■チャプター2 「エンカウント」
よろよろと力なく壁を手のひらでつたいながら教室を出る。吐き気はまだ治まらず、頭の中がぐちゃぐちゃとミキサーでかき混ぜられたかのように気持ちが悪かった。
とりあえず助けを求めるために学校から出ようと中央階段まで行き、私は何か箱のようなものを見つけてふと足を止めた。茶色くて少し大きめで中央がキラキラと輝いている.......宝箱だ。なぜこんなところに宝箱が?
私は疑問に思いながらも、ふらふらと宝箱に近付き、金色に輝く留め具を外しフタをあけた。すると中にはハンドガンのリロード用の弾丸が二十発分置いてあった。まるでゲームのアイテムだ。もしここがゲームの世界ならば、画面の下あたりに『恵は弾丸を手に入れた!』との表記があるだろうな。私はそんなくだらないことを考え、苦笑した。もう早くもこの状況に慣れ始めている気がする。本当についさっきまであんなに震え、怯えていたのに。とうとう頭がおかしくなって吹っ切れてしまったのか。でもそれでいい。ずっと怯えて何も出来ずに意味不明なものに殺されるよりは全然マシだ。私はハンドガンに弾を込め、立ち上がった。
他にもまだ何かアイテムがあるかもしれない。ゲームの世界ではアイテム集めは必須だ。とりあえず、今この学校はゲームでいう『ダンジョン』そのもの。まだ敵がいるだろうし、油断してる場合ではない。ある程度アイテムを集めて学校から出るまでに敵を振り切り、安全にここから脱出しよう。ここは二階。ここの学校は三階建てで、今はそのちょうど真ん中の中央階段にいる。まずはこの二階から探索しようと思い、自分の教室とは反対方向の右側に向かった。
この学校は、自分の学年と同じ数字の階の教室で学校生活を過ごすことが特徴である。つまり、今二年生の私は二階に自分のクラスの教室が割り振られているということ。そして一番右側からA組、B組と続き、一番左側にはF組がある。私はC組だ。まずはA組の教室から探索してみよう。
私はA組の教室の扉の前に立ち、深呼吸をする。そして思い切り扉を開けた。.......静かだ。誰もいない。しかし、どこから敵が現れて襲ってくるか分からない。私はハンドガンを構えながら慎重に教室を見回す。至って普通の教室で、よく見る光景だ。人数分の机があり、教壇があり、黒板があり。隅々まで教室を調べてみたが、特にめぼしいものは何もなかった。
「無駄足か.......」
私はA組の教室から出て、B組の教室に向かおうとした。その時。
「ヴヴゥ.......」
威嚇するような声と共に、突然目の前に『犬』が現れた。いや、正確には『犬』ではない。体中に分厚い包帯が何重にも巻きついている。そしてところどころに血が滲んでいる。顔は目元にも包帯が巻かれていた。目元以外の露出した鼻や口でなんとか『犬』だと認識できるくらい異形だった。探索開始して十分も経っていないのにもう訳の分からない奴とエンカウントしてしまった。
言葉を失い、動くことすらままならない私に犬らしきクリーチャーが突然飛びかかってきた。
「!?まずい!」
反射的にハンドガンを構え、犬の頭にエイムを合わせる。敵が現れたときは頭を狙い、ヘッドショットを行うのはゲームでは常識だ。しかし、犬は私の考えがわかるように銃口を避け、私の腕に噛み付いてきた。
「いっっ.......!!」
鋭い痛みが腕から伝わり、全身を駆け巡る。しかしここで怯む訳にはいかない.......!
こいつは目に包帯を巻いているからこちらの姿は見えないはずだ。なのになぜ避けられた?
とっさに犬を振り払い、距離をとる。すると犬は鼻をヒクヒクとさせ、こちらを見る。包帯ごしに視線があった...ような気がした。
「.......そうか!鼻だ!」
犬は嗅覚が優れている。それは人間の約一億倍と言われている。目が見えない代わりに、鼻を頼りに私を認識しているのだ。
先程は頭を狙ったが、犬は素早いためエイムを合わせる前に攻撃される。体を打ってもいいが、分厚い包帯が何重にも巻かれているため、きっと大したダメージは期待できない。弾丸の無駄だ。
どうにかして鼻を一時的に使用不可能にし、それから露出した頭を狙う。これしかない。闇雲に打ちまくっても無駄撃ちになるだけだ。
私は近くの水道に駆け寄り、近くにあったホースを蛇口に繋げ、思い切り捻る。犬が再び私に飛びかかってくるのと、私が振り返り、ホースを犬に向けるのは同時だった。
ホースから勢いよく水が飛び出し、犬の顔に命中する。犬は声にならない音を口から漏らし、床に倒れた。今だ!
私は未だ怯んでだらしなく床に張り付いている犬の頭にエイムを合わせ、弾丸を撃ち込んだ。弾は命中し、犬は体を大きく揺らして『ギャイン!』と悲鳴をあげた。死んだのか.......?いやまだ微かに動いている。
あと一発で完全に死ぬだろうか。私は痙攣して息も絶え絶えな犬にもう一発食らわせようと引き金に指をかけた。その瞬間、背後に気配を感じた。
振り返ると、床に倒れている犬と全く同じ犬が離れたところから私に向かって牙をむき出しにしていた。ものすごい怒りを感じる。仲間を傷付けられた恨みを全身で表している。 まずい。私はどちらの犬を撃つか迷った。すでに重症を食らわした犬にトドメを刺すか、私に尋常ではない殺意を向けている犬を片付けるか。
私が迷っていると。
「伏せろ」
突然幼い少年の声が聞こえた。わけも分からず戸惑っていると、先程私に殺意を向けていた犬がいた場所から激しい爆音が聞こえた。
「!?」
思わず振り返る。爆風と煙だらけで、何が起きたかよく分からない。こちらまで灰色の煙が漂ってきて思わず咳き込む。顔を伏せて口を抑えた。
そして肺が苦しくなるのを感じながら再び振り返った。煙が薄くなり、中から人の影が見えた。そして完全にその姿が見えたとき、その人はこちらにゆっくりと向かってきた。
「だから最初から伏せろと言っただろう」
「えっ?」
その人は幼稚園生くらいの背丈で、ガスマスクをしていて顔は分からないが服には高級そうな生地が使われ、高貴な刺繍や装飾がところどころに施されていて気品溢れるオーラを放っていた。どこかの国のお坊ちゃまのようだ。
彼はガスマスクを外した。私は思わず息を飲む。
銀色のさらさらの髪の毛。透き通るような白い肌。そして端正な顔立ち。誰もが見とれてしまうような美少年だった。.......目付きが悪いのが気になるが。青い瞳を持った美少年は、 冷ややかに私を見下ろす。まだ幼い少年とは思えない厳かな雰囲気と表情に、私は圧倒されると共に警戒して距離をとった。この状況で敵か味方か分からない人にすぐに心を開いて関わるわけにはいかない。私はゆっくりと立ち上がり、少年を見下ろし返した。
■チャプター2 「エンカウント」クリア■




