■チャプター1 「チュートリアル」
.......ピピピ。
「.......」
ピピピピピ。
「.......うーん」
ピピピピピ。
「ああもううるさーい!!」
私は目覚まし時計にチョップを食らわす。すると、目覚まし時計は静かになった。
「ふわぁ.......もうちょっとぉ.......」
自分が指定した時間の訪れを知らせてくれる有り難い存在のはずの機械に一撃食らわせ、私は再び眠りにつこうとした。すると。
「おねーちゃーん!!」
突然の大声とともに部屋の扉が勢いよく開かれ、飛び起きたときにはもう腹部に衝撃が走っていた。
「ぐふっ」
「お姉ちゃん朝だよ!起きて起きて!朝ごはん食べよう!」
目の前のくりくりとした瞳の少年.......弟の『仁』はにこにこしながら私を見つめる。
「はぁ.......あのなぁ仁。起こしてくれるのは有難いけど、もっとこう...普通に起こしてくれないか?痛いんだわ」
「えへへ~ごめんねお姉ちゃん」
仁は反省した様子で私から降りて部屋を出ていった。私はやれやれと思いながらベッドから降りる。
着替えて顔を洗い、歯を磨いてメガネをかけて髪を一つにまとめあげる。いつものルーティーンだ。
「おはよう!」
そう言ってリビングの扉を開けると三人の私への返答の声が聞こえてくる。
「おはよう!恵」
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おはようお姉ちゃん!」
キャリアウーマンの母、主夫の父、そして気弱な弟である。私の自慢の、大好きな家族だ。
「また仁は恵を起こしに行ったのね?相変わらず仲がよくてママ嬉しいわ」
「うん!お姉ちゃん大好き!」
「いや、仁が勝手に起こしに来てるだけだから」
「いいじゃないか。恵はよく寝坊するんだから。また夜通しゲームでもやっていたのかい?」
「うっ.......ち、違うし」
三人が楽しそうに笑った。
朝ごはんの時間はいつも賑やかだ。私にとって家族で過ごす時間は宝物だった。そして朝ごはんを食べ終え、学校に向かう。私の大切な宝物は家族だけじゃない。
自分のクラスの教室を開けると、クラスメイトが駆け寄ってくる。
「おはよう!けいちゃん!」
「おはようございます。鴇子さん」
「おう!今日は遅刻しないなんて珍しいな!」
「おはよう皆。って、毎日遅刻してるわけじゃないだろ!」
朝から騒がしいこのクラスメイトたちも私の大切な仲間たちだ。ちなみにこの『けいちゃん』というあだ名は、本名の『めぐみ』の響きが女の子らし過ぎて気に入らないため、読み変えて『けい』と呼んでもらっているのだ。
ここは私の通う学校、茶花高校だ。毎日のように私はここでこの楽しくて愛おしい生活を満喫している。この幸せがずっと続けば.......なんて。
こういうことを言うとフラグになりかねない。ゲームの中の世界はいつもそうだ。なんらかのフラグが立ち、伏線が張られ、気付いたものも気づかぬものも、強引に物語に引きずり込むのだ。これだからゲームは楽しくて止められない。
実は、私は過去に日本のとあるゲーム大会で準優勝を獲得したという功績があるのだ。 他にもちょくちょくといくつかのゲーム大会には参加している。そして毎日のようにゲームをやり、バイト代はほぼゲームに費やしている。
席に着いて友達と駄べりながら時間を潰し、HRの時間になった。しかし、先生が来ない。教室中がざわめき始めた。そういえばチャイムも鳴らなかった。
「.......?」
私は立ち上がり、教室の外に出て先生を呼びに行くことにした。
クラスメイトに趣旨を伝え、職員室に向かおうとしたところ、明らかにおかしいものを見た。隣のクラスの教室.......人がいないのだ。HRの時間に教室に誰もいないなんて有り得ない。私は不可解に思いながら他の教室も見て回った。
.......おかしい。誰もいない。私たちのクラス以外人がいないなんて有り得ない。今日は休日でも祝日でもなければ校外の課外授業がある訳でもない。妙な胸騒ぎを覚え、嫌な予感を感じつつも職員室の扉を開けた。
すると、予想通りそこにも人はいなかった。先程チャイムが鳴らなかったことを考えると放送室のスイッチすら入っていないんだろうか。それともスピーカーが壊れている.......?
考え込んでいる私は、とあることに気付いた。電気が消えている。いつから消えていたのかは分からないが、私がまだ教室にいた時には付いていたはずだった。
静かだった。いつもなら気にしないはずの時計の針の音、どこかの教室から聞こえる先生の声、クラスメイトのひそひそ話など、何も聞こえなかった。痛いほどの静寂に、まるで私がこの世界に一人残されたようで怖くなった。
謎の孤独感に打ち震えながら、私は急いで自分の教室に戻ろうとした。怖かった。この異常な空間から抜け出して、大切なクラスメイトたちの温もりに触れたかった。
私は教室の扉を勢いよく開け....そして絶句した。説明することが困難なくらいによく分からないものがそこにいたのだ。意味がわからない。『これ』は一体.......?
無理やり『これ』を説明するならば醜悪な肉の塊だった。教室の半分くらいの大きさで、複数の頭や手足が生え、蟲のように醜く蠢いていた。その複数の顔をよく見ると、なんと私のクラスメイトたちだった。それも全員の。手足も同様だった。
とある顔には、親友のお気に入りだったリップが塗られていて唇がぬらぬらと輝いていた。
「.......ああ」
とある腕には、最近仲良くなったばかりの子とお揃いで買ったブレスレット。
「...あああ」
とある脚には、最近怪我をしたと言っていた男子の包帯が巻かれていた。
「あああああああああああああああ!!!!」
私は目の前の信じられない『それ』を必死に振り払おうと、咄嗟に近くにあった黒板消しを投げつけた。『それ』は悲鳴を上げ、クラスメイト全員が私を睨みつけてこちらに近づいてきた。
「来るな!!来るなあああああああああぁぁぁ!!!!」
思わずしりもちをついて後ずさり、何かが手にあたる感覚でハッとして振り返る。そこにはあるはずのないものが置かれていた。ハンドガンだ。なぜここにあるのか。有り得ない。そう思いつつも考えている余裕はない。
私はハンドガンを構えて『それ』にありったけの弾丸を撃ち込んだ。『それ』は断末魔を上げ、痛みから逃げるようにのたうち回った。それでも撃ち続けた。反動と銃声で自身の身体にも多少のダメージはあったが、それでも『それ』に殺されるよりはマシだ。
....そして銃声が止まった。止めたのではない。カチッと空を切る音がする。弾切れだ。まずい、リロードしなければ。焦って弾を探すがそれらしきものは見当たらない。どうする。.......どうする!!
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
突然『それ』が一段と大きな咆哮を上げて動かなくなった。.......死んだのか?分からないけど近寄らない方が良さそうだ。私は遠目から『それ』を見やる。先程までいつもの当たり前の日常だったのに。なぜこんなことに.......?
大切なクラスメイトたちがこんな姿になって、しかも自分でトドメを刺してしまった。殺して.......しまった。
サバイバルゲームはやり慣れている。ゲームの中でバケモノやクリーチャー、敵を殺すなんて当たり前のことで、それは楽しいことだった。
それに、サバイバルゲームを実体験して遊べるリアルなイベントにも積極的に参加し、エアガンの使い方も手馴れていた。その上運動神経にも自信があるから、私にはリアルサバイバルゲームは何回やっても足りないくらい楽しいものだった。
しかし、今は違う。『ゲーム』なんて可愛いものじゃない。『現実』だ。未だに信じられないが、信じざるを得ない。今は動かないクラスメイトたちだった『それ』が事実を物語っていた。吐き気がする。思わず戻してしまった。動悸が収まらない。顔はきっと青ざめているだろう。
なぜこんなことに?ここはどこ?なぜ銃がある?『それ』はなに?分からないことが多すぎて頭痛がする。分からない。全て分からない。答えを教えてくれる人もいない。助けてくれる人もいない。私は.......孤独だ。一人だ。
これからどうすればいいのか何をすればいいのかも分からず、私はただ呆然とその場に座り込んでいた。.......この命をかけたサバイバルゲームは、まだチュートリアルに過ぎないというのに。
■チャプター1 「チュートリアル」 クリア■