「江間家の段」4
……が、飛び出た途端に、嫌なヤツと顔を突き合わせる。
畠山重忠。
重忠は、飛び出てきた小四郎に一瞬目をむいて硬直した顔を見せたが、次の瞬間にはフンと偉そうに鼻を鳴らし、大股で小四郎の前へと歩み出た。
「祝いの日だというのに、お前はまたそんな地味な格好で。TPOをわきまえろ」
そういう重忠は桃色の直垂。それも金の桜吹雪が所々に舞っている。これは別の意味で浮くだろうと思うが、もちろん余分なことは言わない。ただ、重忠の嫁となった妹の昔からの趣味の悪さを思い出して、そっと同情をする。
「ま、でも仮にも俺の義兄。忠告はしておいてやる。感謝しろ」
忠告? 小四郎は首を傾げる。
重忠は御所の方を向いたまま何気ないような口ぶりで、でもそっと声のトーンを落として続けた。
「せめても顔を派手にという努力は認めるが、お前に口紅は合わぬ。とっとと取れ」
ぎょっとして慌てて口元を拭う。その間、重忠は仁王立ちして小四郎の前で動かなかった。隠してくれているのだろう。ピンクの着物の大男が道端で突っ立っているという異様な光景は逆に人目を引いていたが、小四郎は重忠の気遣いに、ほっと心を和ませた。
重忠は嫌な奴だが男気がある。これで嫌味を言うのでなかったら、もっと仲良くなれるのだが。
「済まない。教えてくれてありがとう……助かった」
小さくそう礼を言った途端、くくく、と変な音がして、それから大爆笑が響いた。
「バーカ、この間抜け! 簡単に引っかかりやがって」
目を瞬かせる。重忠は振り返ると馬鹿でかい図体を屈ませ、小四郎の鼻先にそのぶっとい指を突きつけた。
「フェイクだよ、フェイク! 本当バッカだな」
……こいつもか。
「あ、なに落ち込んでる系?」
「……別に」
「いーじゃん、愛されキャラでさ。羨ましい限りだ」
じゃあ、お前がその「愛されキャラ」とやらになってみろ、そう言いたいのも飲み込むと、小四郎は重忠を置き去りに、さっさと御所へと駆けた。
「うんうん、今日も血色が良いではないか。どうだ? 新妻の調子は。しかし遅刻とはいい度胸だな。それにその直垂はいかんぞ。おい、政子、ちょっと見てみろ」
到着するなり、御所に目ざとく見つけられる。
「まぁ、姫の前があんなに一生懸命準備してたのに、小四郎ったら着てあげなかったの? 姫の前が可哀想だったら! ちょっとこっちにいらっしゃい! 大体、別に選ぶにしたってもうちょっとマシなのあるでしょうに。なんなの、その地味っぷり」
「誠、誠。だが小四郎の場合、直垂をいくら派手にしても目立たないのは変わらないがなぁ」
「それもそうね。ま、御所様の護衛が小四郎の一番の任務だし、やっぱりこのまんまでいいかしら」
鎌倉殿ご夫婦のセクハラ&パワハラ攻撃は今日も健在だ。
小四郎は一連の流れをサクッと済ますと、イベント会場へと急いで向かった。その控室である侍所の詰所からは、賑やかな……いや度を超した騒音と陽気過ぎる笑い声が響いてくる。
あいつら、もう酒を入れてやがる。イベント前は絶対に樽を開けるなと、昨日あれだけ言ったのに。
とにかく、酒豪で暴れ上戸&泣き上戸の重忠が合流してしまう前に、やつら全員外に追い出さないと。
と思ったそばから、重忠がピタッと隣に並んで走っていた。咄嗟に足を引っ掛けて転ばせようとするものの、その身体に似合わぬ敏捷さでヒラッと飛び上がり、詰所の戸をガラッと開ける。
「お前ら、何、先に楽しんでやがるんだ! 俺も混ぜろ!!」
戸の前でバンザイする重忠の背を後ろから蹴り倒す。叫ぶ。
「お前ら全員、減俸だ! とっとと外に出ろ!」