「江間家の段」1
出演:江間小四郎(北条義時)、真朝(姫の前)、畠山重忠、源頼朝、北条政子(キャラは拙著「とかじり小四郎」より)
江間家の朝は、大抵にぎやかに始まる。
「痛ぁい!」
北の方(奥さん)の髪の毛がどこかにとかじって** 騒動が起きるのだ。
** とかじる=絡まるの方言
今朝は小四郎が枕元に置いていた直垂の紐だった。
「いやぁ、引っ張らないで!」
「や、ダメ! そんなに強くしたら……!」
「お願い、もっと優しくして……」
卑猥な言葉群のようだが、けっしてそうではない。
江間家の当主である江間小四郎義時は口を真一文字に引き結び、妻の髪の毛と格闘していた。
だが、毎度のことだが彼女、真朝の髪の毛は強い。その性格と相まってひねくれている。あちこち奔放に飛び跳ねる。
そこで提案をする。
「紐切っていいか?」
「ダメ!」
わかってはいたが、間髪入れずに却下される。
仕方なく黙って格闘を再開する。
このウェーブはある意味国宝級だ。長く真っ直ぐ漆黒に艶めくのが昔から美髪とされるが、この小川のようなさざなみを形作る真朝のロングウェーブも、その派手な顔と共に芸術的ではある。ただし、とかじりさえしなければ……。
ふと気づけば、小四郎はその片頬をムニムニといじられていた。指で摘まれて引っ張られる。痛い。爪が食い込んでいる。だが、ここで反応すると長くなる。面倒だから好きなようにやらせておく。
飽きたのだろう。真朝が下から至近距離で見上げ、しきりと邪魔をしてくる。暇ならば自身の髪を自身で何とかしてくれと思うのだが、一度そう言ってみたらひどく拗ねて余計に面倒なことになった。
「見えない」
拗ねられない程度に頭を横にのけて、また髪の毛と格闘を始める。すると今度は視界は遮らないまでも、ゴツゴツとその頭を小四郎の肩にぶつけてくる。スリスリと頬を寄せ、自らの匂いを移しにくる。クンクンとこちらの匂いを嗅いでくる。
猫か?
思えど、言うとまた話がややこしくなるから放置する。ただ心の声が外に出る。
「どうして毎朝とかじるんだ」
途端、真朝はポッと頬を染めた。だがその顔は邪悪なまでにわざとらしい。クネクネと身体が動く。人差し指がクルクルと小四郎の胸元を踊る。
「だってぇ……殿が毎晩激しいから」
毎晩激しいのは真朝の寝相だ。ツッコミは心の中だけで我慢して「そうか」とサラッと受け流す。
しかし、いい加減時間がかかり過ぎる。今日は特別なイベントがあるのだ。遅刻でもしようものなら、御所と姉の機嫌が悪くなる。小四郎はふぅと顔を上げ、凝った肩を回してゴリゴリと骨を鳴らした。
「諦めろ。切るぞ」
チャッと小刀を手にした途端、真朝は目にも留まらぬ速さで後ろに飛び退った。
「ダメ!」
とかじった髪の束と紐を自分の胸元に握りしめ、フーッと毛を逆立てて小四郎を威嚇する。やはり猫だ。
ちなみに「とかじり小四郎」は自サイトで公開していますが、普通に真面目な?歴史小説です。キャラやセリフは妄想誤訳ではなく、通常の半・現代語訳です。ご容赦ください。