悪役令嬢は魔王にジョブチェンジしました
★佐伯さんの「転生したので次こそは幸せな人生を掴んでみせましょう4」が本日発売なので、こっそりと……個人的に応援したくて作った短編です。※佐伯さんの作品とはいっさい繋がりはありません。
「魔王様、今日は手始めにどこから征服しましょうか」
「うるさいわよ、ゲス。さっさと私を転生の輪に帰しなさいよ。そうすれば転生して次こそは幸せな人生を掴んでみせるんだから」
天使を足蹴にしながら、睨み付ける。
そうすれば天使は、うっとりとしたように笑った。
このド変態が。
「そのセリフ、本日もう4度目ですよ魔王様。そしてその容赦ない攻撃……それでこそ、この世界を統べる極悪非道の魔王様です。次こそはなんて言わずに、もっとそのお力を振るってくださいませ!」
苛立って更なる攻撃をしかければ、身もだえしながら天使はそんなことを言う。
天使は、むかつくけれど、イケメンだと認めざるを得ない。
長身にサラサラとした金の髪、細い眉。
ムダに白い歯が爽やかで、背中の羽も純白だ。
こいつは私に、自分は天使だと名乗った。
本人がいうには、ここは新しく神様とかいう暇人がおつくりになった《新世界》らしい。
この《新世界》は平和そのもの。
だから誰も、何も考えることなく生きている。
それではただの動物と変わらない。
《協力すること》や《愛》、《命の尊さ》。
《競争》に《疑うこと》、その他もろもろ。
彼らにそれを教えるため、必要とされた絶対的な《悪》――それが私だ。
自分ではどうにもならない事態に出くわしたとき、人は初めて成長する。
人が《疑い》を覚えるのは、想像もしない《悪》に出会ったとき。
《正義》や《守る心》が産まれるのもまた、《悪》に立ち向かうときだと天使は言った。
まぁ、別にそれを否定する気はさらっさらにない。
必要悪はあると私は思う。
ヒーローが輝くのは悪役がいるからで、ツッコミが輝くのはボケがあるからだ。その逆もまたしかり。
ただ、何故その絶対的な《悪》として、私に白羽の矢が立ってしまったのか。
そこには大いに文句があった。
現在、私は古城の王座に座っている。
三段くらいの階段の上にあるその椅子は、いかにも高級そうな赤い絨毯の上に置かれていた。
そこにふてくされた顔をして、肘掛けに腕を置いているのが私だ。
ゲス天使……略してゲス天は、その階段の下から私を見つめ。
今日も人を殺さないような優しい笑顔で、私に悪行をしろと迫ってくる。
「魔王なんて糞食らえ」
「下品なお言葉。さすがは魔王様です。品行方正な我らでは到底思いつかない語彙。これでこそあなたをここへとおよびした甲斐があるというものです! ですがその言葉は下界のものに投げかけてください。そうでないと、悪行ポイントがたまらずに転生できませんよ?」
私は次の転生を盾に、魔王をしろと脅迫されている。
笑顔で脅してくるゲス天は、さながら悪徳金融業者のそれだ。
「前世で希代の悪女と呼ばれたアイリーン様が本気になれば、昼ドラ真っ青の惨劇の種をばらまくことなんて朝飯前でしょう?」
「あんた、昼ドラなんて見てたの? あれもう放送しないらしいわよ」
「そんな……! 明日からお昼は何を楽しみにすればいいんですか!」
バカ天は昼ドラが大好きらしく、本気でショックを受けていた。
そんなの私の知ったことではない。
アイリーン・レルベット。
それが前世での私の名前だ。
いわゆる悪役令嬢というやつで、自国の王子二人を股にかけたあげく、敵国の王と繋がりを持ち、最終的に処刑された悪女。
自分の美しさを保つために若い女を攫って血を抜いて、それで風呂に入っていたとか。
贅沢の限りを尽くすために、鉱山の権利書を盗みとっただとか。
可愛くて人気のある女性が大嫌いで、彼女達に酷い嫌がらせをし、そのうちの一人の顔に硫酸をかけただとか。
他にもいろいろ、思い出せないほどに。
悪名名高く、希代の悪女とよばれ。
真っ赤なその髪から、紅血の魔女と呼ばれる。
高潔ではなく――紅血。
レルベット家が高潔の騎士と呼ばれた、王家の信頼の厚い家柄だったことから、皮肉ってつけられた私の呼び名。
そっと目を閉じる。
死ぬ瞬間の痛みはなかった。
ギロチンで首を一切り。覚えてないのはいいことだ。
その恐怖は当にない。
だって、何度も繰り返したことだったから。
すでに私の感覚は摩耗している。
アイリーン・レルベットは、悪役令嬢だった。
その行き着く先が、死刑台に上ることだと私はよく知っていた。
アイリーンになる前の私は。
そのさらに前世は……日本という国にいた普通の高校生だったから。
アイリーン・レルベットは日本でやっていたゲームに出てくる、悪役令嬢だ。
なぜかアイリーンに産まれ変わった私は、その未来を変えようと奮闘して。
そのたびに失敗して、死んで。
またアイリーンとして産まれ変わって、今度こそはと頑張って。
でも、それでもダメで。
結果……こんなスレた私ができあがった。
この繰り返しが終わるなら、何でもよかった。
――アイリーンに与えられた役目から逃げようとするから、繰り返しが終わらないんじゃないのか。
逆転の発想で、私は悪の限りを尽くすことにした。
どうしてこんなことをと叫ぶ、乙女ゲームのヒーロー達。
何を言ってるのかと笑いたくなった。
何度も何度も、あがいて。
こいつらに無実を訴えても、私は結局殺されてきたのだから。
一つを回避すれば、また別の運命で私は悪役に仕立て上げられる。
こいつらは驚くくらいに無能で。
信じてもらうために私が百の努力と繰り返しをしても、ヒロインの一つの涙でそれはあっさりと覆る。
完璧なまでに、むしろ原作のアイリーン以上に悪役を貫き通せば。
結局殺されはしたけれど、すがすがしい気分だった。
ギロチンで首を切られながら、呪いの言葉を吐いて笑うくらいの余裕が私にはあった。
そして私はようやく、あの世界から解放された。
これで……楽になれる。
地獄もきっと、ここよりは生ぬるい。
そう思ったのに……このゲス天に魔王としての才能を見込まれ、私は別の世界へ攫われてきてしまった。
「私の知ってる天使ってやつは、悪いことをするように人を唆したりしないはずなんだけどね。あんた本当は悪魔なんじゃないの?」
「いえ、天使ですよ? 人にいいことをするよう促すため、魔王をけしかけているだけですから」
「知ってる? そういうの、ヤラセって言うのよ?」
「ヤラセじゃないですよ、演出です」
笑顔で言い切るゲス天は、やっぱりゲスだ。
悪い顔をして悪いコトをする奴よりも、いい人の顔をして悪いコトをする奴のほうが数倍恐ろしい。
「ほらつべこべ言わずに、下界へ行って恐怖をばらまいてきてください」
「嫌よ。面倒だもの。もう繰り返しがないってことだけで満足しておくことにするわ」
「ちょっとなんですかそのだらけたポーズは。魔王の自覚があるんですか? 威風堂々と、ふてぶてしく椅子には座る。それが魔王たるもののマナーでしょう」
「マナーを守らないのが魔王よ。いかなるときも自由で、誰の命令も受けないわ。だから放っておいてよ」
「自ら魔王と認めてくださったのは嬉しいですが、それでは困るんですよね。私の給料査定に関わります」
「……サラリーマンみたいね」
「似たようなものです」
ふぅと溜息をつくゲス天は、どうやら現在の給料に満足していないらしい。
「そういうわけで、下界で悪行をしてきてくださいね!」
パチンとゲス天が指を弾けば、いきなり下方向の重力が私を襲う。
私のすぐしたの床が抜け落ち、椅子ごと空へと投げ出されていた。
この古城、じつは空のうえにあるのだ。
「ちょっと待って待って待って! 落ちたら私悪行する前に死んじゃう!!!」
「大丈夫ですよ。すでに死んで、貴方は魔王ですから。死んでも回復するので死なないです。ゾンビみたいなものですね」
落下する私の横で、ゲス天がそんなことを言う。
こいつは余裕の表情で、叫ぶ私の顔をたまらないというように見ている。
ゲス天はどうにも私の嫌がることを喜ぶ傾向がある。
絶対こいつのほうが、私なんかよりも魔王業に向いている。断言してもいい。
大きな音を立てて、私は地面に頭からめり込んだ。
そこは畑。
誰かが作物を育てていたらしく、巨大なスイカが私の頭突きで真っ二つに割れていた。
久々にスイカを見た。
私の頭から垂れてくる汁は、甘くて美味しい。
割れちゃったし、折角なので美味しくいただいていたら、畑の持ち主なのか人間がやってきた。
「それ、俺のスイカ」
「あっごめん。食べちゃった。それよりも他に人は」
軽く答えれば、私の耳元で鐘の音が鳴り響いた。
空を割って光の柱が、人間の男の上へと降り注ぐ。
吸い込まれるようにして、男の体は宙に浮いて……空へと消えていった。
「さすがは魔王様です。今日の悪行ノルマを達成し、ひとりを堕落へ導きました!」
「えっ今ので!?」
ゲス天によれば、この《新世界》は天国の延長上にあり、転生可能な魂が生まれ変わるための予行演習をする場所だということだ。
転生できるのに前世での業が強すぎて、まっさらになれない魂が、ここには集められるらしい。
「彼は『責任感が強い』という業を魂に背負いし者。そんな彼の前で、魔王様が持って生まれた無責任さを見せつける。このことで彼は、こんなに無責任でいいんだと衝撃を受け……己を縛っていた業から解き放たれたのです!!」
「何それ。超、納得いかない」
「魔王様にとっては素の振る舞いだったということなのですね! 素晴らしいです。存在そのものがまさに……悪。ワタクシの目に狂いはありませんでした」
にっこりと笑うゲス天。
その笑顔がカンに触ったので、とりあえずプロレス技をかけておく。
「さすがは魔王様、容赦ない……この調子なら、世界はすぐに悪で満ちあふれ……」
「うるさいわ! こんなん、やってられるか!!」
世界が悪に染まるまで。
私の魔王ライフは終わらない。
転生して次こそは幸せな人生を……掴めるのはいったいいつになるんだろう。