■チャプター3 「チーター」
私は目の前の美少年を見つめる。彼は私より幾分か背は低いため、立ち上がった私を見上げた。そして笑った。いや、嗤った。
「そんなに警戒するな。睨むんでない」
美少年は背の歳も上の私に臆することなく余裕たっぷりの笑みを浮かべて堂々と言った。
「.......だって。お前が誰か分からない以上、変に関わって面倒なことになりたくねぇからな。警戒して当然だろ」
私はそう吐き捨てた。
「それに、見たとこ幼稚園児だろ?幼稚園児がそんな態度や表情、話し方なんて普通しない。お前は怪しすぎる」
私は銃口を彼に向ける。
「待て。まずは感謝だろう?さっきの弱そうな犬っころにやられそうになったのはどこのどいつだ?そしてそれを助けてやったのは誰だ?」
美少年は鼻で笑いながら私をおちょくる。頭に来るやつだ。今すぐに撃ってやりたい。だが、確かに助けてもらったのは事実だ。命を救ってもらった以上、無下にするわけにはいかない。私はしぶしぶハンドガンを下ろした。
「.......悪かったよ。ありがとう」
「それでいい。ところで、お前腕に怪我をしているが.......治療しなくていいのか?」
「あっ」
いきなりの人物の登場で、すっかり忘れていた。そういえばさっき犬に噛まれたんだった。
「ほら」
美少年が何かを投げてきた。片手でそれを反射的に受け取る。.......これは。
「救急キット?」
ゲームでよくみる救急箱だ。攻撃を受けてHPが減った時にこれを使うと体力回復するアイテムだ。
「なぜ私にくれるんだよ?ますます怪しいな」
「命を救ってもらった恩人に対する態度を改めろ。それに、僕にはそんなもの必要ないからな。」
「.......?」
確かに、彼は傷一つない。この校舎を全て見たわけではないが、あのエンカウント率からして敵はまだたくさんいるに違いない。全て避けて進むなんてこんな幼い子供に出来るのか?というかなぜこんな場所で気が狂わずにこんなに冷静でいられるんだ?高校生の私ですらさっきまで絶望していたのに。やっぱり怪しい。
「む。治療しないのか?しない限りお前のHPは回復しないぞ。あ、一度使ったらなくなるから心配して後のためにとっておくのか?」
「HP.......。なくなる.......」
この美少年、ゲームに詳しい.......。確かに、基本的にゲームの中の世界は回復アイテムを使うとなくなってしまう。一個につき一回しか使えないことが多い。ますます何者なのか疑問が深まった。
「お前.......。幼稚園児にしてすでにゲーマーなのか?」
「何を言ってる。ゲームどころか大学生レベルの問題も得意だし、料理もスポーツも何だって出来る。僕に出来ないことなどない」
絶句した。こんな幼い少年がそんなこと出来るわけない。
「はは。嘘つけ。何だって出来る?じゃあ何か凄いことしてみろよな」
「疑ってるのか?僕の凄さに驚いて腰抜かして後悔しても知らないぞ」
美少年はしゃがんで、何かを肩掛けカバンから取り出した。何かの部品や材料だろうか。見慣れてないのでよく分からない。
彼は手早くそれらを組み合わせあっという間にプラスチックで出来た物体を作り上げた。なんだこれ.......?
「出来たぞ。プラスチック爆弾だ」
「爆弾!?」
有り得ない。こんな幼稚園児がこんな短時間に爆弾を作り上げる?大人ですらそんなことはできない。私が今見たのは本当に起きたことなのか?訳が分からない。
「至近距離で実際見ただろう。ちなみに、さっき犬を爆破したのはこいつだ」
まさか。あれ程の威力が出る爆弾がこいつ手作りだって?
「もう一度見せてやろうか?お前に向かって投げてもいいんだぞ?」
美少年はニヤニヤと笑いながら私の目の前に爆弾を掲げる。
「やめろよ!冗談でも笑えねぇ」
私は距離をとり、思い切り彼を睨みつけた。
「まぁそう睨むな。ああ怖い怖い」
彼は馬鹿にしたような笑みで愉快そうに笑った。
「あとお前に先程渡した救急キットも僕の手作りだ」
「えぇ.......」
もはや驚くことにも疲れた。未だに信じられないがこの目で見てしまった以上信じざるを得ない。
「あぁ....。お前がもの凄い幼稚園児だってことは分かったよ。でもよ、なぜこんなところにいるんだ?さっきみたいに訳のわからない敵がまだいるかもしれない。この学校はヤバい。とにかく、早く外に.......」
「無駄だ」
美少年が私の声を遮った。
「この学校だけではない。"この世界そのもの"が壊れている」
「は.......?」
何を....言っているんだ?思考が停止する。呼吸が止まった。この美少年の言っている意味が分からなくて頭が困惑する。いや、きっと私は分かってるんだ。でもその事実を受け入れたくないだけなんだ。だって、受け入れてしまったら.......。
「僕は外からこの学校にやってきた。理由は特にないが、ただアイテム集めとザコ敵を倒してレベル上げってとこか。たまたまリスポーン地点がこの学校の近くで行くところがなかったからここに来た。それだけだ」
「待て。確かにお前がどこから来たとか何者なのかとかさっきまで私が一番知りたがったことだけど、今一番知りたいのはお前がさっき言った『この世界そのものが壊れている』の部分なんだが」
私はなるべく感情を抑え、努めて冷静に放った。
「そのまんまの意味だ。以上」
「いやだから.......。」
認めたくない。だけど聞かざるを得ない。心臓がバクバクとうるさい。冷や汗が出る。私は震える唇をなんとか動かした。
「この学校が特別におかしいんじゃなくて、この世界の全てがこんな状況ってことだよな?」
「ああ。先程からそう言ってるだろう。何度も言わせるな」
美少年は呆れた様子で顔を逸らした。
「じゃあ....この学校から無事に出れてもこの悪夢は終わらないってことかよ?」
「それどころか、この学校より強い敵が外にはうじゃうじゃいるぞ。ここら辺はザコばかりだ。そんなやつらに苦戦してたらこの先死ぬ」
その時私はどんな顔をしていただろう。声や脚が震え、情けない表情をしていたと思う。絶望を通り越してもう倒れそうだった。
「だから僕はここらのザコ敵倒して経験値を稼いで、外の奴らを倒すためにアイテム集めとレベル上げをした。分かりやすいようにわざわざ丁寧に教えてやったんだから感謝しろ。分かったか?」
もうこの美少年の煽りに反応する気力すらなくなるほど私は動揺していた。私はこの学校から無事に脱出しようと試みていたのに。それが無駄だったなんて。外の世界もこうだなんて。その上ここの敵よりも強い敵がうじゃうじゃだって?私は犬にすら苦戦したのに。私はこいつに助けてもらったが一時的ではなく、この状況自体をなんとかしてくれる人たちに助けを求めようとした。おかしいのはこの学校だけで、外はいつもと変わらない日常が広がっているんだと思っていた。だから外の世界の人達に助けを求めれば助かると思っていた。それなのに。
「聞いてるのか?全く。そんなこと少し考えれば分かるだろう」
「.......知らねぇよ。私はさっきまで普通の当たり前の、幸せな日常を過ごしていたんだから。突然学校やクラスメイトがおかしくなってこんなことになった」
「ふむ。お前のリスポーン地点はこの学校。外の世界は知らないのか」
「リスポーンて.......お前はさっきから何言ってるんだよ?私はいきなりこんな状況に追い込まれたんだ。お前はどっから来た?」
「知らん。僕は気付いたらこの学校近くにいた。まるでこの学校に入れと言わんばかりに。だからここに来た。そしてお前がやられそうになったところにたまたま通りかかり、助けた。終わり」
気付いたらって.......こいつ、記憶喪失でも起こしてるんじゃないか?違う世界にいたのにいきなりこの世界に飛ばされたみたいな口ぶりだ。.......いや待てよ。私も似たようなものかもしれない。もしかしたらあの時、もうすでに私が先生を呼びに行こうと教室の扉を開いた瞬間、別次元のこの世界に飛ばされていたとしたら?辻褄は合う。ただ、理由が分からないし現実的ではない。いや、もうすでに私は現実的ではないものをたくさん目にしたのだが。
「ちなみに、気づいていると思うがもうこの世界には僕とお前しか生き残ってない。僕の見たところだけだけどな」
「じゃあ....これからどうすれば?助けも来ないんじゃもう.......」
「生きてやつらから逃げ続けながらより安全な場所に行き、生活し続けるしかない。それを繰り返す。死にたくないなら」
「どこに逃げても無駄なんじゃ.......」
「待て。希望を捨てるな。ここら辺は逃げ場はないが、まだ遠い場所に安全な逃げ場があるかもしれない。我々はまだその場所を知らないだけかもしれない」
「うん.......」
本当にそんな場所があるのか。私たちは助かるのだろうか。
「とりあえずそろそろ行くぞ。あ、僕が拾ったアイテムや武器はある程度渡しておく。カバンが重くなるし、先程言ったように僕にはアイテムなど必要最低限の材料があれば作れる。だからいらない」
美少年は私に複数のアイテムをカバンから取り出し、渡してきた。救急キット、弾丸、スタンガン、ナイフ。そして食料。
「どこでこんなに手に入れたんだ?」
「この学校内だけだ。あらかた調べただろう。この学校は特に強い武器はなかった」
「えっ!?この学校全部調べたのか!?結構広いぞ!?」
「外の世界に比べればちっぽけなものだ。あとお前が犬と戦ってる間に二階の探索も全て終わらせた。気付かなかったか?」
「いつの間に!?」
こいつの影が薄いのか私が戦闘に集中していたからなのかは分からないが、全く気づかなかった。まさかこの学校の探索を全て終わらせていたなんて。
「それで、治療はしないのか?まだ救急キットはあるし、材料さえ集まればすぐ作れるから実質無制限みたいなものだぞ。あと弾丸もな」
「チーターじゃねぇか!!!!」
私はこの美少年に助けられ、出会い、 この世界自体おかしいという衝撃の事実を知った。そして最強の、いやチーターの仲間ができた。私の心は絶望と安堵が入り交じってぐちゃぐちゃだけど、仲間ができたのは大きい。ゲームではパーティメンバーは大事だ。
「というかよ、お前結局誰なんだ?名前は?」
「人に聞く前に自分が名乗れ」
相変わらずに生意気なガキだ。私は殴りたい衝動を抑えて言った。
「鴇子恵。お前は?」
「教えてやるから感謝しろ。瑠璃宮藍だ」
「分かった。よろしく瑠璃宮」
「様を付けろパッツン女」
「ふざけんな。誰か付けるか」
「全く。面白みのない奴だ。僕は優しいからよろしくしてやる。喜べ、トーノコ」
おもわずハンドガンに手を伸ばしていたがグッと堪えて我慢した。腹が立つ奴だが、いないよりずっとマシだ。1人よりはずっと。そして冷静で完璧だ。彼について行けばもしかしたら助かるかもしれない。私は絶対にこの状況を打破してやると自分に言い聞かせ、唇をキッと結び前を向いた。
■チャプター3 「チーター」 クリア■