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「フリュウさん水浴びしてきていいよ……どうしたの?」

 マティルダはフリュウがいるということで気をつかって洗面所で着替えまで済ませてきた。

 白のセーターにワインレッドのスカート、季節感溢れる大人のコーディネートをしてきたマティルダをフリュウはじっと見つめる。

 内心ドキッとするマティルダにフリュウは口を開く。

「いや、少し話があってな」

 真面目な声音をするフリュウ、それを見てマティルダはまたかと思った。

 その話を聞いて昨日は衝撃を受けたのだ。破壊神だとか魔王だとかよくわからない。

 フリュウの話はどれもぶっ飛んでいる、マティルダとしてはまだ半信半疑というのが本音だ。

 だがこの世界の真実の話、何となくそんな気はする。

 だからこそ聞かずにはいられない、自分の知らないところで恐ろしい現実が起きている、それに興味を持たないはずがない。

「じゃあ早く水浴びしてきてよ、またご飯食べながら話そっか」

「いや」

 フリュウはテーブルの前のイスに座りマティルダにも座るように手振りで促す。

「どうしたの?」

「まぁ座れって」

 マティルダは言われるがままにイスに座る。

「食事なら水浴びの後にしてくれないかな」

 そういうジンクスだ。

「そうするけど、まずは聞いて欲しい、きっとマティルダはこの話を聞いたら少し一人になりたいはずだからさ」

 その時に水浴びしてくるよ、ということをマティルダは察した。

 そしてその言葉の暗示する意味を正確に理解する。

「そんなに辛いこと?」

 マティルダが少し痩せ我慢して不安を殺して聞くと、フリュウは笑って答えた。

「わりと辛いかな、すぐに立ち直ると思うけどな」

 マティルダは覚悟を決めた。

 ここまで聞いておいて話を拒むことなんてできなかった。

 それにすぐ立ち直る程度なら大丈夫だ、という希望もあった。

 マティルダが心構えをしたところでフリュウが話始める。

「マティルダは人間じゃない」

 何を言われても動じないぞ、と意気込んでいたマティルダだが一瞬で心構えを壊された。

「え……?」

「別に人間じゃなくても今までのマティルダに変わることはないから安心してくれ」

「ん……何を根拠に……!」

 他人事のように軽々しく言うフリュウに怒りを感じて乱暴にイスから立ち上がろうとするが、フリュウに額を指で押さえられ立ち上がれなかった。

「く……」

「俺に触れられる、それが根拠」

「どういうこと?」

 マティルダは怒りを静める。

 フリュウもそれを見て指を戻した。

「俺はちょっとした呪いにかかっててね、触るには“神威”っていう特殊な魔力が必要なんだ、けどその魔力を持つのは創造者だけ、言いたいことわかる?」

「私にそれが混ざってる……?」

 恐る恐る答えるマティルダにフリュウは笑みを浮かべた。

 その笑みが怖くてマティルダの体をブルッと震える。

「正解、マティルダは“半人神ハーフ”っていう別の種族だ」

 ハーフという言葉の意味を理解してマティルダが呟く。

「神と人の血が混ざってる……のかな」

 だがフリュウはそれに首を横に振った。

「わかんないんだよ、何で人に混ざるのか、神と人の間に子供ができるのかも不明だからね」

 やれやれとフリュウは肩をすくめる。

 だが人じゃないと言われたとしても、マティルダはすぐに受け入れることができた。

 種族が違えどこれからもアスト王国で魔術師を目指すこの生き方に変わりはない。

 マティルダはそう思っていた。

「ふぅ……それだけ?」

「あれ、もう納得した?」

「別に種族が違うだけじゃない、人間という生き物に誇りを持っていたわけじゃないわ」

 あまり驚かないマティルダ、フリュウはおかしいなぁと頭をかく。

 意外としっかり気を持っているマティルダを見てフリュウは少しいじめたくなった。

(なんか……恥ずかしいじゃないか)

 フリュウとしては未来を見透かしたような事を言っておいてマティルダは意外と反応が薄かった、何とも言えない恥ずかしさが込み上げてくる。

 フリュウは自身のプライドにかけて絶対マティルダを泣かしてやりたくなった。

「じゃあここで本題に入ってもよさそうだね」

「え……続きがあるの……」

 マティルダは露骨に嫌な顔をする。

 これ以上に衝撃的な事を言われるのは予想外だった。

 ちゃんと驚いてくれたことにフリュウは安堵する。

「さっき言ったようにこれまでの日常は変わらないけどさ、“半人神”として生きるなら神々の日常も追加される。マティルダはもう1つの世界も知ることになる」

「“半人神”として生きないなら?」

 もう1つの世界を軽く想像してみたマティルダ、まず浮かんだのが異形の男の子。

 あんなきみの悪い生物と戦争をする日常、それは嫌だ。

「それはできない」

 だがフリュウは現実を淡々と述べる。

「まず“半人神”の説明からしようか。“半人神”は特殊な能力があってね、魔王達によって歪んだ世界を少しずつ吸収して修復することができるんだ」

「修復できる……?」

 マティルダの言葉にフリュウは頷く。

「違う世界の住人による破壊活動、それは人々に違和感を与えて世界を歪ませる、だから俺達神々にとって“半人神”の発見は最優先事項だ」

 フリュウは肘をつき頭を手の甲に乗せ、マティルダを興味深く眺める。

「創造者にとっての欲望って何だと思う?」

「え……?」

 突然の質問にマティルダはキョトンとした。

「もちろん食欲とか性欲とかもあるんだけどさ、造り出す者にとっての一番の快感って何だと思う?」

「えー……と」

 フリュウは悩んでいるマティルダを置き去りにして話を進めた。

「壊すことだよ、人間だって禁止されてることをやりたがるだろう?」

 マティルダは何となく納得した。

 創ることを強いられている者だからこそ、それに反することをやりたがるのだろう。

「だから魔王は欲望のままに壊し続ける、はっきり言ってマティルダは魔王にとって喉から手が出るほど欲しい存在、狙われるよ」

「……!」

 マティルダはゴクリと唾を呑み込んだ。

「どんなに嫌がろうと、マティルダは創造者達の戦争に巻き込まれる、覚悟しとくんだね」

 フリュウはそう言うとイスから立ち上がって水浴びに向かう。

 マティルダはうつむいて考える。

(神と魔王の戦争……あんな異形がうじゃうじゃな戦争……イヤだぁ……!)

 人を壊す対象もしくは餌としか認識してない異形、マティルダは自分が食べられる姿を想像する。

 今すぐ手足をバタバタしてフリュウに向かって駄々をこねたいくらいだ。

 人の世界でもハードな人生に、さらにハードな世界が追加される。

 全部フリュウさんのせいだからね!と気づかせた本人に責任を擦り付けたくなる。

 だがマティルダはフリュウの予想を遥かに越えるスピードで思考を整理させた。

「どうしたの?」

 フリュウがお風呂場から出てくると、リビングの前でマティルダが待ち構えていた。

 そして勢いよく頭を下げる。

「フリュウさん、一晩と言わずこの家に泊まっていってください!」

 その言葉は私を守ってください、と暗示させる。

 フリュウはその暗示を正確に受け取る。

(大胆だなぁ)

 嫁入り前の娘が昨日会ったばかりの男と同居する、大丈夫なのかとフリュウは疑ってしまう。

(俺は今のところ手を出すつもりはないけど)

 だがそれなりに信頼してくれてる証だろう、先ほどの話を真剣に受け止めてくれているようでフリュウはホッ一息つく。

 フリュウもこれからどうするか特に決めていなかった。

 となると答えは決まっている。

「俺も……そのつもりだった」




「そうだマティルダ、まだ話してないところがあった」

「……え?」

 大学をサボることに決めたマティルダ、暇になった時間を潰すためにも買い出しに出かけることにした。

 フリュウを連れて。

 あの話を聞いてから護衛なしで出るのが少し怖くなったのだ。

 市場を歩いていると突然誰かに話しかけられてキョロキョロと周囲を見回す。

 重く太い声だ、フリュウのものではないのは何となく分かっているが

「フリュウさん?」

 マティルダは彼のほうを振り向く。

「こいつ」

 しかしフリュウは首を横に振って自分の胸辺りを指差した。

「我だ」

 どこから声がするのかわからない。

 フリュウを見ても口を動かしている感じはない。

「腹話術……上手だね」

「違うから」「違うぞ」

 何やってんだこいつ的な視線を向けられ弁解するフリュウと謎の声が交ざった。

 それを聞いて疑いを捨てる。

 どんなに腹話術が上手でも同時に二人の声を出すなんて不可能だ。

「……ほんとに体の中にいるんだね」

「食事前にいっただろう、一人芝居だったら単なる危ないやつだろうが」

 フリュウの言葉だがマティルダは素直に同意はできない、フリュウの実力的にただ歩いてるだけでも危ない人物だ。

「ほら挨拶」

「オニマルだ、よろしくなマティルダ」

「あ……うん」

 どこに目を向ければいいのかわからずマティルダは歯切れの悪い返事をする。

 居心地の悪さを感じたオニマルはフリュウを通じて話をすることにした。

「フリュウ、まだなぜ“半人神”が狙われるか本質を話してないだろう」

「あー、そうだった」

 マティルダがショックを受けて格好がついて満足した今朝の出来事、肝心な話を抜かしていたことを思い出す。

 そのやり取りを聞いてマティルダはあからさまに嫌な顔をした。

「まだあるんですか」

「そこまで嫌な顔をしないでよ、今朝の話を少し掘り下げる程度だからさ」

 フリュウは街中のベンチに座るように誘導する。

 座るとフリュウは咳払いをしてから話を始めた。

「“半人神”は違和感を修復するって言ったよな」

「うん」

「その前になんて言ったか覚えてるか」

 マティルダは少し唸って考える。

「吸収?」

「そ、だからその修復は一時的なものに過ぎない」

「一時的ってどういうこと?」

「死んだら戻る」

 躊躇うことなくフリュウは即答した。

 突然の死という単語にマティルダはビクッと肩を震わせる。

「しかもその違和感が同時にやってくる、人々は大混乱だろうな」

 マティルダは想像する。

 このまま大量の悪行を隠蔽し続けて死んでいったらこの国はどうなるだろうか。

 大量の迷宮入り殺人事件がすべて同時に魔王のせいになる、いや、魔王という存在を知らない一般人達は適当な理由をつけて無実の人を犯人にするだろう。

 修復をする、それは適切な理由を与えて誤魔化すことだ、冤罪を作るなど容易いだろう。

 地獄の底を眺めたようなマティルダの肩をフリュウは優しく叩く。

「……?」

「そう落ち込むなよ、俺が守ってやるから」

 真っ黒な目を向けたマティルダにフリュウは口角をつり上げて見せた。

「うん」

 マティルダも少し安心して頷く。

「“国殺し”。魔王にとって最大の快楽だ。少しでも可能性があるなら確実に摘まねばならん」

「わかってるさ」




「でさー……マティルダ?」

「はい」

 その日の晩、私用から帰ってきたフリュウは風呂に入って2階に上がった。そして目の前に置かれた現実に困惑する。

 場所はマティルダの寝室。豪華な屋根つきベッドがあるだけの部屋だ。

 月明かりと魔術による微かな明かりしかない。

「俺はどこで寝るの?」

「ここで」

 マティルダは自分の隣を指差す。

「もっかい聞くぞ、どこ?」

「隣です」

 答えは変わらない。

 フリュウはその意図がわからない。

「なんで隣?」

「護衛でしょ?」

 平然と何も無かったかのような顔をしているマティルダ。

 フリュウは本格的にマティルダには常識があるのか心配になる。

 買い物に行った時は特に常識が足りてないような素振りはなかった。家事もこなしていた、だが会って2日の男を家に泊まらせたあげく布団まで同じにするのは常識的行為とは思えない。

「護衛だけどさ、さすがに隣は申し訳ないと言うか」

「あ、もしかして緊張してます?」

 マティルダは純白のパジャマ、雰囲気は完璧に出来上がっている。

「当たり前だろ」

「ふふふ、可愛いなぁフリュウさんは」

「うっさい」

 フリュウはマティルダに近づいていく。

 だがベッドの一歩手前で足を止めた。

「せめてここだ」

 指差したのはベッドではなく一歩隣の絨毯だ。

「そこでいいの?」

「ああ、何かかける物があれば」

「はい」

 ベッドの上からマティルダが顔を出して掛け布団を半分フリュウに被せる。

「ありがと」

「いえいえ」

 それだけ伝えてフリュウは眠ろうとした、マティルダも眠ろうと努力した。

 だが歯切れの悪さを感じて眠れなかった。

「マティルダ」

「なに?」

 マティルダも何か区切りをつけようとしたが先に口を開いたのはフリュウだ。

「マティルダは……俺を寝室に連れ込んでも大丈夫なのか」

「なに?その質問」

「マティルダが常識あるのかわかんなくなってな」

 その理由が適切すぎてマティルダは笑みを漏らす。

「ふふふ、今考えてもそう思う。フリュウさんは紳士だから大丈夫かなって、違った?」

「いや、大正解だ」

 理由はしっかり持っていた、だがそれは相手がフリュウだから通用する常識だ。

 フリュウは信用されている嬉しさと同時に同年代の男として見られていない残念さも感じる。

 マティルダからしたら異質な強さを持っているフリュウはどちらかと言うと年上のように見えるのだ、だからこそ所々敬語が混ざる。

 そんなマティルダに男の恐ろしさの一片を見せてやりたくなった。

「信用されているわけだし、俺に襲われても文句言えないよなぁ」

「あれ、フリュウさんそうきますか、そんな度胸あります?」

 マティルダは意外感を示すがすぐに挑戦的な目をした。

「あるが、俺は相手はしっかり選ぶんでね」

 効かなかったか、とフリュウはお手上げをした。

「やっぱり紳士」

「ただのお人好しだ」

「ふふふ、そうですね」

 お人好し、本当にそうだなとマティルダは思う。

 仕事のようなものだが、初対面の人を救って、その上話し相手にもなってくれる、お人好しだ。

「護衛の報酬は、宿と食事でいいですか?」

「あとマティルダを好きにする権利があれば完璧だ」

 まだ続けるのか、とマティルダは呆れる。

「だから好きにすればいいって言ってるじゃないですか、どうせそんな勇気ないくせに。強がるフリュウさんも可愛いですよ」

「うるさい、おやすみっ」

 フリュウは柄にもないことを言った羞恥心ですぐに布団に隠れた。

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