■チャプター10 「トゥルーエンド」
私たちと『クラスメイトだったもの』がしばらくお互いを睨み合って対峙する。まぁ、こいつは顔がたくさんあってどの顔と睨み合えばいいのか分からないけれど。
「では、こちらからいかせていただくぞ。さっさと終わらせたいからな」
瑠璃宮が手榴弾をラスボスに投げつける。ラスボスは咆哮を上げ、体をうねらせ苦しんだ。効いているようだ。私もハンドガンを撃ちまくって応戦する。すると瑠璃宮が不思議そうな顔をした。
「こいつ.......異常にHPが少ないぞ?本当にラスボスか?」
そういえば瑠璃宮は敵や私のステータスが見れるんだった。彼が嘘をついているとは思えない。私は驚いてラスボスを見つめた。
「いや、そんなわけないだろ?だってあんなにラスボスっぽく登場してきたじゃねぇか。それに、前に倒した敵が実は死んでなくて再びラスボスとして襲ってくるってのはありがちのパターンだし.......」
「そうなんだが.......」
瑠璃宮がそう呟いて三つ目の手榴弾を投げつけ爆発した瞬間、
「ぐあああああぁぁぁあああああ!!!!」
ラスボスがあっさりと倒れて動かなくなった。
私たちはお互いの顔を見合わせ、戸惑った。
「終わった....のか?」
「さぁ.......」
瑠璃宮がラスボスに近付き、靴先でつついた。しかしラスボスはピクリとも動かなかった。
「何だかよく分からないが死んだみたいだな。これでゲームクリアか。次はエンディングが流れてスタッフロールでも流れるのか?」
「えっ!?何それ終わったの!?まだ何にも解決してねぇのに!?元の世界に戻る方法とか未だに分かんねぇけど!?!?」
こんな終わり方あるか?いや有り得ないだろう。絶対まだなにかあるに違いない。きっとこのパターンは、『ラスボス』が生きていて第二形態と戦う羽目になるだろう。
「.......そのことなんだが、」
私がひとりで悶々と考えていると瑠璃宮がぼそりと呟き、私を振り返る。
「話がある。この世界の....真相だ」
「.......?」
この世界の真相とはなんだろう。瑠璃宮はなぜこの世界が作られたか分かったと言うだろうか?
瑠璃宮は物凄くつらそうな、思い詰めたような顔をして何度も言葉を切り出そうとしては躊躇している。
「ど....どうしたんだよ、瑠璃宮?」
私は嫌な予感がした。何か彼がとんでもないことを言い出しそうで。怖かった。もう、彼と一生会えない気がした。そして瑠璃宮が意を決して口を開いた。
「.......単刀直入に言う。この世界はお前自身が作り出したものだ」
「!?」
ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。......今なんて言った?瑠璃宮の言っている言葉が良く分からない。理解できない。私が作った?この世界を?馬鹿げている。有り得ない。私が苦笑してツッコミを入れようと彼を見ると、彼は真剣な顔をしてこう続けた。
「そして僕は本当は存在しない。お前が作り上げた空想の人物だ」
私は再び驚愕し、彼を見つめる。頭がついていかない。頭痛がした。どういう....意味?瑠璃宮は今ここに、私の目の前にいるではないか。存在しないなんて.......。
驚いて呆然とし、一言も言葉を発することができない私に瑠璃宮は苦しそうな顔で話の続きを話し始める。
「.......ここは、お前が作った場所だ。原因は分からないがお前はこの世界を作り出し、自分自身の手でこの世界に自分と僕を閉じ込めた。きっと意図的ではないのだろう」
「わ....たしが?」
声が震える。頭がこんがらがってどうにかなりそうだった。
「根拠はいくつかある。まずこの世界はお前の通っている茶花高校を中心とした半径約二百メートルの都市しか存在しない世界だ。そして生き残りは僕とお前の二人だけ。僕はこんな場所知らないから、お前の周りの環境がそのままこの世界のステージとして存在していると考えるのが妥当だ。」
私は息を飲んで瑠璃宮を見つめた。
「そして先程通ってきたワープゲート。あれはお前の部屋にあった。それを通ると学校での中ボス戦、ラスボス戦に直行した。ただボス戦をさせたいだけなら最初から学校をマークして、そのまま学校に誘導すれば良い。だが、なぜ一旦お前の部屋を経由させた?それはきっと、この世界はお前中心に回ってるからだ。」
私.......中心.......。
「それからこの僕の考察を決定づける存在は他でもない、この僕だ。」
.......もう止めてくれ。
「僕は前に言ったように存在自体が不自然だ。僕自身があやふやで記憶も曖昧、ツギハギだらけの存在。これは多分、トーノコの現実の記憶が混ざりあってできた空想の人物ということを表しているのだろう。ゲームの中では仲間の存在は大事。この世界では僕が主に戦い、お前はサポートをしてくれたはずだ。だが実際はお前が主人公で、僕がお前をサポートする脇役でしかなかった」
.......そんなこと言わないでくれ。
「トーノコ。後はお前だけだ。お前だけが生き残れ。僕は元々存在しない人間なんだ。.......だから、もう共に行動することはできないな」
「そんな事言うなよ!」
私はたまらず叫んだ。嫌だった。認めたくなかった。確かに、思えばこの世界は私を中心に作られている気がする。ステージも私が住んでいる街だし、敵もクラスメイトや先生たち、この街の人たちと私と関わりがある人物ばかりだった。武器やアイテムも私が好きなゲームの影響だろう。瑠璃宮も違和感はあった。記憶障害を起こしていることや、ステータスが異常なこともおかしかった。しかしだとしたら瑠璃宮は何?私の何の記憶から作られた?
「っ.......ざけんな!お前が仮に存在しない人間だったとしても.......それでも一緒に戦って様々な困難を乗り越えた絆があるじゃねぇか!それすらもお前はなかったことにするのかよ!?私は.......絶対にお前と....瑠璃宮と元の世界に帰りたい!」
私は涙を流して感情を爆発させた。次から次と涙も感情も、止まることを知らない。
「だから瑠璃宮.......!頼むから、私の妄想の中の存在だったとしてもずっと.......ずっと私の仲間でいてくれよ!私の中から消えないでくれよ!!」
瑠璃宮はこれ以上にないほど悲しげな顔をした。小刻みに震えており、唇を強く噛み締めて涙をぐっと堪えているようだった。
「トーノコ......あの」
瑠璃宮が何かを言いかけた時、私は何が動いた気がしてハッと顔を上げる。
先程倒したクラスメイトが....『ラスボス』がゆっくりと立ち上がり始めた。.......やっぱり生きていた。殺せてなんかいなかったのだ。奴らは瑠璃宮の背後から音もなく近付き、彼を掴もうと腕を伸ばした。
「瑠璃宮!!」
私は叫んで彼に手を伸ばす。しかし、瑠璃宮は自分がこれからどうなるのか分かっているように、しかもそれを受け入れているような表情で、静かにまぶたを閉じた。
「グオオオオ.......!!!!」
思い切り瑠璃宮に伸ばした手が空を切る。一瞬先に瑠璃宮が奴らに掴まれ、捕られてしまった。
「瑠璃宮!待て、今助けるから!」
しかし、瑠璃宮は落ち着いた様子で抵抗もしない。それどころか安からな顔をして、淡々と告げた。
「トーノコ。お前が一番最初にリスポーンした場所を思い出せ。きっとそこが『ゴール』だ。晴れてゲームクリアとなる。だから、早く行くんだトーノコ」
ラスボスが瑠璃宮の体を締め上げる。瑠璃宮が苦しそうに呻いた。
「早く行け!トーノコ!」
「放っておけるかよ!!」
ゴール?ゲームクリア?もうそんなのどうでもいい。瑠璃宮さえ助かれば!
私はハンドガンを奴らに向ける。しかし、奴らは瑠璃宮を盾にして自身をガードした。くそっ。こんな状況では瑠璃宮を撃ってしまうかもしれない.......!どうすれば....どうしたら!!
すると突然、私の足元に何かが飛んできた。
「!?」
それは瑠璃宮のガスマスクだった。いきなりなんだって言うんだ.......?
「すまないな。そのガスマスク、1つしかないんだ。だから、使え」
「は?お前、何するつもりだよ?いきなりこんなもの投げてきて.......」
私が困惑してガスマスクを拾うと、突然優しい声が降りそそいできた。
「トーノコ」
私が瑠璃宮を見上げると、締め上げられて苦しそうにしながらも、優しく、柔らかい笑顔を浮かべる彼の姿があった。こんな瑠璃宮の表情は初めて見た。私は驚いて目をパチクリさせた。
「.......今まで、ありがとな。この世界だけでも僕を存在させてくれて。お前と過ごした時間は悪くなかった」
瑠璃宮は肩掛けカバンから何かを取り出す。
「だが、お前のアホっぷりや泣き虫なところは目に余るぞ」
彼はくしゃっとした、困ったような笑みをみせる。.......急に何なの?私は胸が傷んだ。
「.......仕方ないな。こうするしかなかったんだ。極力使いたくなかったが、こういうときのために強力な武器はとっておくものなんだ。覚えておけよ?」
瑠璃宮が私に見せたのは、先程ラスボス戦前に中ボスから手に入れた素材で彼が作っていた一際大きい手榴弾だった。.......まさか。
「瑠璃宮.......お前....」
私が震えながら彼を見つめる。嫌だ。止めてくれ。.......嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
瑠璃宮は手榴弾のピンを前歯で軽く咥え、そして.......思い切り引き抜いた。
「じゃあな」
泣きながら、しかし、心の底からの微笑みを見せながら。
「瑠璃宮あぁぁぁ!!!!」
私は思わず手を伸ばす。しかしその瞬間、感じたことのない轟音と閃光で耳が一瞬遠くなり、目が眩んで爆風が私を襲った。今まで受けたことがない衝撃に体が耐えきれず、思いきり後ろに吹き飛ばされた。体育館の壁に強く体を打ち付け、呼吸が止まり、意識が飛びかけた。しかし、私の腕だけは無意識に動き、瑠璃宮が死ぬ間際に投げ渡してくれたガスマスクを顔に装着していた。そして私は、だんだんと意識を手放した。
■チャプター10 「トゥルーエンド」 クリア■