■チャプター11 「リアル」
.......どのくらい時間がたったのだろう。私はゆっくりと目を開けた。何をしていたんだっけ。ここはどこだろうか。記憶を手繰り寄せようとしたが、私の脳がそれを拒否した。.......とりあえず、状況を確認しよう。たが、何かが私の顔を覆っていて前が見えなかった。私が顔に手を近付けると、何かが手に触れた。これはなんだろう。後頭部に掛けられたゴムを外し、顔に張り付いていたものを外した。.......ガスマスク?なぜ?
そこで私はさっきまでの記憶が急に蘇ってきて、絶望感に苛まれた。そうだ。仲間が死んだ。.......瑠璃宮が、死んだ。私はハッとして顔を上げると、体育館の半分が壊れて見るも無惨な姿になっていた。体育館のステージ側が完全になくなり、向こうの景色が丸見えだった。.......なにもない。なんにも。ラスボスも。瑠璃宮も。
地面や壁は焦げたような跡が残っており、その上に血や臓器が塗り重ねられていた。その中に、あるものが光り輝いていた。私はふらふらと近付き、それを手に取った。見覚えのある宝石だった。
「.......あぁ」
私は情けない声を上げた。それは瑠璃宮の首元のリボンに付いていた青い宝石だったからだ。心臓が痛いくらいに暴れた。肺が酸素と二酸化炭素の交換をきちんとしてくれず、息が苦しい。.......他には?瑠璃宮は?
私は当たりを見回す。血肉や骨が飛び散り、転がっているだけだった。あの手榴弾は、瑠璃宮の小さな体とクラスメイトだったものを木っ端微塵に吹き飛ばした。瑠璃宮はラスボスと共に自爆し、道ずれにして私を助けることを選んだ。.......私の、唯一の仲間が。たった一人の仲間が。
「ああああああああああああああ!!!!!!」
大切な仲間を失って、私はもうどうすればいいか分からなかった。ただとにかくやり場のない感情をどこにぶつければいいのか分からず、ひたすらに床を叩いて泣き叫んだ。こんな世界に閉じ込められ、怖い思いを沢山して、大事な中まですら死んでしまった。もう散々だ。なぜこんな苦しい思いをしなければならないんだ。私はこの世界に来てから何度絶望したんだろうか。もう嫌だ。どれだけ叫んでも誰にも届かない。誰も助けてくれない。私はまた孤独だった。私に手を差し伸べていつも助けてくれた瑠璃宮は、もういない。
「うぅっ.......!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚いた。それ以外に何をすればいいと言うんだ?....瑠璃宮。瑠璃宮に会いたい。もう一度だけでいい、1回だけでいいから.......!
瑠璃宮が最期に見せた笑みが忘れられない。クールで冷静で口が悪くて、でも仲間想いで強くて私をいつも勇気づけてくれた友人。私の妄想だったとしても、私たちがこの世界で築いた絆は本物だった。確実に存在していたんだ。私は瑠璃宮の声を思い出す。舌っ足らずだけれども落ち着いた声。もう二度と聞けないだなんて.......。
その時、ふと瑠璃宮の気になる言葉を思い出した。
"お前が一番最初にリスポーンした場所を思い出せ。きっとそこが『ゴール』だ。晴れてゲームクリアとなる。"
最初にリスポーンした場所.......?それは私の教室だったはず。
私はしゃくりあげながら立ち上がる。よろめいて上手く歩けないが、瑠璃宮が残してくれた最後のヒントだ。確かめに行くしかない。これで....これで終わりにしよう。そして元の世界へ帰ろう。私は瑠璃宮の宝石を握りしめた。壁を伝い、半分が壊れてなくなった体育館から出ていく。足元が不安定だが、一歩一歩確実に踏みしめて歩いていった。中央階段までたどり着き、あまり働かない頭を無理やりに稼働させ、なんとか登りきる。
二階のすぐ左に私の教室がある。私は重い体を引きずって教室の扉を開けた。すると、教室の中心に宝箱が置かれていた。中央階段と私の部屋にあったものと一緒だった。
私はもはや何かを考えることすらできないボーっとした状態で宝箱を開ける。その瞬間、『GAME CLEAR!』との文字のホログラムが宝箱の上に浮かび上がった。私は驚いて宝箱の中を見つめた。すると中には目を疑うほどの大金が積まれていた。おおよそ、数百万。
.......まさか、これがゲームクリアの特典だって言いたいのか?私はここに来れば元の世界へ帰れると思っていた。しかし、あるのは大金だけだった。
「.......はは」
私はだんだん面白くなってきた。笑いが止まらない。
「あははははは!!!!」
帰れない金しかない使い道なんてないもうなにもできない仲間もいない帰れない帰れない帰れない。
「あーっはははは!ひーっひひ!!!!」
ただとにかくおかしかった。もうなにも考えられない。笑った。私は笑いが止められない自分にすら笑った。
そのまま私は笑い続けていた。そんな自分がとにかくおかしくてもうなにもかもどうでもよかった。ああ、なんて面白いんだろう。本当に面白い。
「ははははは!!いひぃはああははは!!」
楽しい。楽しいなぁ。本当に、楽しい.......。
.................................................。
ピッ、ピッ、ピッ
電子音が規則正しく鳴り響いている。その隣では、白いベットに横たわった白い顔の少女がいた。髪の毛はピンク色で、傍に置かれた小さな机には赤い眼鏡が置かれている。そのすぐ横で、男性と女性、小さな男の子が静かに涙を流しては何度もある名前を呼んでいた。
「恵.......恵。お願いだから目を覚ましておくれ....」
「お願いよ恵....。私たちをこれ以上心配させないで.......。またいつもの笑顔を見せて頂戴....。恵.......」
「お姉ちゃん....お姉ちゃん起きてよォお姉ちゃん.......」
ピンク色の髪の毛の少女は、家族に心配されていることも知らずに眠り続けていた。
話は今朝に遡る。少女はいつも通り弟に起こされ、家族と朝ごはんを食べて、学校へ向かった。教室に着き、HRが始まる時間までクラスメイトたちとお喋りを楽しんだ。だがいつまで経っても担任の先生が来ないため、少女が先生を呼びに行こうと教室の扉を開けた瞬間、少女がいきなり倒れてしまった。クラス中はパニックになり、遅れて現れた担任の先生が彼女を発見し、救急車を呼んだのが事の発端だった。
実は彼女は毎晩毎晩大好きなゲームを寝ずにプレイしており、脳が耐えきれずに脳卒中を起こしていた。前兆として数日前から軽い頭痛や手足のしびれを感じていたのだが、放っておけば治ると放置していたのが誤算だった。
少女は勢いよく扉を開けたと同時に脳に負担がかかり、倒れた。身体が限界だったようだ。それから救急車で運ばれ入院することになり一週間。未だに彼女は目を覚まさない。
毎日のように家族やクラスメイトがお見舞いに来ているが、彼女はそんなことには気付かずにただ今日も眠り続けた。
.......その日の夜、少女の母親が彼女の部屋に入った。
「ごめんね....。恵」
そう言うと、少女が引き出しに大事に仕舞っておいた封筒を取り出す。それは、過去に彼女がとある日本のゲーム大会で準優勝を飾った際に獲得した賞金だった。数百万はくだらない。
「本当にごめんね.......。でもあなたのためなの。あなたを助けたいの」
少女の母親は大金の入った封筒と、手に持っていた紙を交互に見つめる。それは病院からの入院費の請求書だった。少女の母親は思い詰めたような顔をして彼女の部屋を出ようと振り返った。すると、ある棚が目に入る。そこには彼女の大事なものがたくさん詰まっていた。
一段目には、とある小さなゲーム大会で少女が好成績を叩き出したときに貰ったトロフィーが光り輝いている。そのトロフィーには、黄色いリボンに青い宝石が飾り付けされており、豪華な雰囲気を醸し出していた。
二段目には彼女のお気に入りのゲームのパッケージが何個か並んでいた。一個目は主人公がなんと幼稚園児の料理ゲーム。二個目は銀髪の主人公のアバターを通して、スポーツを楽しむゲーム。三個目はプライドの高い王子様がひょんなことから庶民のような生活をし、仲間と協力して爆弾を作るゲーム。他にも、数え切れないくらいのゲームが置いてあった。
三段目には少女の一番好きなサバイバルゲームの会社が制作したグッズが飾ってあった。ハンドガンやスタンガン、ナイフなどのリアルなフィギュアに、手榴弾や回復キットなどのアクリルキーホルダー。様々なクリーチャーのポスターなど。それらのグッズのタグには、全て『チームインディゴ』と記名されている。インディゴとは日本語で『藍』と言う意味だ。
少女の母親はそれらを恨めしく見つめた。大切な娘の人生を奪った品々だからだ。
そしてふと床を見ると栄養補助スナックや、缶詰、インスタントの食材が転がっていた。少女が夜通しゲームをしながら食べていたのを物語っていた。
しばらく母親は少女の部屋に立ち尽くしていたが、いつまでもそうしているわけには行かないと、彼女の部屋を出た。
.......笑い疲れて、私はぐったりとその場に座り込んだ。もう辺りは暗くなっており、電気も付いていないため何も見えない。私は手に持っていた。ハンドガンを握りしめ、そっと持ち上げる。そして自らのこめかみに押し付け―――
引き金を引いた。
『クオリア』 END
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いや~ここまで読んでくださった方ありがとうございました!
短いですが無事完結致しました!
いつか「クオリア2」も書けたらいいな!
それでは本当にありがとうございました(^^)