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濡羽色の召還

これは、恋愛乙女ゲーム『吉原恋花〜身分違いの恋〜』の世界へ召喚されたお話ーー。


高本貴子。

年齢、33歳。


中小よりかは少し大きくしたような会社の経理部に所属。

人間関係も良好で毎日毎日おじさま達と数字の睨めっこして仲良く仕事をしているけれど、今まで彼氏がいた試しもなく、男っ気もなく、独身。

両親は独り立ちした頃に相次いで亡くなったため、たまに寂しいこともあるけれど今は気楽な一人暮らし中だ。


小さい頃、この『たかもとたかこ』という、たかたかと韻を踏む名前のせいで散々揶揄われたことがトラウマで、絶対に結婚して名字を変えるんだ!と夢見たこともあったけれど、現実は上手くいかずに、なかなかに拗らせてしまっていた。まぁ、もう皆大人になって揶揄われることもないからいいんだけど。


座右の銘?そんな大層なものはない。

でもやっぱり大事なものは『お金』と『健康』。好きなものは、美味しいものと美味しいお酒、そしてイケメン!!

基本的に堅実、真面目でそれなりに何でも出来るけど、プロにはなれない平々凡々だ。そんな自分は嫌いじゃないけど、少しだけ刺激はあっても良い。


恋愛や結婚も本当はしてみたい…けれど貴子はほとんど諦めの境地にいた。


このまま、お局様にでもなって、あとは猫でも飼って呑んべんだらりと悠々自適に暮らせればいい。そして願わくば、良い事が向こうからやってきてくれたら最高だなどと日々考えていた。なくても何も変わらないからそれでもいい。けどあったら、幸せなんだろうな〜。

あ、座右の銘!『棚からぼた餅』かもしれない。


まぁ流れ流されるまま、自分から何も動かなかったから、こうなってるのは十分承知の上だ。


それに!

もう私には趣味があるから毎日が楽しいのだ。

刺激は欲しいが自分からは動かない、でも欲しい、そして神頼みな私にぴったりの趣味が!


それはーーー乙女ゲーム!

いつその世界にハマったのかもう覚えてないが、貴子の立派な趣味になっていた。


お金が貰えて休んで良いと言われたら、お酒とつまみを買い込み、きっとゲーム三昧、時たま温泉…なんて言う日々を過ごすことだろう。

それほどに、人生の大半を占めているものであった。イケメンと胸キュンが心の支えだ。


毎日誰かと恋愛出来るし、怒られることもない、選択肢さえ間違えなければ、ラブラブ、イチャイチャ、胸キュンの日々は魅力的でとても気に入っていた。


最近の仕事終わりの楽しみはというと、自分の好きな食材を買い込み、今日は誰を攻略しようか…とワクワクニヤニヤしながら帰宅することであった。


「ふっふーん!今日は生ハムとこのシャンパンで一杯やりながら、あの眼帯男を攻略だー!」


「いや、でも、金髪優男も捨てがたい…シャンパンにはあっちかしらね…」


ブツブツと不気味に独り言を言いながら、今日の夕飯にと買った食材を抱えながら貴子が歩いていると、ふと何かが聞こえてきた。


ーーー見つけた


「ん?」


ただそれは遠い何処かで囁かれた言葉だったために、空耳として認識された。


「主人公ちゃんの初心さがたまらんのよねぇ〜。けどすぐキスしちゃうんだからー!ま、でもあそこで、グイッときたらひとたまりもな…」



ーーーよし、この娘にしよう…


「しよう?」


聞こえた声をそのまま貴子が呟き、なんだって?と心で無意識に反抗したその時、



「え?は?…ん?………ひぁぁああああああああああああ」


貴子の次なる一歩のところに、真っ黒な穴があいてそのまま落とし穴に落ちるが如くすぽっと落ちてしまったのである。


---



(んーだる…)


………おや…じ…、…お…んな……ねぇか…


(…?)


体も重いし、瞼も重くて持ち上がらない。

なに?


…どうなっ…て……しかたな……


……申し訳………


…も…いけ………


(うーん…しんどい〜…寝落ち…して風邪ひいた…?あれ私…生ハム食べたっけ…?)


一度浮上しうつらうつらと意識の淵をさまよっていた貴子だったが、余りの怠さにそのまままた意識を手放した。


ーーー


「鷹尾の兄さま?お食事をお持ちいたしました」


「ん?ああ、もうそんな時間か。ありがとう」


そう言ってふわっと微笑む。

食事を持ってきた年端もいかないかむろでさえ、その笑みに恥ずかしそうに頬を染める。


そう、私が、この世界に来て早二週間が過ぎようとしていた。


この世界とは…私が一年程前にプレイしていた、日本でどハマりしていた乙女ゲーム『吉原恋華』の中の世界である。


まさかの信じられない話で、正直今も半信半疑…実は日本で寝たままになっていて、ずっと夢を見ているのだ、とか様々な考えを思わなくもないけど、とにかく私はこの世界で味がするご飯ーしかも美味しい!ーを食べ、健康的であろう時間に布団に入り寝て、次の日を迎える日々を送っている。


そして驚くべきことに、その『吉原恋華』のイケメン攻略対象、ーーー花魁の『鷹尾』として生活していた。


『吉原恋華』とは、ざっくり説明すると、男版遊郭の中で繰り広げられる恋愛劇だ。


ここは日本で言う、昔の江戸時代のような世界で、吉原という花街が存在する。

吉原、花街、花魁…よくドラマや本、ゲームも登場して、聴き慣れている単語かもしれない。

歴史には明るくなかったけど、通常、吉原といえば、女の園のようなところだったと思う。

それが逆転した、男の遊郭の世界の中で話が進んでいく。


基本的なところは、現代日本と同じではあるが、それはもちろんゲームの中、上手いこと都合よくなっているところも多々ある。


例えば、この世界では、すべての人間が使える訳ではないが、奇術…つまり魔法が使える。


次に、吉原独特の言葉もなくて、普通に現代の日本語風だ。読み書きもしかり。

まぁゲームと同じだけど、そこは良かったと心底思う…。


まだ全部把握してるわけじゃないけれど、食事も習慣も、今のところ戸惑うことはほとんどない。

あ、テレビがないし、もちろん携帯電話、ゲームもなく……推しに会えないのは、ちょっと、いや、大分寂しい。

ここで初めて目覚めた時に、驚きのあまり推しの名前を思いつく限り叫んで取り乱すという怪事件を起こしてしまったことも記憶には十分刻まれている。



私は鷹尾として存在しているのだが、高本貴子の記憶はあって、浴衣の襟をくつろげて見ても胸もある。いつもの位置にほくろもあった。


なんと私はこの世界に召還されたらしいのだ。


おやじさんーこの遊郭の経営者で、皆おやじと呼んでるーに目覚めてすぐ問いただしたところ、そのような返答がきた。


鷹尾は花魁をしながらその身分を利用し諜報活動も行っていたのだが、今回随分と危ないことをして身の危険が迫っているらしい。


本当なら隠れたいところだが、花魁という立場上、店に出ないといけない。

仮病という選択肢も考えていたところ、客に入れ知恵をされたようだった。


それで身代わりもどうかと思うけれど。


召喚というのは本当に高貴な人のおかかえの奇術師か、もしくは存在もわからない闇の奇術師…のほんの一握りの人しか使えず、実は後からわかったのだが、今回は客共々後者だったみたいだ。


つまりはおやじさんも騙されて大金を搾り取られた上に、女の私がここに来たというわけだ。


今、本物の鷹尾は身を隠していて、私も会わせてもらえていない。


召還だけれども、とりあえずは似ている人を連れてくるらしい。多少奇術で補正はかかるらしいのだが、それは少しみたいだ。


とりあえず鷹尾の身代わりになるくらいには、私は似ていると聞いた。

でも私が女でこの事情を知っているのが、おやじさんと本物の鷹尾、そして奇術師だけなので、実際は不明だ。


今のところバレてはいないみたいだけど。


そう、鷹尾というのは、この遊郭のトップである花魁の地位にある、眉目秀麗頭脳明晰…とにかくすごい人だった。


それはそれは格好良かったし、凛々しい眉と色気のある切れ長の目、しゅっと通った鼻筋、でも対照的に微笑めばそこに桜の花が咲くような儚くも強い人だったように思う。


確かに鷹尾も長く艶めいた黒髪だったが、共通点としてはそこくらいしか思いつかない。

そんなに似ていたとは気づかなかった。じゃあ向こうでは高嶺の花だったのかしら?なんて思っても今や何も嬉しくなかった。


こんな事件あったっけ?

それとも隠しルートかな?

過去編?


ゲームをプレイしたのも1年程前なので所々設定が飛んでいる。奇術はあったけど、そんな召還が出来るなんて知らなかった…。


とにかくなんとかしないといけないのだが、まさかおやじさんも異世界から呼ぶなんて思ってもみなかったみたいで、帰り方は不明だ。

とりあえず召還が使える奇術師に出会って話を聞かないといけないけど、所在は不明。


右も左もわからない私が出来ること、それは…大人しくする、ことだった。

対策を考えねばならない…


でも良いことも少しある。

…毎日毎日美味しいご飯を食べながらぐうたら出来て、まわりはイケメンだらけ!

ちょっと気を抜くとふらふらあと目がハートになってしまう。


身の危険を回避しつつ、果たして日本に帰れるのか!

そうして、私の花魁ライフは幕を開けたのである。

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