6. 異形を討つ者
マティルダ邸付近の路地裏に、またしても非日常の住人がいた。
正義と裁きを意味する天秤の紋章を胸につけた白いコート、それを羽織った2人の男。
天秤の紋章をつけた者は“魔王対策局”の捜査官。
この世界において神と呼ばれる存在だ。
容姿は人それぞれだが神の臓器は老化しない、どんな姿であろうと魔王討伐経験のある歴戦の猛者である。
「……」
「どうしましたゲオルグさん」
相棒が急に立ち止まったことを疑問に思い声をかける。
ゲオルグと呼ばれたオレンジ色の髪に一部だけ黄色の前髪が特徴的な男はその場にしゃがんだ。
「ここだシェアト」
「そこに何か?」
シェアトと呼ばれる銀髪の男の子は相棒のしゃがんだ姿を眺めて首を傾げた。
人間ならば14~15歳となる容姿だが、過ごした年月は百を越えている。
「神威の臭いする」
「……それはどういう」
「魔人がここで討たれたということだろう」
緊張が走る。それは好戦的な魔王がいるという証拠だ。
ゲオルグは立ち上がり手のひらに不思議な紋章を具現化させる。
シェアトはそれを見て称賛の声を発した。
「“隔離交響曲”ですか、さすがゲオルグさんですね」
神は身のうちに秘める神威を魔術としてこの世に現す。
特殊な結界をはり、その内部で起きた違和感を緩和する。同時に結界周辺の人の記憶を一部上書きし、結界に入ってこないようにする魔術。
これをすることである程度暴れても問題ない、討伐者として優秀な魔術だ。
欠点があるとすれば、適正のある者が少ないということと
「さっそくお出ましだ」
「え!?」
神が来たということを魔王に教えてしまうということだ。
ゲオルグが魔術で槍を作ったとき、背中に羽を生やした男が2人路地裏に飛来した。
魔王と魔人は身のうちに秘める神威を異形としてこの世に現す。
羽を持つということは魔王もしくは魔人の証明だ。
「そっちから来てくれるとは、随分自信家な魔王だな」
「まったくですよ!」
ゲオルグは槍で異形の胴に穴を穿ち、シェアトは首を折っていた。
「先行組の役目、担当地区内の魔王の数を特定し特徴を探ること、まず1体は確定したな」
「ええ、たぶん事前に情報があった“収集の魔王”だと思いますが」
「いや」
ゲオルグはシェアトと言葉に顔を横に振った。
「神威の気配なんて普通しない、魔人が死なない限りな。魔王1人なら魔人が死ぬなんてありえないだろう、つまり魔王はこの地区に2人いるぞ」
「それは……めんどうですね」
「すっごいめんどうだな」
魔王は基本的に群れる習性がある、それは神も同じだ。
だが魔人が死んだ形跡があった。
群れる必要がない、という自信の表れだろうか。
ゲオルグはこれから起こるであろう正面衝突を幻視した。
「気を引き締めろよ、本隊がくるまでに片方は討つぞ」
「はい!」
2人の捜査官は路地裏を抜け新たな形跡を捜し歩き始めた。
マティルダ邸。
ようやくカボチャを消費しきったフリュウはソファに倒れていた。
「はぁ、やっと終わったのか」
「お疲れさまフリュウさん」
必死に胃袋との戦闘を繰り広げたフリュウに労いの言葉をかけてマティルダはお茶を運んでくる。
「はい」
「あー、ありがと」
フリュウはうつ伏せになったままティーカップを受けとると顔だけ持ち上げて飲み干した。
「ふふっ、もう」
礼儀も何もあったもんじゃない姿にマティルダは笑みをこぼす。
「なんだよ」
「いえ、同居人がいるって楽しいんだね」
「……わけわかんねぇ」
マティルダは身分的な関係で人脈が少なく、家の中ではずっと独りだった。学校に行けば友達がいるものの孤独感は消えない。
そこに突然同年代の居候ができたのだ、いろいろ事情はあるものの心の底から求めていた何かが潤った感覚だ。
「そうだ!明日のお弁当何がいいですか?」
「カボチャ以外なら何でもいい」
フリュウは倒れたまま今1番の願いを答える。
「そうだ!ちょっと待っててくださーい」
マティルダはうきうき顔で押し入れにいくと、そこからいろいろなゲームを持ってきた。
独り暮らしなのにパーティゲームばかりだ。
ガチャガチャとする音にフリュウは顔をあげてマティルダが持ってきた大量の箱を見て呆れる。
(誰とする用だよ)
箱の山をテーブルに置くとマティルダはまた押し入れに向かった。
「はい、フリュウさんどれしますか?」
ドッシーンと音をたてて箱の壁が出来上がる。
見てみると人生ゲームやオセロ、トランプやチェスまで多種多様なゲームが揃っている。
(テーブルゲーム専門店とか開けば稼げるのでは?)
フリュウは呆れながらため息を吐いた。
「……なんで人生ゲームが異様に多いんだ?」
「ついつい新作が出るたび買ってしまって」
照れながらマティルダは答える。
「独り暮らしなのに!?」
フリュウの本音だ。
明らかに必要ないだろうと。
「誰か遊びにくるかもしれないじゃないですかぁ!ノアとかグランとか!」
マティルダとしては魔術師に支払われる金額が多すぎて使いきれないから、という建前があるのだが、ならばもっと他の物に使えよと返されるのが目に見えている。
「ちなみに遊びにきたことは?」
「1回もありません」
「だろうな」
フリュウが可哀想な人を見る目でマティルダを眺める。
ノアもグランも頂点貴族としての身分があるせいで気安く他人の家に遊びに行くことなどできないらしい。
マティルダが泣きそうになったのでフリュウは仕方なく乗ることにした。
「人生ゲームはいいや、オセロで」
「ああ……この箱達は陽の目を見ることはないのですか……うう……まるで私のよう」
マティルダはわざとらしく倒れて嘆く。
「俺もオセロは譲れない」
フリュウにも譲れないものがあった、人生は人生ゲームのように誰もが億万長者になれるわけでも、結婚できるわけでもないのだ。
単にフリュウが人生というワードを毛嫌いしているだけなのだが。
「むーぅ」
頬を膨らませて怒ったぞアピールをするマティルダ。
「オセロじゃないと俺はやらないからな」
残念ながらフリュウには全く通用しない。
「わかりました!オセロで負けても文句言わないでくださいよ!」
「こっちの台詞だよ」
30分後。
結果。
「もう1回お願いしますよぉ……あーん」
マティルダはフリュウに泣きつく。
フリュウの3戦3勝、しかも最後の勝負では白1色になった。
圧倒的な実力差を前に泣きたくなるのもわからなくはない。
「だーめ、お風呂沸いてるなら入らせてもらうよ」
マティルダをずるずると引きずりながらフリュウはお風呂場に向かう。
「なんで勝てないんですかぁ、私この日のために何度もシュミレーションしたんですよ!?」
1人でオセロをしていたようだ。
フリュウはマティルダが悲しく茶番をしている姿を思い浮かべた。
「確かに見え見えな罠はたくさんあったな」
マティルダは対戦中「フリュウさん、ここ4つとれますよ」とあからさまな誘導を何度もしていた。結局フリュウにXを取らされて、そのまま角を取られていたのだが。
「言ってませんでしたっけ、これは先に5勝したほうが勝ちですから!」
マティルダの意外な強引さにフリュウは何度目かわからないため息を吐く。
その時だ。
「ん?」
結界を見た。
神威が壁をつくって通りすぎていくのを感じた。
「どうしたんですか、無視はダメですよ」
そんなことなど欠片も気付かないマティルダは文句を続ける。
フリュウにはもうマティルダに構っている暇はない。
「マティルダ」
「へ……?どうしました?」
フリュウの心境がが変わったのは気づいた。
「神がこの国に来たらしい」
「フリュウさんのお仲間ですか?」
「……まぁそうだな」
仲間がきたとしてはフリュウの返事は歯切れの悪いものだった。マティルダは違和感を覚える。
「だからさ、ちょっと会ってくるよ」
その言葉にマティルダは腕を離して立ち上がる。
「そうですか」
「いってくる」
「いってらっしゃい」
玄関でフリュウを見送った。
その時のフリュウの顔は、とても焦っているように見えた。
「絶対何かありますよね」
マティルダはフリュウの後を追った。