『第八話』 【暴力】という名の愛
風薫る丘に、その男の子はいた。長い髪をたなびかせ、荒れ野の彼方をじっと見つめている。
「ルーク君」
カバンを背負った私は、彼の背中から名を呼んだ。彼は、私の方を見返ってにこりと笑った。
「私、安心しちゃった」
そんなふうに、ルークは告白する。そして、痣だらけの頬を抑え、離し、天を仰ぐ。
「思った通りの子だったんだもん。優しそうで、綺麗な人」
「……、そんなことないよ。わたしなんて家族には与えてもらってばかりだし……」
「いいなぁ」
「……ッッ!!」
まずい。地雷を踏んでしまった。彼は、風の音に紛れて音もなくわたしのそばに寄ってきた。そして、この上なく物欲しそうな顔で、じぃっと私の目を覗き込む。
「その幸せ、私にもちょっとだけ分けてよ」
「いい、けど。告白とかそういうのは、いいの?」
「そうだったね。大好きっ!」
「わわっ!!」
あっという間に私は押し倒された。瞬時に身の危険を感じて身じろぎするけれど、恐怖で体がすくんで動かない。喉が詰まって声にもならない。だけど、何だか様子がおかしい。
「……どういう事?」
「どうもこうも、抱きしめているだけだよ。もしかして、それ以上のことを無理やりされるとでも思ったの?」
「……。あなた、最低だね」
「自覚している」
「ならいいけど。育った環境の影響もあるだろうしさ」
色々とやかく言う気が失せてきた。人との距離の取り方がわからないのだろう。甘えたがりというか、無意味にシリアスというか。ルークはそんな益体もない性格をしている奴だ。何という訳の分からない人だろう。とにかく疲れた。カバンからハーブティーを取り出す。
「なんか疲れた」
「私も」
「お茶でも飲まない? 夕焼けでも見ながらさ」
「いいね。そうしよう」
それから、色々と立ち入った話をした。お父さんが痛みが快感になる病気にかかっていて、愛情表現のために様々な暴力をふるってくるということ。家中に罠が仕掛けられていて、『いろいろな痛みを味わってほしい』という理由で襲ってくる痛みにバリエーションすらあること。用意されるご飯は激辛料理か針か刃物入りばかりということ。父自身も自傷行為に明け暮れていて、家中が血だまりであふれていること。
「聞けば聞くほどひどいね」
「そうかなぁ。わたしにはもうわからないな。だって、比較することができないんだもん」
「他人事みたいに言うね」
「そうだね。でも、そういう目に合うと、自分の意識がすーっと体から離れて行って、頭の上くらいにとどまって客観的に観察している気持になるんだ」
離人症まで発症しているなんてよほどだろう。ルークのあざだらけの顔を見て、ちょっと悲しくなってきた。ここで打つべき一手は……。
「ねえ、疑似家族って知っているかな?」
「うん……、って、ええっ?!」
ルークにそう問うと、彼はびっくりして、私の顔を二度見した。それもそのはず。生活的、または心理的に困窮している子供を救うために作られた、『疑似家族制度』の利用を提案したのだから。
「それって、エリンが私のお母さん代わりになるってこと?」
「それっぽい感じになるけど、実際は全く違うよ」
それに、お父さん役をしてくれる人を探さなくちゃいけない。疑似家族制度を利用するためには、両親役の二人が恋愛関係、もしくは婚姻関係にあることが条件とされる。また、通常の養子縁組とは違って、両親役は未成年が対象となる。そのため、地域社会と両家庭が相応の支援を行う義務が発生する。
だから、私の家族には十二分に負担がかかる。その時はその時だ。きっとお姉ちゃんが話を通してくれるだろう。
「でも、いいの? 私なんかがご厄介になって迷惑じゃないかな」
「そんなことないよ。ルーク君がちゃんと男の子に戻るまでわたしたちがしっかり支えてあげる」
ルークは、私の言葉に頬を濡らした。夕風が涙をさらっていく。
「ねえ」
「なに?」
「ひざ、借りていい?」
わたしは黙って足を延ばした。彼は私の膝を枕にして、震えながら泣いた。
空が静けさで満ちていく。




