17. 俺は信じる
人通りの多い商店街の端に置かれた1つのコンテナ。町の雰囲気に合わせて煉瓦色のペンキを塗りたくった狭い1部屋。そこに2人の神が住んでいる。
なにを隠そう、ここは“魔王対策局”アスト王国東地区支部だ。そして2人の神とはゲオルグとシェアトのことである。
ゲオルグは窓から差し込む日差しを浴びてもくもくと資料を読んでいた。
「おはようこざいます、ゲオルグさん」
1人で熱心に作業をする上司を見て、シェアトは寝ぼけ眼を叩き起こしてから挨拶をした。部下である自分がゆっくり眠っていたことに申し訳なさを感じる。
「おはよう」
ゲオルグはにこやかに答えると、すぐに目を資料に戻した。ゲオルグの見ている資料はどれも古いようで、紙が黄ばんでいたり傷んでいる。
「古い資料を読んでますね、何年前のものですか?」
「……計算は苦手だ」
ゲオルグは少し考えたのだがすぐに諦めた。シェアトは失敗したなぁ、と頭ひ手をやる。
「じゃ、じゃあ誰の資料なんですか?」
シェアトは質問を変える、するとすぐに答えが返ってきた。
「“明星の異形”だ」
先日“収集の異形”と思われる魔王の痕跡を追って、魔人を討伐している最中に現れた最高駆逐レベルを誇る謎多き魔王。その通称の名をゲオルグは呟く。
(やっぱり、生かされたみたいで気にくわないのでしょうか……)
シェアトは心当たりがある。
魔王は討伐されるべき宿敵、そして魔王からも神は宿敵だ。
だが“明星の異形”は違った。
(僕達を……なぜ生かしたんだ……!)
認識の違いがあったように感じる。
確かに生き残ることができた。数多くの神を殺した災厄の魔王という絶望、それと遭遇して生き残れたのは奇跡だ。当然感謝もある。これでまだ“収集の異形”を追える。
だが、まるで自分達を敵と認めれないほど弱いと、そう言われている気もした。
「シェアト」
「はい」
何やら考え込むシェアトを察したか、ゲオルグが悩みの種を吐いた。
「お前が気絶してからな、ヤツは言ったんだよ、俺が“半人神”を護るってな」
「……どっちの意味でしょうか」
魔王にとって“半人神”は快楽を生み出す最高級の道具だ。己の快楽のまま破壊活動を行っても、それを神に察知されないように吸収してくれる道具、そして最後には壊す。
コツコツと貯めていったブタの貯金箱、それを壊すのは寂しくもあり、同時に幸せを運んでくれる。それが“半人神”だ。
だから、護る箇所は2つある。
神や魔王に快楽を邪魔されないために護る。
貯まった歪みの貯金箱を壊されないように護る。
普通の魔王なら間違いなく前者だ。
「ヤツはこちら側だ」
「え?」
ゲオルグは書類を眺めながら、平然と言った。
「なぜです?」
普通の思考ではそうなることはあり得ない、なぜなら神の味方をする魔王など例はなく、魔王の味方をする神も例はない。
この2つの創造者達は、交わることはない。そう考えられてきた。
「また大学から、2種類以上のの神威を発見したろ」
「はい、その中に“収集の異形”の神威も含まれていましたね」
シェアトがそう発してから少しの沈黙、ゲオルグはシェアトに理解する時間を与えてから話し出す。
「その時、確かに俺達は“明星”と“コレクター”が闘った、という仮説を出したよな」
「ですが死んだとしたら放出された神威が少なすぎる、“明星”はレベル10で“コレクター”はレベル8、間違いなく殺せるほど実力は離れている。それでその仮説はなしになりました」
シェアトの補足にゲオルグは頷いた。
駆逐レベルは単体の能力であり、取り巻きなとは関係していないが、駆逐レベル10というのは未知数だ。レベル8とレベル9の差より、レベル9とレベル10の差のほうが大きい。
言ってしまえばレベル10は、神々の全戦力をぶつけない限り殺せる気がしない、という数字だ。
最高神ですら届かなかったレベル10に、魔王単体で勝てるはずがなかった。
そして、それは単体での話に変わる。
「例えばコレクターが“明星”が護る“半人神”に手をだし、戦闘になった、“明星”は護りながらレベル8の猛者を相手にしていたとしたら」
「……逃げられる可能性があると」
ゲオルグは頷く。
「ヤツの言葉通りだと、色々とつじつまがあう」
ゲオルグは先日、絶望と対峙した時のことを思い出す。
「あの時俺達を生かしたのも、“半人神”に危機が迫っていた、少なくとも“半人神”を絡む何かだ」
ゲオルグは立ち上がり、真面目な顔で突っ立っているシェアトの横をすり抜けて巡回の準備をした。
「ヤツに接触するぞ」
「ええ!?」
天秤の紋章がついた白いコートを羽織って出ていこうとするゲオルグをシェアトが止める。
急いで準備をしながらの質問。巡回には賛成だが理由を聞かせてほしい、という意思表示だ。
「接触してどうするんですか」
「一時的でいいから協力してもらう」
魔王に協力、それは対策局の違反行為になる。
「しかし……それがバレたら」
「処分を食らうのは俺だけでいい、俺はヤツを信じる」
「なぜ、信じるんですか」
反逆者として神に処刑されるかもしれないのだ、その命を魔王のために散らしていいものか。シェアトはゲオルグを心配そうに見つめた。
するとゲオルグは笑って答える。
「ヤツはあの時な、女の名前を言ったんだよ、護るってな」
照れながらもゲオルグは言葉を紡いでゆく。
「道具に名前はつけねえだろ」