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 商店街に屋台が出てそこに人混みができる。その人混みの音が微かに聞こえてくる位置にマティルダの家はあった。

 魔力を張り巡らせた特殊なレンガの家は広く、しかしマティルダ以外の住人はいない。

(うるさい……)

 大学から帰って楽な格好に着替え、リビングでマティルダは憂鬱げに本を読む。

 外から聞こえてくる楽しげな音の中で一人食事をする気になれなかった。

 ハロウィンだからという理由で少し贅沢な食事を作ったのだが、今は虚しいだけ。

「はぁ……もう読み終わった」

 分厚い本を閉じてため息を吐く。

「何だったんだろあの人は」

 一時間ほど前に起きた摩訶不思議な事件。

 羽のはえた異形とそれを切り殺した少年、それは突風のようにマティルダに強い印象を与えてすぐに去っていった。

「ああもう、うるさいっ!」

 外からの楽しげな音を聞きたくなくてマティルダは耳をふさいで寝室に行こうとした。

 もう音全てが嫌味にしかならない耳障りなもとに変わっていた。

 食事にキッチンパラソルを被せてリビングから出ようとした時だ。


 ガランガラン。


 魔力で増幅されたベルの音が家に響く。誰かが家に訪ねてきたようだ。

(誰?こんな時に)

 一人な自分という現実から夢の世界に逃げ出したかったマティルダは嫌々扉まで歩く。

(お祭りに誘ってくれるような友達はいないんだけど……)

 マティルダは大学での嫌な出来事を思い出す。

 GOGの数には限りがあるため魔術師は国にとって重要な存在、魔術大学に通う生徒はほとんどが家柄の良い貴族達。孤児のマティルダに見向きもしない、むしろ避けられている。

 誰一人友達がいないわけではないが、貴族の頂点に立つ家の出身、気後れしてしまう。

「誰ですか?」

 気力の感じない声で迎えた相手は、今日初めて出会った少年だった。

 突然の客人に驚いてマティルダに気力が戻る。

 少年は申し訳なさそうな目で見つめた後、先程のマティルダとは正反対な必死さで頭を下げる。

「頼むマティルダ!今日一晩俺を泊めてくれ!」

「え……?」

 少年の黒髪を眺めながら、マティルダは困惑して固まった。




「可能な限り出会わないようにするって言ってた気がするけど?」

 マティルダは呆れた視線で少年を見る。

「それがな……今日アスト王国に入ったばかりでお金も宿もなかったんだよ、マティルダに恩を売っておいてよかった」

 少年は調子よく笑いながらテーブルの反対側にいるマティルダに視線を向ける。

「女性の家に一晩泊めてくれって言う男性にマトモな人はいないと思ってるんだけどね」

「うっ……」

 少年は痛いところを突かれて返す言葉を失う。

 だがマティルダはまんざらでもない表情を浮かべた。

 マティルダは初めての客人にワクワクしていた。

 男は夜になると野獣へと変貌すると聞くが、少年を見ているとそうでもない気がしてくる。だからこそ恐怖より好奇心が勝って家に招き入れた。

「じゃあ食事でもしながら話を聞こうかな」

 マティルダはキッチンパラソルを持ち上げてテーブルの端にずらす。

 そして現れる食事の量に少年は嘲笑した。

「ははっ」

「何よ」

 突然の不快な笑い声に半目で少年を見つめる。

「いや、この量を一人で食べるつもりだったのかと思うとついね」

 だが少年の思わぬ反撃に誤解されてると受け取ったマティルダは焦って弁解した。

「それは……特別な日だから多く作っちゃっただけでっ……私が大食いとかじゃないからっ」

「ほんとかねぇ」

「とにかくっ!早く話を進めるの!」

 少年からのニヤニヤした視線に机を叩いて抗戦する。

 これ以上いじるとマティルダに家から追い出されそうだったので、少年は仕方なく話を始める。

 二人ともほぼ初対面のはずなのだが、仲良くなりたい者が二人集まってすぐに打ち解けていた。

「じゃあまずは自己紹介からいこうか、マティルダは神様は存在すると思うかい?」

「……それ自己紹介?」

「その前ふりみたいなやつだよ」

 自己紹介と言いながらいきなり話を脱線させる少年の意図がわからずマティルダは首を傾げた。

 少し考えてから答えを出す。

「いないと思ってる」

「それはどうして?」

「この世界は不公平だから」

 少年の問に即答する。強い訴えを持って少年を見た。

「ほう」

 即答されたことに少年は意外感を隠せない。

 だがそれを論破する意見を持っていた。

「残念だけどそれは間違いだ、内側を知っている俺からするとマティルダの意見は完全に的外れとしか言いようがない」

「どうして?」

 自分の意見がはっきりと否定されたことよりも好奇心が勝ってマティルダは興味深く少年の言葉を耳を傾ける。

 二人とも食事を忘れて語り始めた。

「まず始めに神は存在すると言っておこう。そして神達はこの世界を平等に創った、人生においていろいろな出来事がプラマイ0になるようにね」

 少し長く話して口が乾いた少年はコップを手に取る。

「なら何で成功する人と失敗する人がいるの?」

 話を聞いて生まれた素朴な疑問。

「神がいじれるのは生まれた時に持つ運命だけ、努力してそれをねじ曲げた人達が成功しているだけだ、皆同じだと文明が発展しないだろ?」

 その疑問に今度は少年が即答する。

「マティルダは、自分が不幸だと思っているのかな」

 その問にマティルダは口ごもる。

 誰か周りと比べれば自分のことは下に見えないこともない、だが上を見ても下も見てもきりがない。

「マティルダは魔術師になれるほどの才能を持っているんだ、不幸だと思っているなら間違いだ」

「わかってる……」

 確かにそうかもしれないと思ってしまう。

 GOGの研究の結果、人間の臓器にもそれに似たものがあるとわかった。だから日常的に魔術を使う人は大勢いる、だがそれは日常の手助け程度にしかなっていない。

 規模が小さすぎたのだ。

 やはりGOGを用いなければ魔術文明の発展の手助けにはならない。そしてGOGを用いて規模の大きな魔術を使うには常人の何倍もの魔力保有量が必要になる。

 それを持っているだけ他人より優れているものがあるだろう。

「けどそれだけの魔力があるからこそ、世界の闇を見るかもしれない、プラマイ0ってわけだよ」

「代償ってこと?」

「そうなるな」

 マティルダは魔術師という憧れの仕事が少し怖くなってきた。

 魔術を用いて国のために戦う、誰かを助ける、そんな憧れにヒビが入るのを感じて顔を伏せた。

 そしてどうしてそんなことを知っているのか、少年のことを知りたくなった。

「君は……何者なの?」

「これから言うこと信じてくれる?」

「うん」

 何を信じるのかわからなかったが、マティルダは形だけで頷いた。

 これはわかってないなと少年は察したが、どちらにしろ話さないといけないことだと感じてそのまま続ける。

「俺の名前は磯鷲風流、破壊神です」

「はか……え?」

 名前も複雑でよく聞き取れず、さらに続く言葉も理解できない。

 二人の間に沈黙が訪れる。

 風流と名乗る少年は真剣な顔で必死に頭を働かせるマティルダを見つめる。

 ようやく話をまとめたマティルダが口を開いた。

「変な名前してるね」

「そりゃ悪かったな」

 よくやく口を開いたかと思えば名前に文句をつけられ風流はムッとする。

「俺からしたら異国のお前らの名前のほうがどうかしてる」

 その発言を無視してマティルダは考えた。

「うーん、呼びにくいからフリュウでいい?」

「さっそく削るのか、別に好きに呼んでくれて構わないが」

 フリュウはやれやれと肩をすくめた。

 ようやくできた友達にマティルダはにっこりと笑みを浮かべる。

「じゃあこれからよろしくねフリュウさん」

「さん付けなのか」

 フリュウが呟く。

 初対面みたいなものだが打ち解けた二人だ、さんを付けるのは上下関係を築いているようでフリュウは意外感を示す。

 だがマティルダには明確な理由があった。

「だって……フリュウさんって何歳?」

「一応17だな」

 あくまでもこの容姿の年齢をフリュウは話した。

「年下な気がしないし……呼び捨てするのが申し訳ないような気がして……」

 マティルダはフリュウをまじまじと見る。

 顔はそこまで大人びている様子はない、身長も年齢としての平均程度だろう。

 問題は服装と路地裏で見せた実力。

 紺の甚平はアスラ王国ではまず見ない服装だ、異国の文化という補正が入って大人な感じが漂って見える。

 フリュウの剣術、魔術を使っていたのかもしれないが巨大な腕を一刀両断していた。

 これらの理由によりマティルダはさん付けを強いられている気がしてならない。

「……よくわからないが、俺はマティルダって呼ぶからな」

 疑問に思いながらもそれを受け入れることにした。

「わかった、じゃあ次なんだけど」

 マティルダは頷いて最大の疑問点をぶつける。

「破壊神って何」

「やっぱ信じないよな、ま俺じゃなくて俺の中にいるんだけど」

 予想はしていたが真面目な発言を信じてもらえないのはショックだ。

 フリュウはテーブルに肘をつき両手で顔を覆ってため息を吐く。

 気を取り直すのに少し時間がかかった。

「じゃあまずこの世界の話をしようか」

「どうして?」

「理解してもらうためには必要なの、まぁざっくりと説明するから」

 そう言ってフリュウは両手の上に2つの氷の球体を作る。

「世界は2つの派閥に別れててね、1つは神の世界、もう1つは魔王の世界」

「わかんない単語がまた増えた……」

「魔王も神みたいな存在だって思えばいいよ」

 フリュウは1つの球体から小さな粒を出して、もう1つの球体に移動させる。

「そしたら魔王が神の創った世界に攻めてきた、それを駆逐するために神も出陣したってわけだよ」

「何となくわかったよ」

 マティルダの頷きを半信半疑の目で見てフリュウは真面目な声音に変えた。

「これを聞いたからには記憶を消しておきたかったんだけど、なぜかマティルダには効かないんだよな、人間なら効くはずなのに」

 意味がわからない意を表してフリュウは肩をすくめた。

「喋ったりしないから大丈夫だよ」

 マティルダは自分は記憶を消されない安堵から楽観的になって答える。

「大丈夫だろうな」

「約束する」

 案の定フリュウが疑いの目を向けるのだが、マティルダはそれを深く考えることもなく頷く。

「ちょっと信用ならんな」

 やはり不安になったフリュウがイスから立ち上がって反対側のマティルダのもとに歩く。

「な、なに?」

 座ってるマティルダを見下ろすフリュウ、それは圧倒的な存在感と威圧感を放ちマティルダは戸惑う。

 何かまずいことでもあったのか、と考えるマティルダにフリュウは右手を伸ばした。

 見たことがある仕草だった。

 額に触れる寸前まで伸ばされた手は意識を刈り取るほどの激痛をもたらした記憶がある。

 つまりやることは決まっていた。

「念のためもう一度記憶消去を試そうと思ってな」

「え、待って」

 逃げようと試みるもフリュウの放つ威圧感にやられて足が動かない。

 ここまで圧倒的なオーラを放つ人をマティルダは見たことがなかった。

 人が纏う覇気というのはその人の生き方とその年月に比例して大きくなる。

 マティルダは魔術大学で天才と呼ばれるような生徒を見たことはあるがこれほどの威圧感を感じたことはなかった。

 だからこそわかった。

(神様ってほんとにいるんだなぁ)

 激痛の最中にそんなことを考え、マティルダは意識を手放した。

 イスに座ったままぐったりとしてしまったマティルダを見てフリュウは青ざめる。

(やっばい!やってしまった!)

 とりあえずマティルダをソファに寝かせておく。

 さすがに女性の寝室に入るのはやめておいた。

「どうしよう……オニマル」

 この状況を客観的に眺めたら女子大生を気絶させた同年代の男子にしか見えない。

 これは明らかに誤解される、それだけでなく強姦未遂の疑いで拘束されるかもしれない。

 フリュウはこの国の軍隊から逃げる程度余裕なのだが、マティルダに家から追い出されるのはどうしても避けなければならない。

 野宿は絶対にいやなのだ。

 自分の体の中にいる破壊神に助けを求めるが。

「我に聞くな、お前がやったことだろう」

「そうだけどよぉ」

 フリュウは1度冷静になり考える。

 一応発言では一晩泊めてくれることを了承してもらったのだ。

「明日部屋探しにいくか」

「金もないのにか」

「そうでした」

 フリュウは自分の財布が空なのを思い出す。

 そしてやはりマティルダを頼るしかないという結論に辿り着く。

「明日本気で謝るか」

「そうだな、お前の執事姿が目に浮かぶ」

「うるさい」

 フリュウは魔王を討伐するまではアスト王国に滞在しなければならない、執事なんてやってる暇はないのだ。

 フリュウはソファの隣にある高そうなイスに座って足を組む。

「じゃあマティルダ、また明日」

 フリュウはそのまま眠りについた。




「うーん……朝だ」

 カーテンの隙間から微かに入る日光を浴びてマティルダは目を覚ました。

 ソファに寝転がりながら手を伸ばしてそりをする。

「あっ……フリュウさんは!?」

 思考が回るようになるとすぐに思い出したのはフリュウのことだ。

 昨日の夜気絶させられたのはよく覚えている。

 だがそれ以上にフリュウがいなくなっていないか、それが心配だった。

 寝転んだまま顔を動かして探すが見つからず、ソファから飛び起きると隣のイスに座って寝ているフリュウを発見した。

「まったく、どうしてそこで寝てるんですか」

 イスで寝なくても別の部屋にいけば布団があるのに、とマティルダは思うが彼なりの礼儀だと受け取った。

 フリュウがいることに安心したらマティルダの意識は生活へと注がれる。

 マティルダは学生で独り暮らしだ。

「キッチンパラソルはしてあるね、よかった」

 テーブルの上の朝ごはんを心配したら次は大学だ。

 大きな振り子のついた時計に視線を向ける。

「もう9時……今日は大学やめておこうかな」

 どうせ大学にいっても楽しいことはない、昨日の件で疲れていることを理由にしてサボることにした。

「フリュウさん起きてよ、朝だよ」

 大学を休むと決めたら一気に肩の荷が下りた気分だ。

 マティルダは座りながら寝ているフリュウの顔を掴んでゆさゆさと揺さぶる。

「んんー……あと少し……」

「ダーメ、はやく起きて食べないと片付かないでしょ」

 寝ぼけるフリュウをさらに強く揺さぶる。

「ふあぁあああ」

 大きな欠伸をしてフリュウが目を開けた。

「私水浴びしてくるから、ちゃんと起きてね?」

「ああ……んあ!?」

 マティルダがお風呂場に向かおうとするとフリュウが奇声をあげた。

 マティルダは思わず立ち止まってフリュウのほうに振り向く。

「どうしかした?」

「いや……何も」

「そう?私が出たら水浴びしていいからね」

 フリュウの奇声を寝ぼけだと受け取ってマティルダは歩いていく。

 マティルダの背中を眺めながらフリュウはイスの上で丸まり、身の内に秘める相棒オニマルに助けを求めた。

「どうして……何でマティルダは俺に触れるの」

 フリュウは驚愕の声音をしている。

 そんなフリュウにオニマルはため息を吐いた。

「はぁ……理由はわかっているだろう」

「まぁな、わからないのはなぜここにいるのかだ、たまたま助けた女性ってだけだぞ」

 偶然マティルダと出会ったことに驚きを隠せない。

「そこは我にはわからんが、見つけてしまったのなら守るしかないな、この戦争の鍵を握る存在」

 もう一度フリュウはマティルダを見る。

 マティルダの人生を大きく変えてしまうことに悲しさを覚えながら呟いた。

「“半人神ハーフ”」

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