐めながら、しっぽをできるかぎりの力で大きく振った。

「シロ分かったから、舐めるかしっぽを振るかどっちかにしなさいよ」

 ゆめが声を立てて笑う。ゆめに出会ってから初めて聞いた元気な笑い声だった。


「ふむ。そちも大丈夫そうじゃの。ほれ、一応これを飲んでゆけ」

 主様は笑っていたゆめの口の中に、ぽいっと七色の小さな玉薬を放り込んだ。ゆめはとっさのことに玉薬を吐き出せず、そのまま飲み込んでしまった。

「んぐっこれって痛み止めじゃなかったの?」

「大丈夫じゃ。これは万能薬だからの。効くことはあっても害にはならん」

「ふ~ん。それならいいけれど……」


 来店した時のどこか暗い雰囲気はゆめにはもうなかった。今は穏やかな顔つきでシロを抱いている。


「さて、長居されては商売あがったりじゃ。ほれ、お帰りはこちらじゃ」

 そう言って主様がガラス扉を指さした。

「あ、お店番してるのね。ごめんね、本当にありがとう」

 ゆめがシロを抱えながら深々とお辞儀をした。


 やっと僕の出番だ。黒猫のノワールがゆめより先に、吸い込まれるようにガラス扉を抜けていく。


「シロが元気になったら、お礼持ってまた来るね」

 そう言いながらゆめもガラス扉に吸い込まれていった。


「また来ない方がいいんじゃがな」

 主様はゆめの画集をぱたりと閉じる。濃い灰色だったそれは、ほんのり色づいた桃色の画集へと変わっていた。


 役目を終えたノワールがガラス扉をすり抜けて戻ってきた。

『無事に戻りましたよ。主様、アレは人でしたか?』

 ノアールは主様の持つ薄い桃色の画集の匂いを嗅いで首を傾げる。

「まだ、人であったよ。薬も飲ませたし、もう戻っている頃じゃろう」

 主様はゆめの画集を今あるべき本棚へと戻し、ガラス扉へ視線を向けた。


『ふーん。あの子、また来るって言ってましたね』

「どうかのぅ。来たくても来られないのがこの古本屋じゃ。」

 そういって高らかに主様が笑う。


 僕は辿りつきましたけどね。ノワールが呟いたことには、主様には多分聞こえていない。  

「さてさて、今日の仕事はこれで仕舞いじゃ!頑張ったからご褒美はチョコじゃ!」

 主様は着物の袂に入れっぱなしにしていた板チョコを取り出し、にんまり笑う。


『主様!今日はもうチョコはダメですってば!』

 さっさと主様から買い物袋を取り上げていなかったことが悔やまれる。またすぐ買い出しにいくのはご免だと、ノワールは主様が持つ板チョコ目がけて飛びかかり、上手くチョコをくわえて着地した。


『ダメです、これは明日の分です!』

「わっ!ノワールそれはなしじゃ。」

 半分泣きながら主様が必死に追いかけてくるのを、ノワールは華麗に躱し、チョコをくわえたまま店の奥へと駆け出した。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 先日投稿した「古本屋『キオク』とさつき」のシリーズ作品になります。

 そちらも合わせてお読みいただけると幸いです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回古本屋を訪れたのは救急車で運ばれていった子とわんこでしょうか。 古本屋「キオク」は、心に迷いを持っている状態であれば、生死を問わず訪れられるお店なのですね。 わだかまりになっている事柄が…
[良い点] 雰囲気がすごく素敵なお話ですね。描写がものすごく丁寧なので、お話の中に引きこまれます。ストーリーも切なくきれいで、感動しました♪ [一言] 優しいお話をありがとうございます(^^♪
[一言] 『古本屋「キオク」とさつき』と同じシリーズなのですね。 前作ではさつきの視点から語られていた古本屋ですが、今回は古本屋側のみなさんから語られることにより、また雰囲気の異なるものに仕上がってい…
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