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東区と西区の境目、背の高い建物が建ち並び、夜には輝きを放つであろう怪しい雰囲気を醸し出す街並み。
そこには光だけでなく影が生まれる。
バーやキャバクラ、ホストクラブの隙間を潜り抜けた先の喫茶店を目指す。
完全な昼の夜街である。
「この先だ」
フリュウは迷いなく路地裏に足を踏み入れた。
マティルダを先導し護衛するように警戒しながら歩く。
路地裏は特に裏の住人の棲みかだ。しかも社会の裏ではなく、世界の裏である。余計にたちが悪い。
「ほんとに喫茶店なんてあるんですかぁ」
フリュウに護衛してもらっても不安を隠しきれないマティルダ、だが逃げても無駄なことがわかったため渋々フリュウの後をピッタリとついていく。
「昨日の夜下見してきたから間違いない」
「え……昨日でてましたっけ?」
マティルダの記憶ではフリュウは常に家にいたことになっている。
いつ出ていったんだろう、と頭を悩ませた。
フリュウはすぐに正解を答えた。
「風呂の前、ぱぱっと飛んできた」
マティルダの脳内では屋根から屋根へ跳び移るフリュウの姿が浮かぶ。
(まるで怪盗ですね、フリュウさんが本気で盗みをするなら誰も止められなさそうですが)
もし神や魔王が盗みを働くようになれば、本気で侵略をする気になったなら、人の世界は簡単に終わるだろう。
マティルダは彼らにそのような欲求が薄いことに安堵した。
「まったく、しっかり私のこと護ってくださいよ?」
「それは任せておけ」
フリュウは胸に拳をあてて自信満々に言い切る。
フリュウには時間がないのだ。
魔王探し、それは微かに漂う神威をヒントに隠れている魔王を見つけ出すことだ。
神々は組織をつくり大人数で捜査をするのに対し、フリュウは1人だ。一応同じ思想を持った仲間がいるものの、アスト王国にはまだ到着していない。
昼の捜査は人の目があり、派手に魔術を使ったり異形を使ったりできないため時間がかかる。マティルダの護衛をしながら昼の捜査は無理だ。
夜は人の目が少なく、音を出さないように注意すれば魔術や異形を使える。フリュウは夜しか捜査をすることができない。
だが今回は別だ。
魔王との戦闘は長引く可能性が高い、昼向かって可能なら和解、無理なら戦闘をし、神々に気付かせて討伐してもらおう、というのが目的だった。
「ここだ」
「ここですか」
フリュウの背からひょこっと顔を出したマティルダは、建物を見て苦笑いする。
路地裏を抜けた先、背の高い建物に囲まれた陽の差す広いスペースに木材でできた普通の喫茶店が佇んでいた。
広いスペースを有効活用しようと白い野外テーブルが置かれ、隅っこには自家用の畑、反対側には花壇という、まったく魔王っぽさがしない空間にマティルダはなんて反応すればいいのかわからない。
「……え……えぇ」
「どうした?声を失うほど気に入った?」
「それはないです。それより、ほんとにいます?魔王」
マティルダの中では魔王は破壊主義者という印象が強い。畑で野菜とらなくても盗めばいい、花壇で花を育てなくても、綺麗な血桜見せてやるぜぇヒャッハー!という感じだ。
とてもじゃないが、この空間に魔王が住み着くとは考えられない。
だがフリュウは喫茶店の入り口を睨み付けて断言した。
「いる」
マティルダはそんなフリュウに疑問の顔を向けた。
「ここから神威を感じる、確実に魔王クラスのやつがいる」
視線を感じ疑っているのが伝わったので、フリュウは理由を述べた。
「入り口に数人、待ち伏せしてるな」
「ええー……」
完全に状況的不利を理解してマティルダは1歩下がった。
向こうは完全にこちらの接近を感知しており、魔王であるため世界の歪みなんて関係なく派手な攻撃を仕掛けてくるだろう。
「どうするんですかぁ」
フリュウの背中に完全に隠れているマティルダは泣きそうな顔ですがり付く。
「どうするって決まってるだろ、待ち伏せは気づかれてないから強いんだ、気づいてるなら対応できるよ」
「ええー!!」
入り口に歩いていくフリュウの肩を掴んで必死に妨害するマティルダだが、ずるずると引きずられていく。
「ちょっ!?やめましょうよー!なんで相手のホームにわざわざ踏み込む必要があるんですかぁ!」
「そこに倒すべき魔王がいるからだ」
キリッとマティルダに決め台詞っぽく言うのだが。
「……」
「……」
反応がない。
「かっこつけなくてもいいですからぁ!帰るぅ!」
「うっせ、入るぞ」
プイッと顔を背けてフリュウはドアノブに手をかける。
「いやぁあぁぁぁ!」
喫茶店に入った時だ。
「……ん」
「やぁぁぁ!!」
喫茶店の窓があき、店内から弾丸が浴びせられた。
待ち伏せをわかっていたフリュウはすでに異形をスタンバイ済だ。
「うっせぇな」
先程から叫びまくっているマティルダに文句を言って“サソリ”を起動させる。
カカカカカンッ
フリュウの“サソリ”は2本で弾丸すべてを防いだ。
「なっ……」「くっ……続けろ!」
店内から悲鳴のような怒号が聞こえてきた。
「そこを動くな」
残りの6本の“サソリ”が喫茶店に侵入し、待ち伏せをしていた者達を拘束する。
はずだった。
突如現れた白竜によって“サソリ”6本が砕かれた。
「グラァアァァァ!」
「ああ!?」
「きゃあぁぁぁ!」
喫茶店の入り口から首だけ伸ばした白竜が咆哮をあげ、口から炎のブレスを吐き出す。
「ちょ……くそっ」
フリュウは壊された“サソリ”の修復は間に合わないことを察して翼を広げた。
「ミコトさんの炎を……!」
「やべえぞアイツ!援護だ!」
窓から2人の魔人と思われる男性が飛び出した。
防戦一方になるかと思われた戦闘だが、男性の放った一言にフリュウは心当たりがある。
「ミコトさんは続けてください!この隙に俺らが」
「いやぁあぁぁぁ!」
炎を受け止めて動けないフリュウに男性が迫り、マティルダは異形の接近に悲鳴をあげた。
「ミコトおい!俺だ!フリュウだ!」
「ガラァ?」
必死に訴えるフリュウ。
明らかに白竜の様子がおかしい。
炎ブレスをやめ、首を傾げてフリュウを眺めている。
少しすると白竜の輪郭が歪み、じわじわと縮んでいく。
「フリュウ団長」
「はぁ……死ぬかと思ったぞ」
白竜は最終的に、巫女服をきた黒髪の女性になっていた。