13
「――――――っ!!??」
激痛が走った。
釘をトンカチでネジ込められるような感覚が身体全体を駆け巡り、燃えるように熱い。
左肩の感覚は鋭く、空気を燃料としてさらに燃え上がる。
初めて体感する、皮膚を裂かれ、筋肉を砕き、神経を噛みきられる行為。
体位だけで見るととても甘ったるいのだが、その内容は辛口だ。
痛みに慣れているフリュウでも辛いのだ、初体験で平気な顔をできるはずがない。
激痛をなんとかして乗りきろうと、マティルダはフリュウに渾身の力でしがみつく。
「……ん」
「はぁ……はぁ……」
フリュウの腕の中でマティルダは酸素を求めた。
この痛みの中で死んでしまうのではないか、そんな不安が過ったからだ。
「美味しいよ」
大丈夫?と聞くことはできなかった。
大丈夫です、自虐的なマティルダはそう答えるに決まっている。
フリュウはもうマティルダに無理をしてほしくない、だから満足できたことを伝えた。
「それは……よかったです」
フリュウに頭を撫でられているが、それを当然だと受け入れる程度にマティルダは不安だった。
むしろ撫でられて安心する。
フリュウの胸に顔を埋めること1分ほど、少しずつ痛みは引いていった。
「もう大丈夫ですから」
「もういいのか」
「はい、もう撫でるのやめてください」
「……それは悪かった」
無意識で、やるべきだとして手が勝手に動いていた。フリュウは慌ててマティルダの頭から手をどかす。
「食べられるの、こんな痛いんですね」
「命かかってるからな」
マティルダは芝生に正座して、フリュウは噛みきった肩に“サソリ”の一部を与えて治療中。
「数日は黒い肩で我慢してくれ、少しずつ皮膚と同化するから」
「わかりました」
治療が終わるとマティルダは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「ちょっと鏡を」
言い終わるまえにマティルダは急いで校舎に戻っていく。
「わかった」
聞こえてないだろうが自分の中で確認するかのように呟いた。
女の子だなぁと思うが、普通の思考でも自分が他人にどう見られるのかは気になるものだ。
フリュウは再び警戒をしながら昼寝をすることにした。
(マティルダの肉ほんと美味いな)
舌に微かに残る旨味の余韻に浸りながらフリュウは目を閉じた。
(また食わせてくれないかなぁ)
無理はさせたくない、そうは思っても1度知ってしまった“半人神”の味。“共食い”ばかりしてきたフリュウには革命的だった。
(うう……軽々しく食べてなんて言うんじゃなかった)
喫茶店“ありす”でミコトがフリュウを食べていたが、フリュウはそこまで痛そうな素振りはせず、少ししたらいつもの調子に戻っていた。だからそこまで痛くないのでは、と思っていたが想像以上に痛かった。
肩は異形によって修復され、もう自由に動く。
鏡を求めてトイレにでも入ろうかと思ったマティルダは、校舎に入るまえに呼び止められた。
後ろから。
「ねぇねぇテイルゥ」
「え?」
一瞬どこに音源があるのかわからなかった。
少し粘りけのある声に後ろを振り向くと、仲のいいクラスメイトの2人が待ち構えていた。
マティルダはフリュウのことが気がかりで、2人をほったらかして一直線で芝生に走っていっていた。
(気をきかせてくれたのかな)
そう思ったのだが、それがすぐに単なる興味での行動だと気づく。
誰でも友達の恋愛には興味はあるだろう、2人にはなにもやましいような感情はない。
「ノアにグラン、芝生でお弁当?」
マティルダの普段の返答が2人にはわざとらしく感じた。
2人の中の女子生徒のほう、勉強熱心でなにかと話のあう、真っ白けっけノアが答えた。
「違う違う、それよりテイルっ、フリュウさんとなにかあったんでしょ、よかったじゃない」
キャッキャッと意地悪にも聞こえる遠回しな発言をして一人で舞い上がるノア。
その横、あまり恋愛に興味がなさそうな印象を持っていた男子生徒、グランがノアに続いた。
「仲がいいんですね」
またしても遠回しな発言をにこやかな顔で言われた。
「いや、仲がいいとかそういうのじゃなくて」
マティルダは言葉を濁すしかない。まさか見られてた聞かれてたとなれば大問題だ。
(フリュウさんに記憶を消されちゃう……)
この親しい友人を巻き込みたくない。
「そうよねぇ、仲がいいを完全に通り越しちゃってるもんねぇ」
「フリュウくんなら今でも魔術師になれるレベルですし、マティルダさん、いい男性を見つけましたね、御幸せに」
グランは真面目だが、ノアは顔が笑っている。
他人から見たら確信をもてる現場でも、マティルダからしたら完全なる勘違い、さすがに言い返したくなる。
「あのですね……」
とはいえ、もし食べられているところを見られていたらなんと説明すればいいのか。
頭を抱えて少し考えた。
その間が、友人を誤解させることになる。
「やっぱり、いけないことしてたんでしょ」
「はぁ……ノア、そこらへんで」
「わかってないなぁグラン、あんな現場見てなにも追及しないほうが失礼ってもんでしょ」
(それは絶対ないよ!)
さっきの現場は見せつけたいから外でやっていたわけではない、むしろ隠れるためだ。
マティルダは叫びたかった。
だがそれ以上に見られていた、こちらが重要だった。
「もしかして……見てました……私とフリュウさんの」
恐る恐る確認する。
「やっぱり、フリュウさんと熱々だったもんね」
「マティルダさんの頭でフリュウさんの顔を見えませんでしたが」
なんとか誤魔化せる、いや、勘違いしてくれているようだ。
まさか肩を食べられていた、なんて明確に見ていない限り候補に入ることもないだろう。
マティルダは内心ホッとするが、違う問題も浮上してくる。
「つけてたの」
「あっはっは、ごめんごめん」
「ノアがどうしても見たいと言うので」
「こらっ、私も身代わりにするな」
マティルダにノアとグランの熱愛情報なんてものが伝わったら、間違いなく気になるはずだ。
(仕方ないか、それより見られてなくてよかった)
今現在の関係を維持する、つまり2人を巻き込まないようにすることは可能だろう。
そうマティルダは思っていた。
しかし、その希望は叶わなかった。
残酷にも、敵は来た。