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異星で始める魔導工学  作者: ウロクX
2/11

0-2 彗星

「その情報は真実なのか。ヒューストン。」

「はい。何度も再計算しましたが、どのシミュレーション結果も同じ結論となっています。」

「分かった。詳細な情報を送ってくれ。すぐにミッションを開始する。」


通信室から帰ってきたキャプテンは、いつものフランクな様子は全くなかった。珍しい真面目な表情に非常事態なのは容易に想像できた。


「新しいミッションだ。この宇宙ステーション始まって以来の大きなものだと考えてくれ。現在、彗星がこの宇宙ステーション軌道上に接近中だ。最接近は26時間後だ。」


メンバーに緊張が走る。彗星接近はこれまでにも歴史上あった。だがここまで正確な数字が出るということは接近の具合はかなり近いのかもしれない。


「接触の可能性は?」

「ヒューストンのシミュレーションでは86.4%だそうだ。」

「86?」

「あぁ。これはもう当たると想定して動くべきだろう。そこでミッションだ。各自自身の計画書を確認しておいてくれ。」


プラン概要として、現在の軌道を大幅に修正。ステーションは緩やかに回転している。その為、衛星軌道を変えるために数回に分けてスラスターガスを射出する必要がある。更に彗星をスルーした後は、再び軌道を戻す必要がある。彗星の規模としてはそれほど大きくなく万が一地球に近づいても大気圏で燃え尽きるそうだ。


安藤のミッションは各動作の補助と、スルー後の設備メンテナンスだった。彗星は強力な電磁波を産むため、ニアミスでもステーションが影響を受ける可能性がある。


カウントダウンが進む。計算上ではすでに大分距離を取っているはずだ。しかしそれでもカウントダウンが一つ進む毎にクルーの緊張感が増してくる。


「そろそろ見えてくるはずだ。座標の確認、軌道の再計算の準備を!!」


青白い光。それが徐々にはっきりと見えてくる。安藤も再計算シミュレーションの画面に目をやる。


「これは!?」


皆が目を丸くする。口を押さえる者もいる。


「分裂・・・?」


肉眼では確認出来ないが、観測上では彗星が分裂している。それだけなら兎も角、軌道がずれている。そしてそれは最悪の方向へと逸れていた。


「知っての通り彗星はこちらに向かっている。すでに彗星接近の影響でヒューストンは通信できない。我々がこの場で判断しなくてはならない。何かアイデアがあるものは進み出て欲しい。」



皆が口をつぐむ。どんな案を実行するにも絶対的に時間が足りない。スラスターで軌道修正するのは時間がかかる。一人の技術者が手を上げる。安藤と共に宇宙に上がってきたメアリーだ。


「どこかのパーツのエアロックを解除するのはどう?それなら僅かな時間で大きく動けるのでは?」

「エア自体をスラスターに使うのか。面白い案だけど。」

「移動方向の管理が厳しいな。下手をすると超高速でスピンするだけで、ろくな移動ができない可能性もある。」


安藤が手を上げる。全員の視線が集まる中、安藤が提案する。


「探査船を積んでいるブロックだ。」

「ふむ。確かにあそこは270度の方向転換が可能。探査船を発信させるハッチを使えば壁に穴を開けなくともすむか。時間の無い中なら最善かもな。」

「問題はあのブロックは開発中でオートメーション化できていない、つまりアナログ操作ということだ。この中で姿勢制御しながら、同時にハッチの開け閉めできるのは・・・。」

「私と安藤ね。いいわ私が・・」


技師のメアリーが席を立つのを安藤が制止する。


「メアリーはここに残ってくれ、僕が行こう。」


安藤はメアリーの肩を叩き、準備に取りかかる。工具関係と自身の端末、そして宇宙服も念のため持っていく。そして皆に見送られながら探査機の格納ブロックに向かう。


時間は無いが焦ってはならない。大丈夫、これまでもそうだった。技術者の仕事は現実を受け止め現実的な手法で解決することだ。


探査機格納ブロックに到着する。と同時に通信が入る。


「安藤、最接近は16分40秒後だ。行けるか?」

「問題ない1分でここのシステムを掌握する。こちらから彗星の位置がわからない。ハッチ解放のタイミングをそちらで計ってくれ。」


安藤はキーボードを叩く。ここのシステムは継ぎ接ぎだらけのパッチワークだ。取り敢えず動かせるように繋いだ程度。OSも旧式のものと最近持ち込んだ新しいものでごちゃ混ぜだ。安藤はその一つ一つを繋ぎ、古いものには自身のオリジナルOSを乗せ替える。趣味で作っていたものだが意外な場所で役に立った。


「こちら準備完了だ。カウント頼む。」

「流石に早いな。1分かかっていないぞ。ではカウント5から0のタイミングで頼む。」

「了解だ。一応ステーションの角度、彗星との相対速度、予想相対距離の情報もこちらに流してくれ。」


そこから更にシビアな作業が続く。このブロックでは彗星を満足に観測できない、その為タイミングは指示任せ。その指示を聞きながら姿勢制御をつつ、ハッチを解放する。そして再び閉じて、次のタイミングに向けて姿勢制御を行う。


それらの一連の作業を見ながらモニター越しのクルー達はカウントダウンと共に息を飲んでいた。


「3、2、1、今!」


ハッチが開き大量のエアが吹き出される。推進力はあるものの、方向性制御は困難なものだ。しかし、淀みなく一方向に進む。


「メアリー。彼が何をしているか分かるか?説明してくれ。」

「あの格納ブロックは窓はあるけれど、小さなものしかないわ。視界はほとんど無いと言ってもいいわ。だから彼はカウントダウンを頼んだ。そしてあの荒れ狂うエアの吹き出しの中、姿勢制御をしている。」

「つまり彼は目隠し状態で、暴れるロケットエンジンを背負って平均台を走っているというようなものか。」

「えぇ。しかも今は彗星の電磁波の嵐という強烈な向かい風をうけながら・・・ね。」



全員が再び息を飲む。一方、安藤はその電磁波の嵐の対処に追われていた。すでに計器の半分はイカれてる。残された僅かな情報で何とか制御していた。


「そろそろ最接近だ。そちらから彗星を視認できるか?」


指令室は電磁波の影響でモニターが写らなくなったそうだ。逆にこちらからはガラス越しに見える位置にまできた。そしてふと見えた彗星は、絶望的な光景だった。


「更に・・・分裂だと!?」


目の前に青白い光が迫る。振動も激しくなり、電磁波の影響で全ての電子機器が使用不可、アラートが鳴り続けている。もはや手段は何もない。


「いや。『諦め』という選択は、ただの怠惰だ。僕は建設的な道を選ぶ。」


安藤はある場所へと急ぐ。それは格納庫ブロックとの接続部分だった。安藤はエアボンベを集め接続部分に格納する。そして自分の体を固定する。


「あとは流石に、一か八か・・・。」


安藤は水素ボンベの封を切り、エアボンベを並べた通路に投げ入れ、同時にどうでも良い端末にドライバーを突き刺し、一緒に投げ入れる。そして区画を閉鎖する。


『ズォン!!』


鈍い音と共に、区画の壁が凹む。意図通り爆発したようだ。だがまだだ、ここからがメイン。


『ズヴォーン!!』


区画を遮る障壁が外れる。そして大量のエアが吹き出される。安藤のプランは閉鎖した通路をエア爆弾にすることだ。そしてその破裂の力でステーションを吹き飛ばす。当然この格納庫ブロックはステーションから強制的に引き離される。だが、予想では彗星との距離は・・・。


『ズォドーン!!』


とてつもない衝撃。と同時に超高速で回転している。


「こっちに直撃!?」


どうやら運は無いらしい。それとも彗星に当たっても生きているといことは幸運なのか。向こうは無事なのか。だが、他人の心配より自分のことだ。まず回転し続けるこのブロックを止める為、残されたスラスターを数回に分けて噴出する。しかし、このブロックはすでに限界だ。側面には穴が空いているし、エアもほぼ使いきった。


回転が減速し始め、電磁波の影響も弱まり、計器関係も回復した。そのお陰で周囲の状況も解ってきた。その絶望的な状況が。


「秒速25km。速すぎる。」


通常の宇宙空間移動の倍以上だ。そして座標を見る限り地球との相対座標も離れている。これはまずい。しかしどんなに思考を巡らせても解決策が浮かばない。このブロックには推進力は無い。エアボンベを爆破といった奇策はもう無い。


安藤は決断を迫られていた。


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