化け物の旅路の果て
キメラと少女が出会うお話を自分なりにアレンジしてみました。楽しんでもらえたら幸いですm(_ _)m
あるところに、とても怖い怪物がいました。
悪い神様が世界に混乱を撒き散らそうと、その怪物を作りました。体はもっとも力強いライオンのものを、尻尾はもっとも狡猾な蛇のものを、羽はもっとも遠くを飛べる鷲のものを、そして心はもっとも狡賢い人間のものを使いました。
悪い神様は言いました。
「行け、我が作り出した最悪の怪物よ。お前は旅立って、お前に似合う仲間を集めよ。そして幸せな世界を壊すのだ」
怪物は一つ頷いて、悪い神様の下から旅立ちました。
…………
怪物は世界の色々なところを見て回りました。そして悪い神様の言う通り、まずは自分に似合う仲間を集めようとしました。
世界にはいろんな生き物がいました。体の立派なもの、羽の生えてるもの、ひょろ長いもの、小さいもの、大きいもの、賢いもの、愚かなもの。本当にいろんな生き物がいました。
でも怪物に似合う生き物はなかなか見つかりませんでした。たまに見つかる似ている生き物も、怪物を見ると難色を示しました。
ライオンは言いました。
「お前は私たちに良く似ている。だからこそ違うところが気持ち悪いし不愉快だ。その羽と尻尾を引きちぎれ。そうすれば仲間になってやろう」
蛇は言いました。
「お前は私たちに良く似ている。だからこそ違うところが気持ち悪いし不愉快だ。その手足を切り落としてニョロニョロと這いずりまわれ。そうすれば仲間になってやろう」
鷲は言いました。
「お前は私たちに良く似ている。だからこそ違うところが気持ち悪いし不愉快だ。後ろ足を鳥足にして木の上で生活しろ。そうすれば仲間になってやろう」
怪物は痛いのは嫌だったので、どれも断って逃げました。
怪物はそれでも諦めず長い、本当に長い旅を続けました。そのあまりに長く当てのない旅路のうち、自分を受け入れてくれる仲間なんていないんじゃないか、と悩み始めるほどでした。それでも悪い神様の言う通り、仲間を探して先に進むしかありません。そして怪物は、ある小さな小屋にたどり着きました。
小屋には女の子がいました。車いすに乗った少女です。そして少女には足がありませんでした。怪物は尋ねました。
「こんにちわ、お嬢さん。僕は、僕に似ている仲間を探しているんだ。心当たりはないかい?」
少女は応えました。
「こんにちわ、怪物さん。この先に行ったところにちょっと変わった大きな村があります。山の合間にある村です。もしかしたら、そこならあなたは受け入れられるかも」
「とても良いことを教えてくれてありがとう。僕はその村に向かうけれど、君も一緒に行かないかい?」
怪物の誘いに、少女は首を振りました。そして自分のない足を摩りながらいいました。
「私は役立たずの娘です。なんの役にも立たないから、村から追い出されました。だから行けません」
怪物は少し可哀そうだと同情しました。でも少女の姿は怪物には全く似ていないので、仲間にしようとか無理にでも連れて行こうとは思いませんでした。もう二度と会わないつもりで別れの挨拶をかわします。
「そうですか。それは残念ですね。では僕は行きます。ありがとう」
そう言って怪物は少女に別れを告げると、教えられた村へと向かいました。
少女が教えてくれた村は思っていたより大きな村で、怪物にとっては楽園に見えました。そこにはいろいろな生き物がいました。ライオンも、蛇も、鷲も、そして人間も一緒に仲良く暮らしていました。ここなら自分も受け入れられるはずだ、怪物はそう思いました。意気揚々と村へと入ります。
結果は散々でした。今まで会った動物たちのように、みんなに似ていてみんなと異なる怪物のことを村人たちは殊の外怖がり「仲間に入れてほしい」と必死に言い募る怪物を追い出しました。
牙で脅され、爪で引っ搔かれ、毒で弱らされ、棒で殴られた怪物は、ほうほうの体で逃げ出しました。そして少女の小屋に行くと、弱った声で懇願しました。
「お願いします、助けてくれとは言いません。せめて怪我が治るまで見逃してください。このままでは死んでしまう」
瀕死の怪我だった怪物は、少女に怯えながら言いました。この少女もまた自分を虐めるかもしれない、そう怪物は思っていたのです。
ですが少女はなんでもないことのように言いました。
「好きにしてください。どうせ私は逃げる足も戦う力もありません。ただし、怪我が治ったら出て行ってください」
そう言って少女はスカートを少したくし上げて自分のない足を見せました。そして怪物を小屋に招きました。怪物は「ありがとう」と言って小屋に入りました。
そして怪物と少女の生活は始まりました。
怪物の怪我はなかなか治りませんでしたが、体を動かすことはできたので、少女のために色々なことをしました。ライオンの力で肉を狩り、蛇の目で周囲に敵がいないか警戒し、鷲の羽で屋根を修理しました。「泊めてもらってるお礼だよ」と怪物は照れ臭そうに言いました。
少女もまた、怪物のために色々なことをしました。怪物が取ってきた獲物を調理して一緒に食べました。怪物の手の届かない怪我に薬草をつけてやりました。また、怪物の着ていた襤褸切れのような服を捨てて貫頭衣のような服を作ってあげました。「いつまでも居られちゃ迷惑だからね」と少女は素っ気なく言いました。
怪物の怪我は長い時間をかけてようやく治りました。でも、怪物は少女の小屋に居続けました。怪物は、怪我が治ったから出ていくとはなぜか言えませんでした。少女も、怪我が治ったなら出ていけとはなぜか言えませんでした。
一人と一匹は、ゆっくりと毎日を過ごしていました。
…………
あるとき、とてつもない嵐が来ました。
何日も続く大嵐でした。外へ一歩出ると強風が顔を叩き、前が見えないほどの豪雨で一瞬にしてずぶ濡れになりました。外へ出たくても出れない、酷い嵐でした。
小屋を吹き飛ばしそうなほど強い風が吹き荒れましたが、怪物が丁寧に補強した小屋はビクともしませんでした。少女が作った保存食を食べながら怪物は話しました。
「この嵐はいつまで続くのだろう。でも大丈夫。この小屋は頑丈にしたから」
少女が答えました。
「そうですね。でも小屋は無事でも、山の合間にあるあの村は心配です。土砂崩れなど起きていないといいけれど」
怪物は驚いて聞きました。
「あの村は僕たちを追い出した村だ。君はそんな村を心配するのかい?」
「ええ、私たちが心配する意味はありませんが、それでも心配です。あなたなら何かできるんじゃないかな? あなたの力なら、誰かの助けになるんじゃないかな? 私を助けてくれたように」
そう言われて怪物は、嵐の中へ飛び立ちました。
山の合間にある国に行くと、少女の予想通り土砂崩れが起きていました。村のあらゆるところに泥水が流れ、建物は壊れ、流木が暴れていました。空から眺めていた怪物は、即座に村の中央へ降り立ちました。
怪物はとてもよく働きました。蛇の尻尾が、泥水に流されて疲労しているライオンの体温を見つけて掬い上げました。ライオンのパワーで倒木を退かし、その枝葉に巻き込まれて逃げ遅れた鷲たちを助けました。鷲の羽で地上を見回し、家の屋根で逃げ場所を失った蛇たちを回収しました。そして人間たちも、どんどん助けていきました。
嵐は過ぎ去りました。山は崩れ、村のあった場所は荒れ果て、村人たちは疲労困憊でしたが、みんなが怪物に感謝していました。口々に怪物を褒めたたえます。嬉しくなった怪物は村の復興にも力を貸しました。
村が元通りになると、村人たちは怪物に言いました。
「君を追い出したことは謝る。君の優しさには感謝の言葉しかない。この村で私たちのリーダーになってほしい」
怪物は驚きました。なぜ自分がみんなのリーダーに求められるのかわからなかったからです。
村人は答えました。
「君に助けられた者は多い。みんな君に感謝している。君の力は、目は、羽は、そして優しい心は我々の代表として相応しい。ライオンの、蛇の、鷲の、そして人間の良いところを全て持っている君がリーダーになってくれれば、私たちはみんな幸せになれる」
「幸せ……」
怪物はその言葉を口の中で反芻しました。そして意を決すると、村人たちに提案しました。
「では、あの平原にいる足のない娘をこの村に迎え入れたい。そうしてくれるなら、私はここのリーダーになろう」
「それはできない。彼女はまともに動けないじゃないか。働けない者を村に迎え入れるほどの余裕はない。諦めてくれ」
村人はそう答えました。怪物は「なるほど、わかった」と答えると、その体に力を込めました。
そして大きな声で宣言しました。
「僕は、悪い神に作られた怪物だ! 僕の目的は旅立ち、仲間を見つけ、そして幸せを壊すことだ! 僕がこの村のリーダーになることが幸せだというのなら、それを壊してやろう!」
そういうと怪物は、とてつもない力で近くの家を一撃で粉砕し、羽を全力で羽ばたかせて屋根を持ち上げ、蛇の目で最も村人がいないところを探して投げつけました。村人たちは「怪物だ! 怪物だ! やはり信用すべきでなかった! サッサと追い出せ!」と言いながら、石や弓を放ってきました。怪物は空から悠遊と眺めながら、少女のいる小屋へと帰っていきました。
小屋に帰って事の顛末をすべて語ると、少女は怒りました。
「なぜ、村のリーダーにならなかったの? あなたならできたはず。あなたは仲間を探していたのでしょう? なぜそれを拒むようなことをしたの? なんでそんなことをしてしまったの?」
まるで我が事のように怒ってくれる少女を見ながら、怪物は嬉しそうに笑いました。
「簡単さ、彼らは僕を優しいと言った。でも彼らは優しくなかった。だから似てないと思った。仲間になれないと思った」
歌うように語りながら怪物は少女の髪を撫でた。少女はその手を受け入れながらも、不満そうな顔をしている。
怪物は続けた。
「君は、君を役立たずと受け入れなかった村人にも優しかった。助けに行くように頼んだ。もし僕が仲間を選べるなら、姿かたちが似ているだけの村人たちより、優しい君を仲間にしたいと思った」
怪物がそういうと、少女は泣き出した。怪物が慌てて慰めるが、その涙は止まらなかった。
そして少女は言った。
「私には、何もない。あなたみたいに力も、空を飛べる羽も、歩く足もない。でもこうやって仲間ができた。とてもうれしい。ありがとう、私は幸せよ」
その言葉を聞いて、怪物は何か困ったような、悩むような素振りを見せた。そして少し考えて、覚悟を決めた口調で少女に語り掛ける。
「……僕は君こそ村に行くべきだと思う。君のように優しい子は見たことがない。君はこんなところで独りぼっちでいるべきではない」
「嫌よ。私はここで、怪物のあなたと一緒にいるのが一番幸せよ。村になんて行きたくないわ」
「……わかった」
そして怪物は立ち上がった。狭い小屋の中で怪物が立ち上がると、途端に物凄い圧迫感がある。少女はうろたえた。
「え、ど、どうしたの?」
「……僕は悪い神に作られた怪物だ。僕の目的は旅立ち、仲間を見つけ、そして幸せを壊すことだ。君が僕といることが幸せだというのなら、それを壊してやろう」
そういうと怪物は手を振りかぶりました。少女は、その様子を眺めていることしかできませんでした。
…………
「えええええ! かいぶつさん、なんでそんな、こわいこと言うの? やさしい、かいぶつさんじゃないの? いやだよ、なんで?」
「ふふふ、ちゃんと聞きなさい。この話にはまだまだ続きがあるのよ」
そう言って幼い娘の頭を撫でながら答えました。そして請われるままに物語の続きを話します。
「怪物さんはね、その振り上げた手で自分の心臓をえぐったの。少女は目を見開いたわ。そして怪物さんの胸元から出てきたのは、綺麗な宝石のような青い球だったの。そして怪物さんはその青い球を少女に渡しながら言いました。
その球を飲み込みなさい。そうすれば、君の幸せはなくなるだろう。
少女はなぜかそのとき怖くは感じなかったの。そして言う通り青い宝石のような球を飲み込んだの。すると驚いたことに、その少女に足が生えたの。その場ですぐ歩き回れるようになったわ。それだけじゃなくて少女は羽が生えて空が飛べるようになり、体中に力がみなぎるようになったの。少女は喜んだわ。やっと人並みに歩けるって。でもすぐ喜びは消えてしまったの。
怪物はそのときにはすでに死んでしまっていたから。
怪物は自分の役目を全うしたの。旅をして、仲間を見つけ、その幸せを壊した。少女は怪物が死んでしまったことを嘆いて何日も泣いたわ。
そして少女は覚悟を決めました。怪物の志を引き継ぐ覚悟です。
少女はまず近くの村で暮らしました。新しく得た力で村を守り、新しく得た翼で家を作り、新しく得た目で苦しんでる人を見つけました。そしてその村が何よりも平和で幸せな村になると、少女はまた新しく旅立ちました。
そして少女は幸せを壊し続けました。『いつまでも一緒に幸せに暮らそう』そう言って引き留めてくれるたくさんの村人たちの思いを背に、それでも新しい幸せを得るために何度も旅立ちました。少女は、今も旅を続けています。おしまい」
「ふぁ、おわり?」
眠そうに眼を擦る幼い少女の頭を撫でながら、私は話を終えました。クスリと笑うと、幼い少女に言いました。
「もう眠そうね。無理しないでベッドに入りなさい。また明日ね」
「うん、お話ありがとう。天使のお姉ちゃん。おやすみ」
そう言って幼い少女は部屋を出ていきました。入れ替わるように幼い少女の父親が部屋に入ってきました。寂しそうな表情をしています。
「……本当に行ってしまうのかね。もう少しゆっくりしていっても……」
「……ええ、もうここは十分開拓も進みましたし、そろそろ暖かい季節ですからね。いいタイミングなんです」
「……わかったよ。君には世話になった。今日はゆっくり休んでおくれ」
そして一人部屋に残されると、私は欠伸をしながら相棒に話しかけました。
「また引き留められたね。嬉しいもんだけど、悲しいね」
『……君が望むなら、別にここに定住してもいいんだが……』
「嫌よ。私は旅立って、仲間を見つけて、そして幸せを壊すのが目的なんだからね」
『まったく、強情な……』
私は軽く笑いながら自分の尻尾に語り掛けました。蛇の尻尾は、あの怪物の声で語り掛けてきます。私は自分の鷹の羽を繕いながら、喋る尻尾と雑談をします。
『それにしても、君の話を作る力はいっそ秀逸だね。なんだよ青い宝石って。僕はそんな怪しい代物で動いてはいないよ』
「仕方ないじゃないか。本当のことは言えないよ。自分の心臓を抉り出したとか周囲が血の海になったとか、心臓を無理やり口に入れられたとか言えないわよ。正直、あの時は私だってドン引きだったんだからね」
『いや、まあそれを言われると何も言い返せないんだけど……』
蛇の尻尾はその身をくねらせて申し訳なさそうに言いました。その様子がおかしくて私は笑います。
「じゃあ明日はどっち行こうか。東は海だから、北か西か。西は山越えが面倒だね。北がいいかな」
『いや、東の海はここからならすぐ向こうの大陸に付けると聞く。群島もあるようだし、十分飛べるはず』
「……無茶言わないでよ。渡り鳥じゃあるまいし、そんなことできるわけないじゃない」
『意外と簡単だよ。僕の翼の力を舐めちゃいけない。3日も飛び続ければいいだけさ』
「苦労するのは私なんだけどなぁ……」
羽の生えた私と蛇の尻尾は夜遅くまで談笑していました。
感動物を書きたかったのですが、ほんわかしただけで終わっちゃいましたね。まあこれもまた良し(自己満足)