12. 真昼の白兎
今日も4時間フリュウは出欠確認だけ済ませて芝生で昼寝という名の警戒を続けていた。
教師たちは問題児がいないことに安堵して普段通り授業を展開していた、唯一ギーマだけはフリュウにリベンジしてやろうと乱暴ながらやる気のある授業だった。
昼休みとなり生徒たちが各々に散っていき、マティルダも芝生に向かった。
(さすがに休日中には立ち直れますか、いや、立ち直ったというより逃げた漢字がしますけど)
教師かつ魔術師という肩書きによって与えられた権力や信頼、そして尊敬の眼差しを失いつつあった教師たちだが、どのようにフリュウの威圧を受け流していくのか決めたらしい。
「フリュウさん」
「あー、待ってたよ」
少し左記を見れば問題児となった本人が、仰向けから片膝立ちになって手を振っている。
この様子だと今日は魔人がこなかったのかな、と結論を出すマティルダ。
最近は少しフリュウを年下に見れるようになって、できる弟のような頼もしさと可愛さを感じられるようになった。
特にお弁当を一緒に食べるなど、間違った家族愛(本人はこれで正解だと思っているが)を感じる。
丁寧語、及び敬語はやめられないが。
「今日は魔人こなかったんですか?」
マティルダからの質問にフリュウは残念そうに頷いた。
「そう、平和なのはいいけど俺の餌がこないからお腹すいてね」
「ならお弁当たくさん食べれますね」
残念がるフリュウとは対称的に、マティルダはにこやかに笑う。
「そうだな」
明らかにフリュウに食べてもらうようだとわかるお弁当の中身は肉で溢れていた。
それでいいのかよ、とフリュウは苦笑いで答える。
可能ならば魔人や神を食べて神威を取り込みたい、というのが本音だ。他の食べ物で腹を満たすのは強さを求めるのならNGである。
「どうぞ」
「……いただくよ」
とは言え、せっかくマティルダが作ってくれたお弁当を残すという選択肢はない。今日、魔人が攻めてこないことを祈って箸を進める。
「そう言えばフリュウさん、前ミコトさんに肩食べられてましたけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、異形ですぐに治る」
(ものすごく痛いけどな)
魔王や神の修復力は人間の何倍にもなる。少しの怪我なら数秒で完治する上に、異形に関しては自在に操って他人の怪我まで治せる優れものだ。
それに“共食い”はメリットが大きい行為だ。
「不味いことを我慢すれば神威を取り込んで異形の発達を促進させる、俺たち魔王には力がいる、神々も他の魔王も圧倒できる力が」
デメリットとしては不味いの他に、微量の神威を空気中に漂わせることになり、神に発見される危険性が生まれること。大半の魔王は欲望を満たすためにこの世界に来ているので、不味いというだけで“共食い”は敬遠されるものだ。
「そのランドールって魔王はさ、強いの?」
「わかんないんだよなぁ」
マティルダの不安な質問にフリュウは首を横にふる。
「ミコトから“収集の異形”って魔王がいるって聞いて、“魔王対策局”なら駆逐レベルも載ってあるかもしれないけどさ、俺は神じゃないからな」
駆逐レベルは1~10レベルまであり、魔王と呼ばれるのはレベル5以上の駆逐レベルになった時からだ。つまり魔王と呼ばれるだけでそれなりに実力があることは決まっている。
「自ら魔王って名乗ってるやつなら雑魚かもしれないけど、通称までしっかりつけられてた、なかなか強敵だと思うぜ、それにな」
その他にもフリュウの中でランドールという魔王が曲者だという根拠があった。
「ただ欲望を満たしたいだけなら歩き回って破壊すればいい、けど今回の魔王は我慢している、じっくり様子を見ている」
「そうなんですか?」
魔王の実態や性格をよく知らないマティルダにはわからないが、“半人神”というお宝を前にしてこれだけ待ちを選んだ魔王は珍しい、もっと常に破壊活動を続けるのが基本的な性格の魔王だ。
しかもフリュウがこの国に入ってからピタリと破壊活動をやめていた、連続喰殺事件が止まった時期とフリュウがアスト王国入りした時期が重なっている。
「我慢できるヤツはやばい、それは人も魔王も神も変わらない」
「我慢ですか?」
フリュウは小さく頷いた。
「我慢といってもその間になにもしないやつは馬鹿だ。獲物がかかるのを待ち続けたから、挑発にのるのを待ち続けたから、暗殺対象が通るのを待ち続けたから。何か時代を覆すような大事件の前には、我慢し力を蓄えるという行程が必ず入っている」
だから強くなるために人は我慢を覚えた、と話を結んだ。
大事件、この場においては“国殺し”のことだ。
これは予兆だと。
「……勝てますか」
「は?」
マティルダはうつむきながら呟いた。
「その万全の準備を整えてきた相手に、フリュウさんは勝てますか?」
「っ!」
マティルダは顔をあげフリュウを見つめる。
その眼の中には周りを巻き込まないためになにができるか、決意と必死さが読み取れた。
「そうだな、こっちから攻めれるならともかく、今の俺は守りしかできないからな」
まだランドールという魔王の所在は確認できていない。捜査も満足に行えない平日の昼頃だ、マティルダを確実に護りきるだけでフリュウは精一杯だった。
「力が必要なんですよね」
「確実に護りきるなら、そうだな」
フリュウはレベル10駆逐対象となっているだけあってそこらの魔王が何人で挑んで来ようと勝てる自信がある、だがそれはフリュウ単体での話だ、マティルダを護りつつ戦闘をするのなら実力が足りていると自信を持って言うことはできない。
その言葉を聞いてマティルダは、自分がいるからフリュウさんが動けないんだ、と自分を責める。
「食べてください」
これが自分にできることだと思った。
「……なにを」
主語の抜けた文章、フリュウは理解できなかった。
「私を……食べてください」
マティルダはフリュウから目をそらし、顔を少し朱に染める。
「……ミコトに毒されたか?」
なにやってるんだこの娘は、とフリュウは呆れる。
“ありす”でミコトが自分を食べていたのを見て、少しでも力になろうとしているのだと感じた。
「私は“半人神”です、微量ですがフリュウさんの異形の足しになるはずです」
開き直ってマティルダは眼前に迫ってくる。
「でも」
だがフリュウはどうしても食べたくない理由があった。
「どこですか、どこが食べたいですか」
「……魔力保有の臓器がある腰あたりかな」
理由、それは“半人神”の神威保有量に関係する。
魔人もそうだが全身すべてを完食してもそこまで神威は増えないのだ。数を食べることで魔人からは神威を取り込んでいる。
マティルダを殺さない程度に食べてもそこまで神威は得られない、マティルダに苦痛を与えるだけの結果になってしまう。
だが食べなければマティルダは納得しないだろう。
一番神威がたまりやすい魔力保有の臓器がある腰を提案するのだが。
「え」
「え」
マティルダの予想とは違ったらしい。
「腰はちょっと……」
「なんなんだよもう」
フリュウの呆れは加速する。
「ミコトさんは肩を食べてましたけど」
そういうことだった。
「まぁ、一番肩が食べやすいというか」
体の位置関係が恋人みたいになるから肩を食べさせてください、とミコトに言われたのは黙っておくことにした。
「肩でお願いします」
マティルダは真剣な顔でフリュウを見ている。
純粋に力になりたい、という思いを踏みにじることはできない。
「はぁ……どうしても食べないとダメ?」
「確実に護ってもらうためです、はやく食べてください」
マティルダはフリュウの胸に体を預けて急かす。
これがしたくてミコトは肩を食べたかったらしい。口が裂けても言えないとフリュウは忘れることにした。
「すぐに異形で治すから、痛いの我慢しろよ」
「はい……きてください……!」
フリュウの口元がマティルダの肩に迫る。
これからくる苦痛に備えてマティルダは目を強く瞑り、歯を食い縛る。