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18. 美味しそうな餌

 マティルダが学校から帰るとすぐに“ありす”に向かい裏口から従業員用の控え室に入った、ウエイトレスの服装に着替えてバイトスタートだ。

「ミコトさーん、入りました……あれ?」

 いつも和気あいあいと魔王や魔人で賑わっている異形達の喫茶店“ありす”が、何やら重い空気に包まれている。

 探していた店長ミコトは、多く客達に囲まれ、テーブルで新聞や地図を見ながら会議をしている。

 マティルダが戸惑っていると、感覚の鋭い魔王達はすぐに気付いた。

「ああマティルダちゃん、ちょっと来てくれる?」

 ミコトがテーブルに来るように手招きをした。

「マティルダちゃん?」

「新人ですか?」

「噂の“半人神ハーフ”ですよ」

 魔人達の中でマティルダという名前はそれなりに知られているらしい、客達の中で声があがった。

「ど、どうもっ、おせわになってます!」

 客達からの視線、しかも魔人達の視線だ。それに耐えられるほどマティルダは図太くない。頭を下げて挨拶をしておく。

「ええこやぁ」

「食べたりしないで大丈夫」

「私達は味方だから」

 喫茶店“ありす”にくる魔人達は全員、ミコトやフリュウと同じ思想を持っているらしい。“半人神”であるマティルダを護るべき対象として温かく迎え入れる。

「あ、ありがとうございます」

 はにかみながら頼もしい魔人達に笑顔を見せる。

「おほん……おしゃべりはそのくらいで」

 マティルダの登場で少し浮わつきかけた客達に、ミコトは咳払いをしてから注意する。

 ミコトは強力な魔王としてこの中ではリーダー格として見られているらしい、すぐに魔人達の表情が引き締まる。

「まったく、これからする話はそんな笑顔で聞き流せるような問題じゃないんだからね?」

「何かあったんですか?」

 マティルダの問いかけにミコトは新聞を広げて見せた。

「ここ」

 そして1つの記事を指差した。

「……東地区連続喰殺事件の恐怖再び」

 マティルダは大きく書かれている文字を口に出した。

「まさかこれって……!」

「間違いなく魔王の仕業ね、“収集の異形(コレクター)”以外にも魔王はいるけど皆鳴りを潜めてし、確定かな」

 あなたも魔王じゃないですか、とは思わなくなった。ミコト含むここにいる者達は普通の魔王とは違う。

 マティルダからして信じられる人達だ。

「この国に魔王って複数いたんですか」

「いるけど神が来たからね、お引っ越しする魔王も隠れる魔王もいるね」

 私達は隠れる魔王ね、とミコトは続けた。それに客達も頷く。

「それで一番の少数派になるけどそれだけ実力に自信があるって魔王が、フリュウ団長みたいな闘う魔王」

 神が来てもお構いなしにやりたいことをやり続ける、そんな危なっかしいことをする魔王達の中に“収集の異形”も入っている。それは実力者だからこそとれる選択だ。

「それで……どこに落ち込む要素があるんですか?」

 この話を聞く限りは、会議をしなくてはいけないような内容とは思えなかった。

 様々な魔王がいて、それを駆逐するため神と戦闘が起こる、その程度だろう。大きな問題かもしれないが、隠れる魔王達には関係ないのではないか。マティルダの認識ではそうだった。

「……実はね」

 ミコトは躊躇いがちに口を開いた。客達も悲しそうな面持ちでリーダーを見つめる。

「“収集の異形”が暴れだして、うちの常連さん達が餌食になったのよ」

「え……なんで……」

 なぜ突然、とマティルダは考えた。不用意に魔王や魔人を殺すと神威が放出されて神に居場所がバレる危険性が高まる。そしてフリュウも捜索をしているのだ。さまざまな危険要素を受け入れてまで何をしたいのかわからない。

 だが、ミコトはキッパリと断言する。

「いろんな危険を伴ってもやりたいことがあるんでしょうね、最大の快楽“国殺し”」

 またでてきた不吉な単語に、マティルダは唾を呑み込んだ。

「……命より大事なんですか、それは」

 欲求のために破滅する道を選ぶなんて、マティルダには考えられない。

「大事でしょ、マティルダちゃんは見たことないかな、一時の快楽のために破産していく人間を」

「あ」

 考えられなかったが、知っていた。

「それと同じ、だからヤツは死ぬ気で狙ってくるから、快楽のために必要なピースを」

「そのピースは……私ですか」

 恐る恐る聞いたマティルダに、ミコトは本当のことを伝える。

「わかってきたかな。そのためにヤツは異形をかき集めてる、だから魔人を殺し始めた」

(……全部私のせいか)

 自分の不用意な行動が起こした魔王との遭遇、それをきっかけに自分の周りは歪み始めた。

 マティルダは無言でミコトの言葉を受け止めながら、自虐的な、だが人間として正しい選択を考える。

「今はナキとルカがお友達を護ってるけど、あなたが出てこないならどうなるかわからない、強引に直接狙ってくるかもね」

(私は……人間の歪みを吸収するけど)

 もし護衛の2人がやられたら、どうなるかはわかる。

 あの魔王は狡猾な手口を使うと知ったから。

「神も活発に動き回ってる、決戦の時は近いわ」

(その歪みを被る人達は……私の周りの信じられる人達だ)

 その狡猾な手口は、マティルダの大切な者を壊していくだろう。

「それでね、その会議の内容は、あなたをどこに置いていくか」

(私はこれ以上、巻き込みたくない)

 それは絶対に嫌だ。

「もちろんタダであなたを渡すわけじゃない、居場所が割れればヤツは殺せるはず、あなたも生きてる」

(これ以上、私のせいで傷つかないで)

 マティルダは悲鳴のような結論を導き出す、周りのためという建前で、時分を助けるための結論を。

「だから最終確認をしたいの、もちろん断ってくれても構わない、時間をかけてゆっくりなら団長か神の連中が見つけるはず」

(これから傷つく人達は……ノアやグランだ)

 選択肢はもう残されていなかった。

「やります」

 以前ミコトに提案した餌作戦、それはミコト含む魔王や魔人達の協力もあり、すべての犠牲をマティルダだけで解決するという、世界でも類を見ないほどの自虐的思考として、この地図の上に乗っかっていた。

 神と魔王と魔王と半人神、偶然にも運命の交錯路に立ち入ろうとしていた彼らを、無理矢理交わらせるという作戦は、

「私が……美味しそうな餌になれば、いいんですよね」

 すべての鍵を握る1人の大学生によって始まろうとしている。

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