■チャプター5 「ステージ」
「.......ザー」
雑音が聞こえる。続いて、ガサゴソと音がしたあと堂々とした幼い少年の声が耳に響く。
「....あーこちら天才幼稚園児の瑠璃宮だ。聞こえるか?トーノコ。聞こえたらすぐに返事しろ」
「聞こえてる。こちら鴇子。この辺でいいか?」
「ああ、奴らは忙しなく動くから適当でいい。間隔は開けておけよ」
「ん。りょーかい」
今私たちは、耳に装着するトランシーバーでお互い離れた場所で会話をしている。耳たぶあたりから口元に伸びたマイクで情報を共有する。瑠璃宮の作戦は安全かつ確実だった。こいつ、ムカつくけれど本当に天才だな.......。あんな一瞬でこんな作戦を思いつくなんて。私はしみじみ思いながら、先程瑠璃宮に言われた作戦を思い返した。
「ああ。これからこの化け物たちによるイベント、最高の運動会を見せてもらおうじゃないか。.......そうだな、競技は....『ダンス』なんかでどうだ?」
瑠璃宮の言葉に目を瞬かせる。
「ダンス.......これを使って?」
彼から渡されたのは小型のドローンだった。カメラがついており、スマートフォンに繋げるとドローンが映している世界が文字通り、手に取るように分かる。
「そうだ。このドローンは荷物運搬機能が付いている。これに爆竹をセットし、校庭内にバラ撒け。先程も言ったように、これだけの人数を一箇所に集めて爆破するのは難しい。出来なくはないが、威力が強すぎて我々も巻き込まれる可能性があるし、漏れが出るかもしれない」
「なるほどな。だから私たちに影響の出ない爆竹を使うのか。でもよぉ、これだけ広い校庭にバラ撒くって結構大変じゃねぇの?あと火をつけてドローンにセットした状態じゃ、爆竹落とす前にドローンの方が爆破しちまうんじゃ.......」
「問題ない。僕もやるからな。2人がかりでやれば大丈夫だろう。火は爆竹をバラ撒くだけバラ撒いて後から時限爆弾を投下すれば、連鎖的に爆発するだろう。投下したあと僕らは遠くに逃げる。決行場所は木の上だ。より高い場所の方がどこに敵がいるのか把握しやすいし、なにより見つかりづらくて安全だ」
「そっか.......。あ、一ついいか?高い場所がいいなら、学校の屋上とかの方が見晴らしがいい気がするけど。学校の中の敵はお前が全て倒したんなら、敵もいなくて安全じゃね?」
「それも考えたんだが、見晴らしが良すぎて敵からも我々が見えやすい。つまり見つかりやすい。見つかったらあの大量の敵が一気に校内に攻め込んでくるだろう。そうしたら我々は逃げ場もなく屋上に追い詰められて飛び降り自殺エンドまっしぐらだ」
「う.......確かに。木の上なら見つかりづらいから安心ではあるな。分かった。やろう。この量じゃ走って校門の外にも行けないしな」
「ああ。そこでだ。情報共有がしやすいようこれも渡しておく」
瑠璃宮がまた新たに私に何かを手渡す。
「トランシーバー?」
それは耳かけ型のマイク付きトランシーバーだった。私はそれを装着し、あーと声を出してみた。
「まだ僕が装着していないから意味がないだろう馬鹿者」
「うるせー!」
そして私たちはドローンとトランシーバーが正常に作動してるのを確認し、道具の準備を済ませてめぼしい木を探した。出来るだけ高く、そして葉がたくさんある木。私は校舎の右側にある一番葉が多い木に身を隠すことにし、瑠璃宮は左側にある一番高い木に身を潜めることにした。
瑠璃宮がまたスピーカーを取り出し、昇降口の方に投げる。そしてマイクで声を出し、一時的におびき寄せている間に目標の木に向かえと指示を出した。私たちは同時に、目を付けた木に向かってなるべく音を立てないように走り出した。
風が吹き、葉っぱがさわさわと揺れて私の顔や体をくすぐってこそばゆい。いけない。集中しなければ。私は頭を振ってスマホが取り付けられたドローンのコントローラーを見つめた。今私は木の上にいる。スポーツが得意な私には木登りはお手のもの。運動神経には自信がある。軽々と素早く木に登り、なるべく上部の太い枝に座り幹に身を預け、息を潜める。
作戦的には、私は主に校庭の右半分に満遍なく爆竹をバラ撒き、反対に、瑠璃宮は左半分を担当する。ゲームの操作に似ており、意外と扱いやすいんだな。爆竹をセットしてドローンを飛ばし、間隔をあけて爆竹を落として.......の繰り返し。もはや作業ゲーだ。
瑠璃宮が言うにはこのトランシーバーとドローンは独学で自分なりに作り上げたオリジナルの作品らしい。研究に時間がかかったと言っていたが本当に幼稚園児だよな.......?と疑いたくなった。というか、なんで持ち歩いているのか.......。
化け物たちはと言うと、いきなり上空から降りそそいでくる爆竹に驚き、警戒しているが特に何があるわけでもない攻撃性がないものだと判断して放置している、が。
化け物たちはその爆竹がどこから落ちていているのかと上を見上げ、そしてドローンを見つけてあれはなんだと言わんばかりに騒ぎ出した。これも瑠璃宮の考えのうち。ドローンはかなり高い上空に飛ばしていたが、あいつらも馬鹿ではないだろう。爆竹を落とせば必ずその落ちた『原因』を考えるだろう。そしてそれは上から降ってくるため、当然上を見てドローンを見つける。それがこの作業ゲーの終わりの合図。
もしその状態で今までと同じようにまた爆竹を落としてドローンを自分の元に戻してを繰り返すと、ドローンがどこから来ているのかを見られて自分の居場所がバレ即バットエンドだ。
「よし。お楽しみはこれからだぞトーノコ。今はまだ運動会の事前準備でしかない。お待ちかねの『ダンスパーティー』はこれからだ」
トランシーバーから瑠璃宮の待ちきれないと言った様子の声が聞こえてきた。私は苦笑しながら、「はいはい」と返事を返した。
私は操作をやめ、化け物たちがドローンに気を取られてる隙に素早く木から降りて校門へ走った。
反対側から瑠璃宮も校門へ駆けてくるのが見える。足の速さにも自信がある。瑠璃宮もやはり完璧なゆえ、運動神経がいい。
合流し、校門を出て塀に隠れる。門は閉めない。重いため、閉めるのに時間がかかるし、大きな音がするから敵に気づかれやすい。作戦会議のときに瑠璃宮と誓った。『絶対に敵に気付かれないこと。敵に攻撃させないこと』。まともに相手をするなど言語道断。勝ち目はないだろう。
「とりあえず、ここまで来たのなら我々の勝利みたいなものだ。この時限爆弾を校庭に放り込む。その間に我々はなるべく遠くに逃げる。時間はそうだな....二十秒で」
瑠璃宮がトランシーバーを耳から外しながら淡々と言った。そして肩掛けカバンから時限爆弾を取り出す。
「二十秒!?その短い時間でどうやって遠くに逃げるんだよ!?」
私もトランシーバーを外して、コントローラーと一緒に瑠璃宮に返しながらツッコんだ。
「あそこだ」
瑠璃宮はそれらを受け取りながらカバンに丁寧にしまうと、顎ですぐ近くにあるアパートを指す。それは四階建てのアパートだった。
「いや近!?全然遠くじゃねぇじゃん!!」
「馬鹿め。地面から距離があればそれは遠いのだ。文字通り高みの見物が出来るぞ。それに、本当に遠くへ逃げたらたのしいたのしいバケモノダンスが見れないだろう」
「バケモノダンスって.......。まぁいいや。じゃあ早いとこやっちゃおうぜ」
瑠璃宮は頷き、時限爆弾のタイマーをセットすると、画面に「00:20」と赤い文字が表示された。
「ではスタートするぞ。僕がこれを投げたらあのアパートに駆け込み、階段を登れ。高いほど安全だからな」
「分かった」
私は真剣な表情で頷くと、瑠璃宮は校門の前に立ち、時限爆弾のカウントダウンを開始させ素早く校門の中央に届くよう大きく腕を振って野球選手の如く爆弾を放り込んだ。私はそれを見るやいなや全速力で近くのアパートに向かった。とにかく前へ前へと走り、入口の細かい段差は勢いよく飛び越え、階段を一段飛ばしで駆け上がる。肺が痛くなっても止まることは許されない。後ろから同じように足音がする。振り返らなくても分かる。瑠璃宮だ。二人で二階....三階....そして四階にたどり着いた。四階の外廊下の手すりに体を預け、私は何度も大きく息を吸って吐いてを繰り返し、呼吸を落ち着かせた。暑い。先程から走ってばかりだ。そんな私とは対照的に、隣で瑠璃宮が顔色一つ変えずに落下防止用の柵の隙間から学校の校庭を見つめ、ボソリと何かを呟いた。
「3」
「え?」
「2」
「いや、ちょ」
「1」
地面が唸り声を上げた。それも物凄い声量だ。どんな感情で叫んでいるのかは知る由もないが、空気と微粒子を巻き込み、これでもかと自信の存在を強調している。今までとは違った爆発音に血の気が引いた。この音は私の鼓膜さえも支配しようとしているのか。私は全身が宙に浮いているような感覚がして、気が遠くなりかけた。
.......遠くで音が聞こえる。いや、近くか...?それすらも分からない複数の場所から爆発音が轟く。それは、先程私たちが仕掛けた爆弾が爆発した音に他ならない。爆発音が響く度、血肉が引き裂かれるような音が聞こえる。断末魔や悲鳴を上げる隙も与えてくれないその恐ろしい武器は、複数の敵を.......『奴ら』を木っ端微塵に粉砕した。ただその武器は、カウントダウンがゼロになるまでその場で静かにその時を待っているだけというのに。規則正しく時間通りに命を吹き飛ばす。
「ははははは!!!!そうだもっと踊りやがれ!僕をもっと楽しませてくれ!」
瑠璃宮が心の底から楽しそうな声を出した。表情も見たことないくらいにキラキラと輝いている。声を聞かずにこの顔だけ見てたら可愛らしい幼稚園児なのにな。なんて下らないことを考えながらも私は蹲り、思わず耳を塞ぐ。先程から冷や汗と動悸が止まらない。肌に張り付いたセーラー服の感触が気持ち悪い。耳で塞いでも爆音と振動、爆風は伝わってくる。ついでに瑠璃宮の歓声もだ。一人で幼稚園児らしくはしゃいで盛り上がっていた。
.......やがてそれらが収まり、私はそっと耳から手を離した。
「終わったぞ。あの敵どもは全滅した。一人残らずな」
舌っ足らずな、しかし落ち着いた声が聞こえた。
私がその声のする方に顔を向ける。瑠璃宮が冷静な視線をこちらに向けながら堂々と仁王立ちしていた。
「終わっ.......た?」
私は震える声で彼に話しかける。
「そういった。何度も言わせるな」
先程まであんなに明るく楽しそうだったのにこの変りようはなんなのか。完全に冷めきっている。
「.......そう。てか、なんでそんなに不機嫌なんだよ?さっきまで新しいおもちゃ買ってもらった子供みたいなはしゃぎっぷりだったのに」
「思った以上に早く終わった。苦しみながら手足を動かしてもがき苦しむザマが面白かったのに、すぐに動かなくなった。つまらんザコどもめ」
瑠璃宮はもう敵のいない学校から興味をなくしたのか、背を向けて落下防止用の柵に体を預けて座った。
「とりあえず上手くいったからこれで一安心だな。全く、どうなることかと思ったぜ.......」
「ああ。でも油断はするなよ。まだ我々はゲームでいう「ステージ1」をクリアしただけだ。これからまだ戦う羽目になる。まぁ、何ステージあるか分からないけどな」
「あ.......ああ。てか、天才のお前ならセーブぐらい出来るんじゃねぇの。してくれよ」
「無理に決まっているだろうこのドアホピンク。流石の僕でも出来ないものは出来ない」
「ちぇっ」
本当にこいつは親からどんな教育を受けてきたのか。どうしたら幼稚園児がこんな性格に育つのだろう。顔はこんなに綺麗なのに.......。そもそもこいつの親はどんな人達なのか。どこに住んでいたのか。なぜこいつと私しか生き残りがいないのか。分からないことだらけだった。美少年で天才の幼稚園児となると、世界中の注目の的になってもおかしくないと言うのに。親といえば、私の家族はどうしてるだろう。毎日平凡で当たり前だけど幸せで楽しかった私の愛しの家族.......。
私が家族のことを思い出して思わず涙ぐむと、突然何かが私の目の前に現れた。
「うわっ!?」
口から心臓が飛び出る勢いで驚き、その何かを凝視すると、それは先程私たちが操作していたドローンだった。
隣を見ると瑠璃宮が無表情でコントローラーを操作していた。
「いきなりドローン飛ばすんじゃねぇよ!!ビックリするだろうが!!」
「仕方ないだろう。校庭の上空に置き去りにしていたんだから。そのまま忘れて回収しない訳にはいかない」
「だからってよぉ.......」
回収する前に一言言ってくれよ.......。全くこいつってやつは。私は憤慨しながら瑠璃宮から視線を逸らすと、きゅるるるとどこから音が鳴った。それが私のお腹から出ている音だと気付き、ハッとする。そういえば、学校に来てから何も食べていない。今は昼過ぎだろうから、いつもならとっくにお父さん特製の手作り弁当を食べ終わって午後の授業を受けている頃だろう。今日は朝からロクに休憩していなかったため、やっと一休みできると安心して、バッグを漁った。瑠璃宮から貰ったいくつかの食料を取り出す。栄養補助スナック、乾パン、缶詰など。お父さんの手作り弁当が食べたい.......。しかし、ないものねだりしている場合ではないため私は泣きたい感情をぐっと抑えて栄養補助スナックを一本手に取った。数本あったので、また一本を手に取り瑠璃宮に渡そうと彼の方を振り向く。しかし、彼の様子がおかしいことに気付いた。
瑠璃宮はドローンのコントローラーに取り付けたスマホの画面に目が釘付けになっていた。校庭の生徒たちの化け物を吹き飛ばしたあと、先生たちの化け物が出てきたのを目撃した時と同じような表情だ。いや、その時より驚いていた。目を見開いて固まり、呼吸も忘れて動かない。.......嫌な予感がした。
「る.......瑠璃宮?」
「.......」
「瑠璃宮?おい、大丈夫かよ?」
彼の体を揺さぶると、彼がようやくこちらを振り向いた。機械人形のようなきごちない動きだった。
「どうしたんだよ。お前らしくないぞ。何があったんだよ?」
「.......れ」
「?」
瑠璃宮が微かに口を開き、何かを呟いている。声量が小さすぎて聞き取れない。
「.......き....てくれ」
「ん?聞いて.......くれ?」
「..............落ち着いて、聞いてくれ」
瑠璃宮は狼狽えながら、私を見つめる。その瞳はとても震えていた。私はますます嫌な予感がして、ごくりと唾を飲み込む。瑠璃宮がここまで負の感情を露わにするなんておかしい。
「分かった。大丈夫だから、まずは落ち着いて話してくれよ。ゆっくりでいいからさ。」
私は出来るだけ平常心を装いながら明るく話しかけた。瑠璃宮の冷静な態度に、私はいつも想像以上に助けられていたんだなと、初めて気付いた。二人とも情緒不安定のままは危険だ。せめて今は私だけでも冷静でいなければ。
「.......ないんだ」
「何が?」
「この....ステージしかないんだ。お前の通っていたあの茶花高校を中心としたこのステージしか」
「学校を中心に.......?」
「これを見ろ」
私はドローンのコントローラーに取り付けられた瑠璃宮のスマホの画面を見て、頭を鈍器で殴りつけられたような衝撃を受けた。息ができない。何かを言いたくて口を動かそうと試みるが、水中の酸素を体内に取り込もうとパクパクと口を開閉させる魚と同じ動きを繰り返すことしかできない。今まで息をするのを忘れていたのに『その事実』を脳が遅れて完全に理解したとき、私は呼吸が段々と荒くなり、はぁはぁと苦しみながら喘いだ。
瑠璃宮のスマホ画面には、茶花高校や見慣れた街が上空からのアングルで映し出されていた。しかし、茶花校門から半径二百m程度外側に行くにつれて崖のような作りになっており、その先には真っ暗な空間がただ広がっているだけだった。
■チャプター5 「ステージ」 クリア■




