9. 不殺の魔王
今日は日曜日で休日。多くの学生はだらだら部屋で過ごしたり、課題に明け暮れたり、恋人や友人と一緒に出かけたりしているだろう。
だがそれは普通の学生の話だ。
2つの世界の狭間で生きている普通ではない学生は、休日だろうと気を休めることはできない。
今日もまた魔王探しだ。
11月なり肌寒い季節となった、紅いマフラーに紅いスカートでそれっぽさを演出するマティルダと、頑張って秋っぽくしてみた紅葉の和服を着こなすフリュウが道を歩いている。
「これからどこに行くんですか?」
魔王探し、としか伝えられていないマティルダはフリュウに問いかける。意味もなく神や魔王に見つかるリスクをフリュウが取るとは思えない。
マティルダはフリュウから「俺は魔王だ」、と伝えられたがそのままついていくことに決めた。
魔王の中でも特殊な思想を持った魔王らしく、“半人神”の味方だと言う話を信じることにした。
「ちょっと神威を感じてな、複数の魔人がいるだろうから見つかったら全力で逃げろよ」
もしかしたらランドールというマティルダを疑っている魔王かもしれない。マティルダを連れてきたのは護りやすくするためだ、下手に留守番させてその間に連れ去られていた、なんてことが一番辛い。
フリュウの警告にマティルダは頷く。
「任せてくださいよ」
即答、あまり考えなしに頷いているのがわかるので、フリュウは更に警告を続けた。
「魔人単体でもマティルダより強いからな、ちょっと楽観し過ぎじゃないか?」
力関係で言うと魔力<神威となっている。自己加速など身体能力教化は魔力のみでしか行えないが、その他の面では全て神威に負けている。微量とはいえ神威を持った魔人のほうが強くなるのだ。
そもそも異形を使われただけで魔術による身体能力教化を行っている状態と変わらない。
だがフリュウの警告にマティルダは笑って返した。
「だってフリュウさんが護ってくれるんでしょ?なら安心」
マティルダの迷いのない瞳でこんな台詞を言われてしまった。フリュウは呆れと同時に照れる。そしてどう返せばいいのかわからなくなった。
「……そうか」
「うん」
「あまり俺の実力を過信するなよ、魔王が複数いたらさすがに辛いからな」
これは脅しで何でもないのだが、マティルダは調子を崩さない。
「はーい」
「わかってないだろ」
「えっへへー」
結局なんの警告にもならなかった。
マティルダはやはりフリュウがいたらなんとかなるだろう、という楽観を捨てきれていない様子だ。
フリュウとしても頼られるのは嬉しいが、もう少し“半人神”という立場を重く受け止めてもらいたい。一応命が狙われているのだ。
黙ってしまったフリュウにマティルダは焦れったくなり口を開く。
「それでっ、結局どこ行くんですかっ」
「そんなに聞きたい?」
「もちろんです」
マティルダはフリュウの話を真剣に聞いてないわけで、フリュウとしても話す義理などないのだが、死地になるかもしれない場所だ、事前にある程度心の準備をさせておくためにも話すことにした。
何度目になるのかわからないため息を、わざとマティルダに聞かせてから話を始める。
「路地裏を通った先にある喫茶店、東地区にそんなのあるの知ってた?」
路地裏、いかにも危ない雰囲気のする単語だ。実際マティルダが初めて異形に出会ったのも路地裏であり、少し身構える。
「路地裏……ですか」
あからさまに嫌な顔をした。だがフリュウは無理矢理でも連れていく、護るためにもそうさせる。
少し歩く速度が遅くなったマティルダの手を引き連行する。
「あーん、嫌だぁ」
抵抗を見せるマティルダだが、ギリギリと力一杯腕を掴まれて無駄に終わる。
マティルダは常人より魔力保有量が高く、魔力を巡らせれば一般男性から襲われても返り討ちにできるほど強いのだが、フリュウは神や魔王に匹敵する身体能力を持つ。抜け出せるはずがない。
「あんなに楽しそうにしてただろ」
マティルダは外出にワクワクしていたのだが、突然の手のひら返しにフリュウの呆れも加速する。
「いや、だって絶対でてくるじゃないですかぁ……」
「そりゃあそれ目的で行くんだろ」
「むぅー」
「膨れても離さないぞ」
頬をぷくっと膨らませて怒ったぞアピールをするマティルダ。だが力が弱まる気配はない。
押してダメなら引いてみろ、だ。
「わかりましたよ、もう逃げようとしませんから、痛いので手を離してください」
シュンとした誠実な態度でお願いをする。
さすがにフリュウも観念したか、と思って手を離した。
マティルダはその瞬間魔力を全身に巡らせ、勢いよく進行方向とは逆に走り出した。
「かかりましたねフリュウさん!もっと人を疑ったほうが……んぐ!?」
そこまではよかったのだが、マティルダの前方にフリュウがスタンバイしていた。
急ブレーキをかけ正面衝突は避けるのだが、勢いが弱まったところをフリュウに確保された。
「はいはい、ならマティルダはもっと鍛えるんだな、たぶん俺なら見てからでも追いつくぞ」
フリュウはマティルダが逃げることを予想していた。
マティルダはフリュウにお姫様抱っこをされながら喫茶店まで連行されることになった。
「あーん、はなせぇ」
ジタバタ抵抗をやめないマティルダだが、しばらくすると周囲の視線が気になった。
勢い任せにジタバタしていたのだが、冷静になるととても恥ずかしい行為だと気づく。
「フリュウさん」
「……どうした」
マティルダが上目使いでフリュウを見る。視線は恥ずかしさからか直視はできずフリュウの後方においた。
「その……恥ずかしいのですが」
羞恥心で身をよじらせる。
フリュウは平然とした態度を崩さない。
「だろうな、俺もけっこう恥ずかしい」
「なら離してくださいよ」
上目使いのままお願いをするが、さっき裏切ったばかりである。
「離したら逃げるだろ、だから喫茶店までこれで行こう」
なにも感じていないようなフリュウの態度にマティルダはムッと顔をしかめる。
「なんですか!フリュウさんは私のこと好きなんですか!」
半分自棄になりながら反撃に入る、だがフリュウはやはり態度を変えない。
周りからは完全に友達以上恋人未満の関係から恋人になろうとしている2人に見えている。
「うーん……」
「なんですかっ」
マティルダの顔を見定めるように眺めるフリュウ。
その視線が気に入らなくて不満の声をあげる。
「異性として好感が持てる、顔のパーツは文句なしだと思う、家事もこなすし性格も……」
分析したように文字を並べていく。
「え……」
マティルダは固まって動かなくなった。
フリュウは更に追撃を仕掛けた。
「俺がマティルダのこと、好きになってもおかしくないな」
「なっ……!?」
突然の告白?にマティルダは顔を紅に染める。
そして抵抗を開始した。
「なに言ってるんですかぁ!!」
ジタバタするマティルダだが、お姫様抱っこの体位では有効な手段がない。さすがにフリュウの顔面を殴るなんて行為は実行できないわけで、フリュウは涼しい顔でこの辱しめを続行する。
「おっと、抵抗するなら降ろさないよ?」
「う……」
ピタッと抵抗が止んだ。
「どうする?降ろしてほしい?」
「……もう逃げないので、降ろしてもらえませんか」
もう従順になっているだろうが、前科があるわけでフリュウも慎重になる。
「もし逃げたら?」
「今夜私のことを好きにしていい権利をあげましょう」
お姫様抱っこ中のこの発言、いろいろとマズイものをフリュウは感じた。
だがもう逃げないだろうと感じたので降ろしてあげる。
「はぁ……」
「あ、あの条件でいいんですか、男の子っ」
そんな流れで逃走しようとするマティルダだが、少しも離れる前にフリュウに肩を掴まれた。
恐る恐る振り向くと、にこやかな笑顔をしたフリュウがいた。
「絶対逃げるなよ」
釘を打たれ、言葉につまる。
初なフリュウをからかってやろう、そんな目論みは崩れた。
「う……了解しました」