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喫茶店“ありす”。
神々と魔王の戦争を終わらせる、という異色の思想を持った魔王もしくは魔人によって構成される喫茶店。
もう正午を回っているということで、カウンター席でフリュウとマティルダはお昼を済ませることにした。
だがマティルダは少し落ち着かない様子でキョロキョロと店内を見回す。
それを見かねたミコトがマティルダに声をかけた。
「まぁまぁ……さっきは驚かしてごめんね」
「いえ……大丈夫です」
しかしマティルダはガチガチのままだ。
怖がらせている張本人に言われても脅しにしかならない。
ミコトはフリュウに視線で助けを求める。
フリュウはそれにため息で答えた。
「ミコトは異形になると凶暴だが普段は優しい性格だ、そんなに怖がるなよマティルダ」
「いや……魔人だらけの喫茶店って初めてだから」
テーブルに差し出されたお茶を両手でしっかり持って、ゆれる水面に視線をやったまま動かない。
まだまだ緊張を解くには時間がかかると思われた。
「団長、女性にたいして凶暴はないです」
ミコトがカウンターの向こうからフリュウに不満をぶつける。
「え、そうなの?」
フリュウには失礼な発言をしたという自覚はないようで、軽い調子でスルーするが。
「久しぶりの再会で奢ってあげようと思ってたのに、もう団長には出しませんから」
ミコトは腕を組んでプイッと顔をそむけた、完全に拗ねたぞアピールだ。
そうなると困るのはフリュウだ、彼は金もない宿もない状態でマティルダに居候させてもらっているので、もちろん現在も金はない。
「悪かったってミコト、すまん」
両手を合わせて謝罪をするが、ミコトは顔を背けているので見えていない。
「か、身体で払ってください」
「ええー」
フリュウからは見えていないがミコトの顔は真っ赤だ。勢いあまって願望が出てしまった結果、体をプルプルさせている。
「じゃないと許してあげませんから!」
恥ずかしさでフリュウの顔を直視できず、カウンターに手をついて下を向きながらミコトは叫ぶ。
「はぁ……わかったよ」
有無を言わさず強引に話を進めるミコトにフリュウは渋々了承する。
「え……え?」
明らかに違う光景を想像してマティルダも顔を赤くして戸惑った。
「お嬢ちゃん、こっちこっち」
「へ?あ、はい?」
店の外で警戒をしていた男性、ナキに手をとられて店の外に引っ張り出された。
巫女服のミコトとは明らかに場違いな黒スーツをきたナキ、服の上からでもわかる筋肉をしておりかなり迫力がある。
ちなみにもう1人の男性、ルカは路地裏を警戒中だ。
「な、なんですか」
「さすがにミコトさんも見られたくないし、お嬢ちゃんも見たくないと思ってな」
(そうですね)
マティルダはミコトとフリュウで生産活動をしている姿を想像してため息を吐いた。
「まぁミコトさんのことだ、すぐ終わるよ」
ナキは優しく伝えるが、マティルダには衝撃発言に伝わっている。
「そんな上手いんですか」
「いや?不味いと思うが」
「え?」
「え?」
ここでナキの言いたいことと、マティルダに伝わっていることに違いが生じていると気付く。
そこでミコトがひょこっと入り口から顔を出した。
「終わったからもう入ってきていいよー」
(フリュウさんになんて声かければいいんだろ)
マティルダは考えながら店内に戻るが、そこには肩を押さえてうずくまるフリュウがいた。
「いってぇ……」
「な、何があったの?」
「ミコトにかじられた」
(そういうことかぁ)
マティルダはここで盛大な勘違いをしていたことに気付く。
身体で払ってください、とは食べさせろということだったらしい。
「とりあえず、食わせたんだから俺のぶんも作れよー」
「わかってますよ、まず水饅頭でも」
「ふふふー、私はレベル8駆逐対象“白竜の異形”って呼ばれてる魔王なんだよ」
ミコトがえっへんとない胸をはっている。
「そうなんですか、カッコいい女性素敵です!」
とマティルダは目を輝かせている。
「さすがマティルダちゃん、わかってる」
「そりゃあ違いのわかる女ですからね」
昼をすべてスイーツですませ、仲良くなったマティルダとミコトがガールズトークを開始していた。
徐々に話題は店内にいる唯一の男性に向かっていく。
「フリュウ団長に付きまとわれて、マティルダちゃん大変でしょ」
「そうですか?」
本人の前だがまったく勢いは緩めない。
フリュウは口喧嘩はとにかく弱いので黙ることにした。
「だって団長は他人にあわせるのが大嫌いな人だから、学校とかでも浮いてるんじゃない?」
「浮きまくりですよ」
マティルダはフリュウの異常っぷりを思い出して、笑いながら言った。
それにミコトはため息を吐く。
「やっぱり、けど大変じゃないの?」
「全然ですよ、私は毎回フリュウさんに助けてもらってますから、むしろ私が足を引っ張りそうで怖いというか」
マティルダは本人を前にして恥ずかしそうだが、しっかりと言葉にする。はにかみながら頑張る姿を見て、ミコトは感激と共にフリュウを羨ましそうに眺めた。
「なんだよその目は」
「すっごいいい子ですよ団長!」
「え、え?」
突然ミコトに肩を叩かれてマティルダは戸惑う。
「団長にはない躊躇いを持ってますよマティルダちゃんは!」
「ミコトはうるさい」
少し貶された気がしたフリュウは席を立って喫茶店の壁にもたれ腕を組んだ。少し機嫌が悪いアピール。
「ミ、ミコトさんはフリュウさんのこと団長って呼んでますけど、昔からのお知り合いだったんですか?」
ミコトに肩を持たれて居心地の悪いマティルダは話を変える。
「そうだね、団長が“国殺し”を防ごうと時に意気投合したみたいな」
「“国殺し”?」
(たしかフリュウさんが魔王にとっての最大の快楽だって、やっぱりミコトさんも異色の魔王)
フリュウの魔王の知り合いということでわかってはいたが、命を狙うような魔王ではないと知って安堵する。
「もう1人私に似たような異形の魔王がいてね」
「そうなんですか」
「フリュウ団長の援護すごい大変だったんですよ?1人で神々の軍勢に正面から斬り込むし、最終的に神々の頂点クラスにも1人で挑むし、何度も死を覚悟したんですからね!」
「あの時は“国殺し”で焦ってたからな」
フリュウが少し離れた場所から言い訳をする。
「でも今は丸くなってるからな、ねぇマティルダ?」
「……」
マティルダに同意を求めるが、首をかしげられた。
「なんだよその目は」
「なにがあったの?」
「大学では先生潰しまくって授業妨害してる酷い編入生ですよ」
「なるほどなるほどー」
女2人に攻められてフリュウは嫌気が差してくる。不機嫌感は全開だ、隠そうともしない。
「もう俺の話はいいだろ、なにもないなら俺は帰るぞ」
「拗ねちゃった」
「拗ねましたね」
そうは言ったがマティルダを置いて帰るわけにはいかない、プイッと顔だけ背けた。
「じゃあマティルダちゃんに少しためになる話をしてあげようかな」
ミコトは自分のぶんとマティルダのぶんのお茶を注いだ、長話になる前に口を潤そうとする。
「ためになる?」
「そう。マティルダちゃんはさ、人と神が交わったらどうなると思う?」
ミコトは人指し指を交差させた。
「え、交わるって」
「交配したらってこと」
マティルダは少し考えて答えた。
「もしかして、“半人神”が生まれるんですか?」
これは期待を織り混ぜた答えだ、顔も知らない自分の両親が神だった、という期待が入っている。
だがその期待は裏切られることになった。
「……できないのよ」
「え」
「神と人では遺伝子情報が根本から違うから、子供は生まれない」
「じゃあ……なんで“半人神”は」
おかしい。半分人で半分神だから“半人神”と呼ばれるのではないのか、自分はなんなのか、マティルダの思考に不安が過る。
「そうなるよね、でも少し考えてみて?世界の歪みを吸収するなんて都合が良すぎると思わない?」
「……っ」
言われてみればそうだ、とマティルダも思ってくる。
人間のどこにも、神のどこにも、吸収するなんて能力はない。
「よせよミコト」
「都市伝説程度に受け止めてくれればいいの。マティルダちゃんは雑種強勢ってわかるかな」
これ以上はブラックな話になるのでミコトは話の路線を振り出しに戻した。
「種類の違う親両方の形質を受け継いだ雑種ですよね」
「そう。無理矢理作り出した“半人神”もそれがあるみたいでね、フリュウ団長みたいに神以上の化物になったりする」
「おい」
フリュウは“半人神”だとマティルダには伝えていない、だがマティルダは驚かなかった、もう種族なんてどうでもよかった。
「それと“半人神”だけね」
ミコトはマティルダに背中を見せるようにイスを回転させた。
「この肩甲骨あたりから羽の異形が生えてくるんだよ」
それでガールズトークは終わった。
帰り道、喫茶店“ありす”からミコトとナキとルカに見送られ路地裏に入ろうとする。
「マティルダちゃん、ちょっと耳貸して」
「はい?」
ミコトが小走りでやってきた。
「ありがとうね、神じゃなくてこっちについてきてくれて」
「それは、成り行きで」
普通なら神に保護されるのだが、フリュウと出会ってその必要はなくなった。
少し照れながらマティルダは答える。
「ふふふ、私達は信用してくれていいから、世の中にはいい魔王もいるんだから」
「それはわかってますよ」
目の前にいる和服の少年がそうだった。だからマティルダは信じられる。
「困ったらいつでも頼っていいからねー、次からはしっかりお金払ってもらうけど」
3人に見送られ、喫茶店“ありす”を後にした。